第10話 冠する者『群雄』堕ち至る
白光に包まれ、視界が切り替わる。
次の瞬間、私は王都ルミナスの転移広場に立っていた。
やっぱりファストトラベルは便利だ、前世では転移魔法使い、スクロールなんていっぱしの冒険者が手を出せる人物でも物でもなかった。
「さてと……北門から出ればレーヴェン行きの街道ね」
マップを確認しながら歩き出す。
王都の北門は他の門よりも人が少なく、山岳地帯方面へ向かうプレイヤーがちらほら見える程度。門番NPCに挨拶をして通過すると、視界が一気に開けた。
王都ルミナスを発って、私は北方街道を歩いていた。
朝靄の中、石畳の道がどこまでも続き、遠くには雪を被った山脈が見える。
目的地は炭鉱の町レーヴェン。
希少鉱石が採れることで知られる、鍛冶職人たちの拠点だ。
途中には小さな村や採掘キャンプが点在していて、どれもゲームらしいのどかさがある。「はぁ……やっぱ外の空気はいいわね」
小さく伸びをする。
グリドマルドとの戦いは確かに印象的だったけれど、ずっと籠って戦闘ばかりだと気が滅入る。少しくらい観光気分を味わってもいいだろう。
草原では羊型モンスターがのんびりと草を食み、外のプレイヤーがその横で採取をしている。
戦闘音もなく、平和そのものだった。
次は山岳地帯、
岩壁に沿った道が続き、風が唸るように吹き抜ける。
山道は思った以上に険しかった。
段差だらけの岩道に、時おり吹き荒れる砂混じりの風。
それでも、周囲のモンスターは確かに強くなっている——前のエリアとは桁が違う。
岩肌に沿って続く道を進むにつれ、
さっきまでの青空が、いつの間にか霞んで白い霧に包まれていた。
「あれ、霧……天候変化?イベントかなにか」
一歩進むたび、霧は濃くなり、足元の石畳がかすむ。
マップもノイズが走って機能しなくなる。
ん、これは「強制イベント区域」だ。
「嫌な予感しかしないけど……まあ、行くしかないわ」
その時、地響きと共に前方の岩壁が砕け散った。
粉塵の中から、漆黒の巨影が姿を現す。
——《雷角獣 ヴォルクレイド》
全身を黒鉄の鎧で覆った、牛のような四足獣。
角の先には青白い電流が走り、踏み出す度に地面が軋む。
私は白月の柄を握り直し、深く息を吸った。
今までと違いレベルは適正、ステータス差も開きすぎていることも相手が高すぎることもない。
「来なさい……楽しませてもらうわよ」
岩肌を蹴りつけるような衝撃とともに、ヴォルクレイドが咆哮を上げた。
重低音が空気を震わせ、霧の中で無数の岩片が跳ねる。
「来るっ……!」
巨体が一気に前傾姿勢になり、雷光を纏った突進。
まるで戦車だ。
だがその重量ゆえに動きは読みやすい。
白月を引き抜く。構えたまま、タイミングを合わせて——跳ぶ。
跳躍の瞬間、ヴォルクレイドの突進が地を裂いた。
そのままヴォルクレイドの背を踏み台にして回転、それと同時に白月を振り抜く。
金属音が響き、黒鉄の鎧に火花が散った。
斬撃が弾かれる感触。だが、ほんの僅かに裂け目が入ったのを見逃さない。
「流石に全身無敵の鎧に包まれている訳じゃないわよね!」
再び着地し、滑るように距離を取る。
ヴォルクレイドが首を振り、角の先に青白い電光を収束させる。
それは地面に叩きつけられ、雷が奔るように広範囲を焼いた。
雷撃が地を這い、視界の中を閃光が走った。
瞬間、私は足元を滑らせるように動かす。
「【霞踏み】」
靄のように身体がほどけ、次の瞬間には十メートル離れた岩の上に再出現する。
直後、さっきまで立っていた場所を雷光が貫いた。
肌にひしひしと伝わってくる熱波。あんなのまともに食らったらひとたまりもない。
「……あれは洒落にならないわね」
舌打ちしつつ、次の動きを読む。
雷撃の予兆。再度角が輝き始めた。
ヴォルクレイドの巨体がゆっくりと旋回し始める。
今度はその雷の帯びた角を振り回して、 ヴォルクレイドの角が天を指す。
瞬間、空が震えた。
さっきまで霧に覆われていた山道の空が、みるみるうちに黒に染まっていく。
「山の天気は変わりやすいっていうけど、これはいくら何でも急すぎるわよ!」
光が一点に収束し、真上に輝く。
「っ、上!」
白光が降り注ぎ、視界が一瞬で照らされた。
地面が爆ぜ、轟音と共に衝撃波が走る。私は即座に地を蹴った。
「遠距離の落雷攻撃、でかい図体に対して意外と器用なことするわね!」
息を吐く間もなく、ヴォルクレイドの角が再び閃光を帯びた。
今度は連続。――雷槍の雨。
「ちょっ、連射すんの!?」
地面を跳ねるたび、爆ぜるような雷柱が立ち上がる。
だが結局放たれてから移動すれば避けられない事は無い。
紙一重で回避しながら、攻撃の合間を縫って前進する。
雷光を生み出す発生源、あの角を早々に破壊しなきゃ事は進展しない!
――止まれば終わる。
距離、およそ二十メートル。
ヴォルクレイドの頭部がこちらを捉え、再び雷光が収束する。
「【飛燕】」
一瞬で空を蹴り、空を翔ける。
風が裂け、雷撃を掠めながらヴォルクレイドの懐へと潜り込む。
その巨体が、鈍重に見えて動きは正確だ。
咆哮とともに角をこちらへ構える。
「今更っ!」
振り返るより速く、白月を突き出した。
「【威間】」
衝撃。
重金属を貫くような、鈍くも鋭い音が響く。
刃が角の根元を抉り、雷が弾け、角の片方が――砕け散る。
「我が【威間】防ぐ事叶わず――なんてね!」
だがまだ終わっていない。
片角を失ったとはいえ、残った電撃の流れは止まっていない。
「まだっ……!」
ヴォルクレイドが吠える。
残された片角を振るい、怒涛の如く電撃が四方八方に迸る。
地面が裂け、雷が暴れ、空気が弾け飛ぶ。
「っ、面倒ね!」
【飛燕】で空を蹴りながら回避する。
「でも、それで最後でしょ。残ったのは巨体の獣一匹。さあ、調理してあげるわ」
角の片方は潰した。雷撃の威力も弱まったもう脅威にはならないでしょ。多分。
問題はこの獣がまだ暴れる気満々であることくらいだ。
足を振り回し、牙で噛みつき、残った角を振り回す。
ヴォルクレイドは怒りに任せ、巨躯を振り乱した。
地鳴り。砂煙。雷の残滓が通った軌跡が焦げ付いていく。
発狂モードね……。
牙――足――尾――残った角。
重量武器のフルコンボみたいな暴れ方。
「近づけって方が無理でしょコレ……!」
回避に徹しながら、頭の中では次の手を巡らせる。
動きは粗い。でも、私のステータスじゃ当たれば即死確定。
だからといって、攻め込まなければ勝ちはない。
あの身にまとう鎧……何度か打ち込んで弱点を露出させなきゃダメ?
「……ちょっと落ち着きなさいよ、牛!」
暴れている途中、ヴォルクレイドは大岩に頭から突っ込んだ。
大岩に頭をぶつけた衝撃で、ヴォルクレイドの額部の甲殻がぱっくりと割れた。
砕けた隙間から、脈動する黄色い結晶――雷のコアが露出する。
「……あれね。弱点、見ーつけた」
ヴォルクレイドはよろめきながらも、怒りのまま振り返る。
「ガ、アアアアアアアアッ!!」
地を蹴り、獣が突進してくる。
雷の残光を引きながら、一直線に。
どう考えても、これはチャンスだ。
このチャンス、逃すわけにはいかない。
私は深呼吸一つ、白月の柄を握り直す。
――来い。
突進の圧が空気を震わせ、風圧が肌を刺した。
致死の質量が迫る。
タイミングは一度だけ。
踏み込み、跳躍。
「【飛燕】ッ!」
直前で思い切り跳び、獣の頭上へ飛び込む。
角が掠め、電撃が頬を焼く。それでも軌道は崩さない。
空中で白月を逆手に構える。
落下と同時に、露出した結晶へ突き立てる。
――――ッッ!
瞬間、雷光が爆ぜた。
世界が白く染まり、轟音が鼓膜を揺らす。
ヴォルクレイドの巨体が痙攣し、脚が崩れ落ちた。
黄色い結晶が砕け、雷が霧散していく。
地面を揺らして、ヴォルクレイドが倒れ伏す。
雷光が消え、静寂が戻る。
【フィールドボス《雷角獣ヴォルクレイド》討伐】
システムの文字が視界に流れた瞬間、達成感が胸を満たす。
「ノーダメ、完走!」
レベル35→レベル38
「三つも上がった。フィールドボス様々ね」
さらに、ドロップが一覧で表示される。
・【雷角獣の角】 ×1
・【黒鉄鎧の破片】 ×4
・【ヴォルクレイドの残雷結晶】 ×5
・【雷角獣の毛皮】 ×6
「色々収穫あり……早速装備更新と行きたいわね
視界の霧はすっかり晴れ、山の向こうの空が澄んだ青を取り戻している。
「さて……レーヴェンはもうすぐ、ってところかしら」
★
霧が晴れた山道を抜けると、風が一気に軽くなった。
山岳地帯の険しさが嘘のように、視界いっぱいに平原が広がる。
緩やかな丘と草原。
小さな花が群生し、遠くには炭鉱町レーヴェンの煙突らしき影。
――なのに。
「……モンスター、全然いない?」
丘を進むにつれ、違和感は徐々に大きくなっていく。
戦闘音も、咆哮も、何もない。
代わりに――プレイヤーの姿だけが増えていく。
「いや多すぎない? イベントでもあるの?」
武器を構え、空を見上げ、じっと動かずに立ち尽くしている者。
逃げるようにレーヴェンへ向かう者。
何かを待つように丘に集まる者。
ザワ……ザワ……
妙に緊迫した空気。
まるで現れる何かを恐れているような。
「……嫌な予感しかしないんだけど」
その時だった。
――空が、たわんだ。
風が震え、丘の草が一斉に伏せる。
頭上の雲が押しのけられ、蒼天に巨大な影が現れた。
ゆら……ゆら……
まるで水面を泳ぐように、空の中を――蛇のような何かが滑っていく。
いや。違う。
辰だ。
青銅色の巨大な辰。
長い体は空気を滑るたびに虹色の光をまとい、
鱗一枚一枚が鏡のように空を映している。
頭部には枝分かれした角が複数伸び、
その瞳には冷たい知性と、絶対的な王者の風格。
さらに――背から尾にかけて、
輪のような光がいくつも浮遊し、羽ばたきの代わりに周囲の空間を歪ませていた。
「……嘘でしょ」
誰かが呟き、別の誰かが逃げ出す。
そして、視界にシステムメッセージが落ちる。
【冠する者――『群雄』のシーアッシュプ 堕ち至る】




