緑のシラルガンとピンクのシラルガン
夜の帳が降りた頃、ロゼイルは散歩に繰り出していた。眠らないのではなく、眠れないのだ。最近、ミリエラが来た頃からずっとこの様な生活をしていた。夜寝る時にちょっと物音がするだけで、蛇に睨まれた蛙の様に身体が竦み、寝られなくなる。だから、少しでも気を紛らわす為に夜道を歩き、冷たい空気を肺に入れるのだ。
「平和だなー。やっぱり戦争なんてするもんじゃないよなー。」
静寂を纏いながら、1人ごちる。ロゼイルの脳裏にはある光景が蘇っていた。
────赤い、赤い、赤い大地。右を見ても左を見ても、全部赤。ただ、空だけが灰色で、太陽などどこかへ消えていた。
気付いたら全部終わっていて、気付いたら1人になっていた。周りは穢れで染まっているのに、自分には傷1つ無く、浴びたものは何も無い。ゴロゴロ転がっているモノは何かの塊で、無数に散らばっていた。それも、全部が赤い。
それが、自分を守っていた手だと気付くと、ようやく、ヒトらしい感情が生まれてきた。
泣きながら、ひたすらに謝った。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
返ってくるモノは無く、虚しい嗚咽が響くだけだった。
泣き疲れ涙は止まったが、歩き出すことが出来なかった。自分を守ろうとしたこの手を、振り払うことになるのではないかと、そう感じていたのだ。
それでも、歩かなければならなかった。衰弱しきった身体を無理矢理立たせ、赤く濡れた地を時々振り返りながら──。
『全部……何年前だったんだろう……』
6年前だったかな、と思いながら夜の散歩を続ける。すると、両脇から物音が聞こえた。
「……ッ!」
一気に身体が竦み上がる。こうなると、正体が分かるまで動かないだろう。思い切って声を張り上げた。
「おい! 誰だ!」
そう呼びかけられて、返事をするやつはそういない。ロゼイルが後ろを向こうとしたその時──。
「相変わらずの平和主義ですね」
「動かないで、声も出さないで下さい」
背後に2つの気配。首と左胸にはナイフが突きつけられている。
「夜道で人を背後から狙うのか。誰の差し金だ」
「教える義理は有りません」
「つれないな。お兄さん方の名前くらい教えてくれよ」
自分を狙うとしたら王族と、あと1つしかない。
「ジレーガ・ベルデ・シラルガン」
「ジレーザ・ベルデ・シラルガン。貴方の敵です、ロゼのシラルガン」
ベルデ──緑色の髪と瞳のシラルガンであり、敵であった。
「ふーん。それで、オレを殺しにきたと?」
「ええ、我々の目的はロゼの生き残りを抹殺すること。どうやら、貴方で最後のようです」
「最後に、何か言うことはありますか? 遺言くらいは聞いてあげます」
淡々と告げる双子のシラルガン。
ナイフが少しずつ首と左胸に押し込まれていく。首筋からは血が細く流れ出ている。
「──ッ!」
痛みはあまり感じなかったが、何とも言えない気持ち悪さがあった。
「何も無しですか。つまらないですね」
「もう少し泣いてくれるのかと思いました」
その声に感情は無く、機械のように無機質だった。ナイフを持つ手に力が込められ、首と心臓が同時に貫かれた。
あれっ?
ロゼイルはすぐに異変に気付いた。
ジレーガとジレーザが少し離れて立っているのだ。代わりにロゼイルの隣に立つのは……。
「あ、あんた!」
長身黒髪の青年が立っている。ガルツァーだった。ガルツァーは長剣をジレーガ達に向け構えている。
「貴方は部外者でしょう。邪魔はしないでください」
「貴様らこそ。オレはコイツに用があるんだ。邪魔するならこの場で斬るぞ」
「ッ……!」
ガルツァーの気迫に圧されたのか、ジレーガ達は闇に紛れるように姿を消した。
緊張感から解放され、ロゼイルは深く息を吐いた。
「助かったー。ありがとうガルツァー」
「無事で何よりだ。首もそんなに深くは無さそうだな」
「ああ、ってなんでこんな時間にこんな所に?」
「いや、お前と話をしたいと思っていたが、今日はそれどころではなさそうだ。送ろう、乗れ」
木に繋いでいた馬にロゼイルを乗せ自分も乗ると、一気に駆け出す。
風を切る感覚がロゼイルには新鮮だった。
「なあ、ガルツァーは覚えているか? 6年前の事」
「6年前か……夢にも出てくるよ。ほら、舌噛むぞ」
ガルツァーはスピードをあげ、帰路を走り続けた。
そして、屋敷の前で馬を止める。
「ほんとに助かった。ありがとう」
「オレもあんな形で仲間を失いたくないからな」
馬から下りるロゼイル。まだまだ話したい事は沢山あったが、今日はここまでだ。
「では、また会おう! ロゼの同胞よ!」
再び馬を走らせるガルツァー。その背中をロゼイルが見送る。
「かっこいいねー!『ロゼの同胞よ!』言ってみたいねー!」
先ほどまでの出来事が嘘のように、意気揚々と屋敷へと帰っていった。




