第四話 【勇者になる女の子】
悲鳴が上がってから数刻、誰かを応援するようにその輝きを放っていた太陽も西に沈み、動物達も鳴き声のコーラスをやめて虫達に役割を譲る頃、サーシャは男から衝撃の事実の数々を聞きまたも悲鳴を上げていた。
「はぁぁぁぁあ!?気を失ったアタシがそのまま立ち上がって魔獣を一体倒したぁ!?そんでその後丸四日寝込んでたぁ!?ええええええ!?ちょっ、はぁぁぁぁぁあ!?意味わかんないんですけど!?」
「ああもうやかましい・・・!少しは静かに出来ないのか!」
「だって!そんな事言ったって仕方ないじゃん!?そんな事になってたと思ってなかったし・・・って待って!?四日も寝てたんだよね!?聖域のみんなはほんとに大丈夫なの!?」
「ははっ。その長い耳は飾りの様だな。はぁ。聖域の奴らは大丈夫だよ。俺の見立てではあの結界であれば少なく見積もっても二週間は保つ。」
様々な感情をごちゃ混ぜにしてベッドの上を目にも耳にもやかましく飛び回るサーシャに男は苦笑いする。話をする間ずっと喧しいサーシャに男は最早諦念の境地に達しつつあり、受け流す事を覚え始めていた。そうでもしなければ男の身体中の血管は千切れ、不可解な遺体が出来上がりかねない。
(しかし、本来混ぜ物一つでここまで回復するはずがないのだが、何故こうまで動き回れる?)
医術を修める男の脳裏にふとそんな疑問が過ぎるが、まあ元の身体能力の高さの事を考えればあり得るか。とその疑問を頭の隅へと追いやる事にした。
それに今、時間を持て余している暇はない。
「まあつまりだ。お前が寝ている時間を差し引いても、おおよそ残り十日の猶予がある。これを多いと見るか少ないと見るかはまあ人によるだろうが、最悪は奥の手がある。それに頼る事はあまりしたくないが、そうなった場合は致し方あるまい。」
「奥の手!?何それ!?そんなもの隠し持ってるの!?教えてよ!!」
奥の手と聞いてサーシャは目を輝かせてとんでもない力で男の腕を掴む。
同じ年の少女、いや少年の何倍はあるだろうかと言う力で掴まれる男は思わずやはり先程の疑問を聞いておくべきだろうか?なんて思った。
と、いうか——
「痛いなお前は何で病み上がりでそんな力が出せるんだお前のどこにそんな力が残されていたんだ力を使った後なのにだぞ普通の人間なら丸一週間寝ていてもおかしくない所を四日で起きるわしかも起きたばかりなのにこの力を出すわお前は一体なんなんだ!!」
めちゃくちゃに痛い。
その余りの痛みに男は一息で文句と疑問を畳み掛け、少女の手を振り解こうとした。が、出来なかった。腕をがっしりと掴む少女の腕を掴み振り払おうとしたのだが、微動だにしない。
確かに男は日頃から身体を鍛えている訳ではなく、いっそ不健康に見える位細い。細いが、腐っても大の大人だ。本来であれば自分より二回り程も歳の離れた少女の腕など簡単に振り払えるだろう。
しかしそれが出来ない。
こちらの文句などどこ吹く風と言った調子で腕を掴みながらおーしーえーてーおーしーえーてーと言い続ける少女の腕は押せども引けども一向に動く気配がなかった。
とは言えずっとこのままでいるわけにもいかないので、
「いい加減話を聞けっ!」
男はゴンっと仕方なく少女の頭に拳骨を喰らわせる。
思わずいったーい!と手を離す少女を他所目に自分の腕に目を向けると、そこには掴まれた箇所が真っ赤、どころか真紫に変色した肌が存在している。
本当にどういう力で握ればものの数秒で人の肌はこうなるんだ。男はそう思わざるを得なかった。
「痛い!何考えてるの乙女のかわいい頭に拳骨するなんて!」
「お前が聞かないからだ!それに痛みで言うなら俺の方が痛かったに決まっているだろう!ほら見ろこれを!」
男は痛々しく変色した腕を見せる。
サーシャはそこでようやく自身が付けた傷に気付き顔を青ざめてごめんなさい・・・と謝罪した。
「ふん。まあいい。この程度であればすぐに治せる。それから奥の手についてだが、それを話す前に話しておかなければならない事がある。」
男はその謝罪を受け取ると自らに治癒魔法をかけながら話を続けた。
「話しておかなければならない事?」
「そうだ。お前が意識を失った状態で魔獣を倒した時に使った”ある力”の事についてだ。」
「ある力?アタシ何の力も持ってないよ?」
サーシャは少し上を向いて考えた後、身に覚えがない、とキョトンとした顔で呟く。
「まあ、そう思うのも仕方ない。それはある時突然発現するものだからな。聞いたことはあるだろう?祝福〈ギフテッド〉という言葉を。」
「祝福!?知ってる!あれでしょ!御伽話で勇者が使う力のことでしょ!え!?て事は待って!?それをアタシが持ってるって事―!?」
サーシャは子供のように目を輝かせる。
「そういうことだ。その祝福があったからこそ、お前は魔獣を倒す事が出来た。そして俺もまたその力を持ち、使う事が出来る。」
そんなサーシャに頷いて肯定し、男は自身も同じ力を持つ事を告げた。
「ええええええ!?そうだったんだ!?あっ!そっか!だからアタシ達を助けられたんだ!」
「まあ、そうだな。確かにお前達を助ける際に力を使った。」
男は一度上を向いて考えたがその後直ぐに目線を戻した。
「そうだったんだ・・・!そっか・・・アタシ、勇者が持つ力を持ってるんだ・・・。」
サーシャは手を高く掲げ恍惚とした表情を浮かべた。
目頭がジワリと熱くなる。少し俯きその熱を一頻り噛み締めた後、少女はニッと笑って顔を上げた。
少しだけ下手くそなその笑顔には、少女のこれまでの挫折の苦しみと、もたらされた希望の喜びが滲んでいた。
その笑顔に男は少しだけ微笑みを返して、
「そういうことだ。俺が先程言った奥の手というのも同じく祝福のことだが、残念ながらこれはそんなに良い物ではない。今からお前にはこの力がどんな物なのかを知ってもらう。心して聞け。」
周囲の空気が引き締まるような冷たい声色でそう言った。
その言葉にサーシャは困惑の表情を浮かべる。
そんなサーシャにそうだ。と一言だけ男は返し、言葉を続けた。
「まず、この祝福だが、一般的には使用者に力を与える物という認識をされている。しかし、俺はこの力の事をそんな都合のいい物だとは思っていない。なんなら呪いだとすら思っている。理由は二つ。一つはこの力にデメリットが存在する事、そしてもう一つが、この力を持った事による世間からの目だ。」
「デメリット!?」
「そう。魔法と同じ様にこの力には代償が必要だ。魔法であれば強大であればあるほど詠唱に必要な時間が増えるように、祝福には、力を使っている間、”心臓が止まる”という代償が存在する。」
「!?」
その思わぬデメリットにサーシャは口に手を当てて息を呑んだ。
「それってつまり、力を使えば死ぬって事じゃないの!?」
「いや、必ずしもそうとは限らない。確かに長い時間心臓を止め続ければ死に至るが、少ない時間であれば死に至る事は少ない。しかし、それでも心臓を止める時間が長くなれば長くなるほど身体には後遺症が残りやすい。そうでなくても、戦場で心臓を止める事がどれだけ難しいかなど想像に難くないだろう?」
サーシャは先日の命懸けの追いかけっこを思い出す。あの時サーシャは確実にその心拍数を跳ね上げていた。もしあれを心臓を止めながら行うとしたら・・・。考えただけでスッと身体から血の気が引く感覚に襲われる。
「そう。この能力は戦場で使えたものではないんだよ。そして、本当に最悪なのはもう一つのデメリットで言った、こんな使えない力を持った事で世間からの目が変わる事だ。考えてみろ?この力を持つ事で世間からはどう思われるか。」
「そっか・・・だから貴方が勇者に対してあんな感想を抱いてたんだ・・・。」
そこでサーシャは思い出す。男が言っていた勇者というものがどういうものなのかという所感を。そして改めて実感する。どうしようもない程に残酷な、力を持ったものを待ち受ける未来を。
「そういうことだ。使えない力を持っただけでその実一般人とほとんど変わらない者が、馬鹿な民衆によって嬉々として戦場に送り込まれる・・・。これが呪いでないと言うならなんだと言うんだ・・・!」
男は両拳を握りしめて俯く。
長い前髪に覆われて殆ど見えないが、その瞳には怒りと、後悔が滲んでいるようにサーシャには見えた。
そんな男を見てサーシャは一度だけ息を短く吸い込んだ後ベッドから降りて立ち上がり、男の前に立つと、
「分かった。じゃあアタシはどうすればいい?」
男を見据えて端的に聞いた。
「貴方が意味もなく同じ話をするわけないもん!ならこの話はその先の話をする為のものでしょ?教えて。アタシが何をすればあの魔獣に勝てるのかを。」
その言葉に男は一度目を見開き、サーシャから見えない様に左の口端だけそっと緩めた。その顔には喜びが滲む。
男はその後すぐにサーシャに顔を向け、何事もなかったかの様に鼻を鳴らす。
「エルフの割には頭が冴えるみたいだな。その通りだ。お前には生身でもあの化け物に勝てるよう、明日から三日間、この森を使って特訓をして貰う。」
「なるほどね?で?どんな武器を使った特訓なの?」
サーシャはニヤリと口を緩めた。
今日のアタシは冴えている。祝福は使えず、自身の身体能力だけでは魔獣を倒せない。そして、アタシは魔法が使えない。なら武器を使っての特訓に決まってる!そうサーシャは考えていた。
「武器?何言ってるんだ?そんなもの使うわけないだろ?」
「はえ?」
しかしその考えは一瞬の内に男に壊され、サーシャは口を丸く開けて呆けた声を出した。
「そうだ。言っただろう?力を示せと、この特訓を通して俺に力を示してみせろ。」
「え!?でもアタシの素の身体能力じゃ、多分魔獣を倒すのは流石に無理だよ!?貴方を倒すことは出来ても・・・。」
「ほう?言ったな?では明日試してみようか。俺を本当に倒す事が出来るかを」
男はその言葉に目を細めて笑う。
「手加減はいらないの?」
「当たり前だ。本気で来てもらって構わない。一切手を抜く事を禁じる。」
男はサーシャの質問に鼻を鳴らして答える。
「おっけー!覚悟してよね!アタシ、思ったより強いんだから!」
そんな男にニッと歯を見せて笑い、サーシャは力瘤を作ってみせた。
そんなサーシャに男はそれはこちらのセリフだ。と言った後に手を差し出し、
「俺はディア・クーバ・アスクレピオース。短い付き合いになると思うが宜しくな。」
と軽口を混ぜつつ自己紹介をする。
そんなディアの姿にハッとするサーシャは、
「やば!そっか!自己紹介まだだったよね!?かんっぜんに忘れてた!!ごめんなさい!」
と腰から上を勢いよく曲げて謝罪した。
「ふっ。今更だ。」
上目遣いで表情を伺うサーシャにディアは眼を瞑って笑い、で?お前の名前は?と片目を開いて返した。
「アタシはサーシャ・グレース!勇者になるエルフの女の子!」
差し出された手を両手でギュッと包み込み、サーシャは満面の笑みで答えた。
ロングレイス大森林の最南端、国境付近にある木造の駐在所の一室、その小さな部屋で手を握り合う二人を祝福する様に一陣の風が吹き抜ける。
それは、これから先幾多もある試練を乗り越える師弟の絆の始まりの瞬間だった。
——それから数刻。
水面が風を受けて揺らめいている。空を多い尽くす星々が漣に揺られ、宝石箱のようだったそれは中身をぐちゃぐちゃにされ、今や不気味ささえ纏っていた。
そのほとりで蠢めく一つの影。
それの身体中には木の蔦が張り巡らされ、顔までびっしりと覆われている。その隙間から覗く妖光は忙しなく動き続けており、その動きはまるで獲物を狙う捕食者の様にも見えた。
やがて、その妖光は動きを止め、巨体を揺らめかせ歩き始める。
視線の先には化け物の仲間と思わしき残骸が転がっていた。
化け物は残骸の前で後ろ足を組む様に座るとその丸太のように太い指で仲間の死を悼むかの様に撫でる。
まるで化け物に感情があるかの様にも感じられるその行動はしかし次の瞬間、化け物自身の行動によって否定された。
先程迄残骸を撫でていたその化け物は、次の瞬間、貪る様にそれに喰らいつく。
バキッボキッと鈍い音を立て暫くの間喰らい続けた化け物はやがて粗方残骸を食い尽くすとその短い二本の足で身体を支え、ニヤリとその口を曲げると天上にある月にけたたましい咆哮を上げた。
木々は身震いを始め、鳥は騒めき、陸上生物は悲鳴を上げる。
先程迄静寂そのものだった森は一瞬にして、恐怖のコンサート会場に早変わりし、何も知らない者の為のレクイエムを奏でていた——。




