それから、これから
「ばんざあーい!ばんざあーい!」
「急げ!勇者さまのパレードが始まるぞ!」
ファンファーレが高らかに鳴り響く。
朝から世界中の人々が、勇者の帰還に沸き立っていた。
「しかしすげーよなあ。たった一人で魔王を倒すなんて」
「ああ。さすが勇者さまだぜ!」
城の兵士たちに囲まれ歓声を浴びる勇者。Aは、そっと目を閉じた。
魔王を倒した後、2人はコロに、二度目の別れを告げた。
「コロ。立派になったなあ。しかし、まさかお前、呪文を覚えるなんて…」
「ミィ」
「本当に、ありがとう。コロ。君のおかげで、僕らは、世界は、救われたよ」
勇者がそっと体を撫でてやると、コロは嬉しそうに鳴いた。
「さあ…またお別れ、だ」
「元気で、暮らすんだよ」
「ミィー…」
コロは二、三度、名残を惜しむように二人の方を振り向いた後、すうっと空へ飛び立っていった。
彼が見えなくなってから、勇者はAに言った。
「さあ、Aさん。僕達も帰りましょう。僕の国へ。きっとみんな、今か今かと待っています。盛大な宴が開かれるでしょう。覚悟してくださいね」
しかし、Aは首を振った。
「何、言ってるんですか?Aさん、あなたも一緒に城へ来てください」
「…俺はこのまま、村へ帰るよ」
「!そんな…だってあなたは、救世主なんですよ!」
「…勇者はお前だ。それでいいんだ」
Aは笑った。しかし、勇者は浮かない顔だ。
「……Aさん」
勇者はそろそろと、Aに問いかけた。
「ミーヤ村の、滝の神を覚えていますか」
「ああ」
「僕、思うんですが。あの少女、多分、呪われていたんじゃなくて…魔導師の才能を持って、生まれてきたのではないでしょうか」
「……」
「魔導師とは、まず、力の制御の仕方を学び、そして、操れるように、訓練するのです。彼女が魔法使いの家系であったり、もしくは誰か、教えてくれる人がいれば、きちんと力の使い方を学べたのではないでしょうか」
「…なるほどな」
「彼女はイレギュラーだったんです。きっと…。そして、Aさん。僕は、あなたもそうなんじゃないかと、思うんです」
「俺が?」
「だって、村人が戦闘に参加できるはずがないんです。Aさんは、強かった。高価な武具を装備している僕と、然程変わらないくらいに…。それも、ほとんど生身の状態で、ですよ」
「買い被るなあ」
「しかも、あの、光の力…。Aさんは、本当は…!」
勇者の言葉を、Aはただ、笑って流すだけだった。
「勇者」
「……はい」
「俺は、お前とは行かない」
「!」
「歩く道が、違うんだ」
「……」
俯く勇者の肩に手を置いて、Aは話した。
「…お前の料理、うまかったよ。才能あるよ。だからさ、勇者が料理したって、いいんじゃねえかな」
はっとしたように、勇者がAを見る。
「勇者兼、コックだ。夢はいくつあっても、いいだろ」
「Aさん…」
「今のお前なら、できるだろ」
こうして、Aは英雄としての道を捨て、勇者と別れたのだった。
「あ!勇者さまが来たぞ!」
「きゃー!勇者さまー!」
そんな声が聞こえて、Aは鍬を持つ手を止めた。
「おお、お前も見に来たのか。」
「ミー」
「見ろよほら。勇者だ」
勇者は村の真ん中に来ると、パレードの歩みを一旦止めさせた。
そして民衆に、話し始めた。
「みなさん……」
「この戦いは、私だけの力ではなく…本当に、たくさんの人に支えられて、成し遂げられたことです。…道に迷い、挫け、諦めようとした私を、励まし、救いあげてくれた存在。私の生きる道標になってくれた人たちのお陰で、今、私はここに居ます」
勇者が、人だかりの中に、Aを見つけた。
勇者はAをじっと見て、言った。
「ありがとう。それだけを、伝えたかったんです……!」
「……っ」
応えてやりたいと、そう、思った。
けれどAはそんな言葉を飲み込み、代わりに、バッと両手を挙げて、大声で叫んだ。
「ゆうしゃさま、ばんざあーい!」
すると村の人々も、それに続く。
「ゆうしゃさま、ばんざあーい!」
「ばんざあーーい!!」
勇者は一瞬、面食らった顔をして。それから、周りの声に負けじと、更に大きな声で、叫んだ。
「僕は、夢を叶えます!絶対に!だから、あなたも……!」
「ーーーー!」
「ーーーー!」
響き渡る、人々の声。
勇者を眩しそうに見上げる人々。
「ふん……」
勇者はその真ん中で、照れくさそうに笑っていた。
「良いこと言うじゃねえか」
「ミー!」
「……勇者モドキのくせによ」
Aは、にたっと笑って言った。
その後。
Aは違う世界で村人をしていた。
「ねえ奥さん!聞いた?」
村の奥様方の、井戸端会議が耳にはいる。
「ほら!あの魔界の農園!最近は宅配もしてくれるんだってよ」
「ああー!あそこのお野菜、新鮮でおいしいのよね!」
「何て言ったかしら、えーと…そう!"A"ファームだわ!」
Aの手が、ぴたと止まる。
「変わった名前よねー!」
「社長のドラゴンさんが言うには、この農園を始めた人の名前からつけたんですって!」
「へえー!」
「それにね、最近野菜作りの体験教室なんてのも始めたんですって!今度子供連れて行ってみようかしら」
「講師の黒煙さん?あの人、見た目は怖いけど、子供の相手が上手なのよねえ」
「そうそう!あ、そういえばほら!あの、元勇者の料理人って人?あの人もそこの農園、薦めてたわ!魔界の野菜を使ったレシピ本も出してるし……」
「……ふっ」
Aは、笑った。
「ふっ……くくっ……」
あいつら、しっかり夢を叶えてやがる。
「……はあ」
さわやかな、風が吹いている。
Aは手を止め、空を見上げた。雲ひとつない、抜けるような青空だ。
「……あの日みたいだ……」
なんて、柄にもなく浸ってみたりして。
すると……
ーうわああ!誰かたすけてー!!
村の外から、悲鳴が聞こえた。
「助けてええええ!」
Aが駆け寄ると、どうやら旅人がモンスターに襲われているようだった。
「ううっ……!や、薬草は……うわあ!もうない!」
初期のままであると思われる、簡素な装備。
先程から逃げようともがいているようだが、既に周りをモンスターに囲まれてしまって、そうもいかない。
Aは、持っていたスコップを投げつけた。
「……よっ」
Aのこうげき!
モンスターはぜんめつした!
「!?……す、すごい……」
倒されたモンスターたちを、旅人は呆然と眺めて呟いた。
「よう。危なかったなあ」
「!」
「お前、防具とか武器はどうしたんだよ?」
「……、は……え、防具?お金が、なくて……」
しどろもどろになって言う旅人。Aは、小さくため息をついた。
「……いいか。無理に旅を進めるんじゃなくて、まずは街の周りをぐるぐる回ってひたすら戦え。経験と金を貯めろ!んで、店でましな武器と防具を買って身に着けろ!」
「!?は、はい……!」
「……ったく。お前、そんなんでよく今まで死ななかったな」
「す、すみません……」
ばつが悪そうに、頭を掻く、旅人。
「僕、昔から要領が悪いんですよ……あはは……」
そう、恥ずかしそうに苦笑する、旅人に。
「あ……」
"あいつ"の面影を、見たりして。
『僕は、夢を叶えます!絶対に!』
「…………」
『だから、あなたも……!』
夢を、追いかけてください!
「……ふ」
「?」
「……仕方ねえや」
Aは小さく笑うと、旅人の手をとり、立たせた。
「なあ」
「!は、はい?」
「俺もさ……旅に、連れてってくんない?」
「はい!?」
「一緒に魔王、倒しに行こうぜ」
「…………」
旅人は、目を丸くしてAを見た。
「あ、あなたは、一体……?」
「ん?俺?」
Aは、ニヤッと笑って言った。
「俺は……」
『ただの村人A』 完