第9話 深夢 グリドマルド
とりあえず、最優先は装備の強化だ。
今身につけているのは、初期装備の『冒険者の装束』一式。
レベルが上がっているから、この辺りの敵なら無傷で倒せる。だが――問題はそこじゃない。
どれだけ無双できても、いつまでも布切れ同然の装束で歩き回るのは気が引けた。
「……まずは武具屋、ね」
アウラティラの街を歩きながら、通りに並ぶ店を探す。
ここにはプレイヤー経営の店もあるらしい。冒険者として戦うだけじゃなく、商人や生産職を極める人も多く、それぞれ独自のコミュニティを作って活発に活動しているとか。
ネットでちらっと見ただけだけど。
★
草原の奥、モンスターが群れる狩場。
私は剣を振り下ろし、飛びかかってきた獣型モンスターを地面に叩き伏せた。
「はぁ、地道ね。強くなり過ぎて戦闘の楽しみが無いような……」
目の前の赤いポリゴンが霧散していく。レベル差がありすぎるせいで、戦闘自体はほとんど作業になりつつあった。
何て言うか、本当に前世をよく思い出す。
前にもあったというよりも前の方があったか、高レベルパーティーでも日銭の為に雑魚狩りは必須だったし何より頼まれることも多かった。
ゲームの様に、装備やアイテムだけに金を使えるというわけでもないし。
だからこそ、こんな事は大した苦にはならない。
「農場に入ったゴブリンの討伐は二度とやりたくないわね」
ゴブリンがこっちに糞を投げつけてきたり、牛を人質に取ってきたり。
挙句の果てに牛を一匹でも殺されたら報酬は無しだったり。
あの時はさすがにイラっとした。
「っと、もう夜ね」
このゲームの夜はモンスターの動きが活発化し強化される為、ここからようやくマシな戦闘ができそうだ。
★
私は夜の草原でしばらく戦ってみたが、モンスター相手の作業感は拭えなかった。
「……確かに動きは速くなってるけど、正直まだ物足りないわね」
そう独りごち、森の方へ足を向ける。
月明かりの下、木々の間にぼんやりと光が漏れているのが見えた。近づいてみると――古びた教会の姿が現れる。
壁は崩れ、屋根は欠け落ち、しかし入口だけは妙に整っている。
少し気になってマップを見て見れば【夢気楼の教会】と書かれている。
中は静まり返っており、祭壇には巨大な鐘が吊るされていた。
その鐘はひび割れているのに、何故か淡く光を帯びている。
「鳴らせってこと……?」
半信半疑で、ロープを引く。
カァァァァァァン……!
重く、鈍い音が夜の森に響き渡った。
――しかし、何も起きない。
「……外れ?」
そう思った矢先、システムメッセージが目に入った。
《EXクエスト【祈鐘の響き】が開始されました》
しかしまた、何も変わらない静かな空間。
『夢を見ろ……深き夢を……』
ぞくり、と背筋が震える。
同時に、祭壇の上に新たなウィンドが浮かび上がった。
《【祈鐘の響き】進行》
条件:睡眠をとり、専用インスタンス「深夢領域」へ移行せよ。
「……ふーん」
詳細を読むと、どうやら「イベント専用エリアに飛ばされて」そこで特定の試練を受けるタイプの進行らしい。
寝るだけでいいとはずいぶん簡単だけれど、イベントの内容が分からない以上迂闊に踏むのも危険だ。まあでも――
「行かないなんて面白く無いわ」
すぐさま教会の中で焚火を焚いて休憩する。
目を閉じる。次第に意識が薄れ、次に目を開けたとき――
目の前には星々が逆巻く深夢の空間が広がっており。
足元は水面の様に星々を反射していた。
その中心に、やせ細った司祭姿の男が立っていた。
《EXモンスター 『深夢の狂信者 グリドマルド』》
しかしその手には、現実感のある冷たい輝きを放つ長槍が握られている。
『……我はグリドマルド、深夢に使え。来賓をもてなす役割を任されている』
『客人よ、ここは【深夢領域】。目覚めし者が侵してはならぬ、夢の聖域……』
槍を掲げると、空間に鐘の幻影が現れ、淡い光を放ちながら揺れ始める。
『夢に身を委ね、鐘の誓いを讃えるならば……安らぎを与えよう。
だが抗うのなら――終わる事のない悪夢を与えよう』
「何それ、宗教勧誘なら間に合ってるわよ」
私はそう軽く流し、白月を構える。
『そうか――であれば。つまらぬ夢を見ていると良い』
次の瞬間、鐘の音が鳴り響く。
その音と同時にグリドマルドの姿が消える、次に現れたのはその槍が私の首元にまで突き立てられる瞬間だった。
「あぶっ」
何とか紙一重で槍を回避し距離を取る。
攻撃を受け流したというよりも、ただ避けただけ。反撃の余裕すらなかった。
鐘の音と同時にワープ?何にせよ鐘の音がしたら気を付けるべきね。
グリドマルドはというと、槍を回しながら既にこちらに迫って来ていた。
『【幻夢】』
低く呟いた瞬間、目の前のグリドマルドの体が揺らぎ、二つに割れる。
正面から槍を突き出す影と、遅れて重なるように滲む残像。
「っ……!」
横に跳んだ――次の瞬間。
ズブリッ!
残像の穂先が本体。槍はわき腹を抉り、粒子状のポリゴンが飛び散った。
《スキル【死にぞこない】発動》
HP600→HP1
咄嗟に、白月を振り距離を取る。
は?は~?何で二番目の街で、私のHPを一撃を削り切る敵が出てくるの!? こんなの聞いていないんだけど。普通のプレイヤーなら
「ぜ~ったいデスエンカになるじゃない。調整ちゃんとしなさいよ!」
そう言いながら構えを取り、呼吸を整える。
「まあでも、私は別だけど」
構え直し、深く息を整える。
「上等よ、幻でも夢でも――叩き割ってあげる」
鐘が再びカァァン、と鳴った。次の瞬間、グリドマルドの姿はまた虚空に掻き消える。
『夢、幻。見たい物を見れる、であれば。それこそが至高ではないか?』
「いやダメでしょ、足元見ないと転ぶわよ」
そして、今度は私の真後ろに出現した。
右から突き込まれる穂先、確実にとらえたはずの私の背中。
だがそれは霞の様に消えていく。
【霞踏み】
「こんなふうにね」
同じようにグリドマルドの背後に回った私はそのがら空きな背中を斬りつける。
その勢いのまま追撃を仕掛ける。
さらにグリドマルドの胴体を両断しようと一閃するが。
やはり躱される。それを【飛燕】で空を蹴り追いかける。
しかし相手も只者ではないのだろう、槍の柄を横に構え防御態勢に入る。
ガンッ!という鈍い音と共に刃が弾かれた。
「やっぱり硬いわね」
私は距離を取りつつ周囲の状況を確認した。
さてさて、このゲーム全体的にモンスターのヘルスが低い。
特に人型エネミーはそれが顕著だ。
だが、その代わりというべきか回避行動のレベルが全体的に高い。
ゴブリンとかまさにその代表。
大型のボスになればまた変わるかもだけど。
「ま、それならそれでやりようはあるんだけどね」
私は刀を抜き直し、相手の攻撃を待つ事にした。
しばらく沈黙が続きお互い睨み合う形になったが――不意に相手の方が動いた。
瞬時に距離を詰めてきたかと思うと連続突きを繰り出してくる。
全てを紙一重で避けるが如何せん数が多い上に速いので捌くのは難しかった。
仕方なく【飛燕】を使用する事により回避するもすぐに反応されてしまい反撃は出来ない。ちなみに【霞踏み】は再使用にCTを挟むけど。【飛燕】はスタミナ消費で発動できる。
かなり便利なスキルだ。
その後も何度か攻防を繰り返していたのだが……
HP1な事もあってあまり攻め手に回れない。
5分間は硬直状態が続いただろうか。
そう考えた次の瞬間
――連撃の嵐。
一突き、一突きが必殺の威力を秘めている。
そのどれか一つでも掠れば、私は即ゲームオーバー。
「くっそ、ほんとに殺る気満々ね……!」
辛うじて身を捩って躱すたびに、服の袖が裂け、髪が揺れ散る。
余裕なんて無い。ギリギリの回避を強いられる度に、心臓が跳ね上がる。
鐘の幻影が鳴り、再びグリドマルドの姿がかき消えた。
「――!」
咄嗟に【飛燕】で空を蹴る。
直後、さっきまで私が立っていた場所を穂先が貫いていた。
冷や汗が背を伝う。あと半歩遅ければ、終わっていた。
その瞬間――グリドマルドの動きがぴたりと止まった。
槍を構えた姿のまま、司祭の声が深夢空間に響く。
『……夜が明ける』
星々が揺れ、青黒い空間が次第に崩れていく。
『貴様の夢は覚める。だが忘れるな――これは、貴様の敗北だ』
「はあ!誰が負けですって待ちなさい!逃げたほうが負け」
鐘の音が最後にひとつ、カァン……と響き渡った。
視界が白に染まり――次に気づけばそこは森の中だった。
「……何が夢よ。誰が負けたって言うのよ」
グチグチ文句を言いながら、夜明けの森を歩く。
画面には《クエスト進行中:祈鐘の響き》の文字が残っていた。
「進行中ってことは、まだ終わってない……ってことよね」
思わず口元が吊り上がる。
「次はやってやるわよ、覚えてなさい」
森の出口に向かいながら、私は密かに誓った。
あの鐘の音、次に聞いたら――容赦しない。
その後、アウラティアに戻り。私は街の中央広場へと足を向けた。
噴水前のベンチに座って、敗因を考え……敗因?負けてないし。
グリドマルドとの戦闘を思い返しながらため息をつく。
いくら強がっても、結果は変わらない……私は負けた。
時間制限、恐らくグリドマルドが言っていた通り夜明けまでなのだろう。
それを知っていたらある程度無茶しても攻め手に回っていたかもしれない。
それと一撃死、まあ初期防具だし仕方ない。——そう初期装備!
私装備整えたいんだった。昨日集めた素材で何か作れるか確かめに行こう。
鍛冶屋に向かい、昨日集めた素材を広げてNPCの職人に渡す。
しばらくメニューを眺めて悩んだ末、新しい足装備を作ることにした。防御力は相変わらずの紙装甲だが、俊敏性が上がったのがうれしい。
(動きやすさは正義よね)
一通り準備を終え、マップを開く。
最初からレベルが高いせいでこの街でやる事が無い……グリドマルドも大口は叩いたけど、正直言って倒せるビジョンが見えない。
それなら次々進んで適正レベルに成ったら出直そうという魂胆だ。
次の目的地は王都ルミナスから北方の山岳地帯――炭鉱の町「レーヴェン」。
希少鉱石が採れることで有名で、鍛冶職人や鉱夫プレイヤーたちの拠点にもなっている。
「まあ、次はのんびり行きましょ。……夢の続きなんて、今は考えない」
独り言のように呟いて、私は【帰還の紋章】を発動した。




