23 目に見えないもの
ルルタだって他人のことは言えない。
私の予想を遥かに上回る思考回路をしているじゃないか。
ここにきてパーティー申請、だと?
確かに、魔境ガランドリネを一人で旅した勇者は少ない。ほとんどの勇者は信頼できる仲間とパーティーを組んで旅立っている。
しかし私は、一人旅になることを覚悟していた。たとえ聖剣を手に入れられたとしても、きっと誰も私を認めてくれないだろうから。
私だってそうだ。誰も信じられない。背中を預けて戦えない以上、仲間なんて足手まといになるだけだ。
というか、私が勇者になれたところで、兄上様が本当に旅立ちを許すとは思えない。すぐさま包囲網を敷かれそうだ。
聖剣を手に入れたらすぐにでも王国を発たないといけない。仲間を集っている暇はないだろう。
「な、仲間なんて要らない。私は一人でも魔王を倒せるくらい、強くなるから」
「なんでだよ。ライラが一人で今の二倍強くなるより、俺を仲間にした方が簡単だろ。魔王を倒す確率だって上がるんじゃねぇか? もちろん俺も今よりもっと強くなる。魔力の使い方も、魔法や精霊術だって覚えて見せる。だから、俺を勇者の相棒にしてくれ」
キラキラと瞳を輝かせ、希望を語るルルタ。
私としてもルルタの提案はとても魅力的だった。
戦力的にも心情的にも。
彼が一緒にいてくれれば、どれだけ心強いだろう。陳腐な例えだが、世界中を敵に回しても生きていける気がする。
だけど、そう簡単に受け入れられるはずがない。
「ダメだ。これは私の問題……命懸けの旅に付き合わせるわけにはいかない」
世界平和のための魔王抹殺計画ならまだしも、私の超個人的な事情のためにルルタを危険に晒すわけには……。
大体、勇者にすらなっていないのに、どうしてこんな気の早い話をしているんだ。私たちはまず謙虚になることから始めた方がいい気がしてきた。
私の懸念を吹き飛ばすように、ルルタはにこっと笑って胸を張った。
「俺が自分から行きたいって言ってるんだ。命の危険があることくらい、嫌ってほど分かってる。そこは気にしなくていい」
「でも」
「頭堅いな、ライラは。ちょっとは肩の荷を分けろよ。見ていられないんだって」
「そんなの知ったことか。お前には関係な――」
私の言葉を遮るように、ルルタが一歩前に出た。
「俺は惚れた女の夢を邪魔したくない。一人で無茶させるなんてもってのほかだ。なら、一緒に突き進むしかねぇだろ?」
絶句。
今、今、ルルタの口からとんでもない単語が飛び出した!
やっぱりと言うか、ついにと言うか、とうとう……。
全身が沸騰したように熱くなり、私はよろめいた。書架を支えに何とか立っている感じだ。
ルルタ自身、口にしてから「あ」と固まった。馬鹿か。馬鹿なのか。
「…………」
体の内側は心臓の鼓動が鳴り響いて大変なことになっているのに、外側は静かだった。人気のない図書室は時が止まったようで、私だけが寿命を縮めている。不公平だ。
こういうとき、いつものように笑ってくれればいいのに、ルルタは覚悟を決めたように真剣な表情で私を見下ろした。少しだけ頬が赤い。
「俺は、ライラが好きだ。身分不相応なのは分かってる。でも、そんな理由じゃ諦められねぇ」
心臓が爆発しそうだ。瞳に涙が溜まって視界が揺れる。
夢を見ているような心地だった。エイプリルが創りだす最悪な夢ではなく、どこまでも私に都合の良い幻。
押し黙った私を見て、ルルタはふっと笑った。
「俺の気持ちが迷惑で、ライラを困らせるだけなら諦める。……でも、そうじゃねぇだろ?」
こいつのこの揺るぎない自信は一体どこからくるんだ。「自惚れるな」と言ってやれたらどれだけいいか。
残念だ。私は今、嘘を上手につく自信がない。
荒唐無稽な悪魔の話を信じてくれたのが嬉しい。
魔王を倒す旅を一緒にしてくれるのが嬉しい。
私のことを好きだと言ってくれたことが、死ぬほど嬉しい。
手を伸ばせば、幸せが手に入る。目が眩んでしまいそうだ。
目は口ほどに物を言うらしいから、ルルタの顔を真っ直ぐ見られない。私の本当の望みを見透かされてしまう。
私は奥歯を噛みしめて目を閉じた。
「わ、私は、勇者になって記憶を取り戻すことが何より大切だし、兄上様とのお約束事を破るつもりはない……だから……」
やっと絞り出せた声は涙で湿っていた。
ルルタがここまで言ってくれても、私はやっぱり茨の道を進む。なんて可愛げのない女だろう。私だったら、絶対に私のような女を好かない。
ルルタの趣味は絶対に変だ。理解できない。
「分かってる。それでいい。ライラの邪魔はしねぇよ。俺は絶対お前の力になるし、お前の兄ちゃんに認められるような男になる。それまでは言葉も要らない。ただ……ほんの少しだけ気持ちをくれ」
ルルタはそう言って手を差し出してきた。
こんなの、無理だ。
足元がふわふわしていて踏ん張れない。どうやって抗えばいいのか分からなくなる。
「……っ」
ルルタはずるい。
少しは躊躇えよ。平民のくせに生意気だぞ。
全力で自分の心を押しこめている私が馬鹿みたいじゃないか。
というか、馬鹿だ。
好きな男にこんなにも求められて何一つ返さないでいられるほど、私は冷徹にはなりきれない。
無言でルルタの手に自分のそれを重ねた。気持ちだけは確かにここにあると示したかった。
熱い手だった。大きくて、マメがいっぱいあって、力強い男の手。
「…………」
ありがとう。待っている。信じている。
そんな心を込めて軽く手に力を込めると、ルルタも同じ力で握り返してくれた。
二人の間で何かが繋がった。そんな気がした。
「ありがとな。へへ、口先だけの男にならねぇように、頑張らないとな!」
ルルタは屈託のない笑顔を見せ、私もつられて少し笑った。




