第7話 悠久を生きた狼
「で、これからどうするよ」
私とチュニドラは王都ルミナスに戻り、その辺の喫茶店に入りテーブルに座って紅茶を啜っていた。
「んー……そうね。別に目的合って始めた訳じゃないし、何やるって言っても分かんないのよねー」
私は少し頭を悩ませる。
「このゲーム個人のメインストーリーってないんでしょ?」
「ああ、メインはワールドストーリーだからな……まあ、あともう一つメインコンテンツが残ってるが……」
「何よ」
チュニドラが、紅茶をぐいっと飲み干してから一息ついて答える。
「【冠する者】まだ噂の段階だが、今年に入ってから各地に情報が追加されていた。今確認されてるのは」
「『没落のエミュラタール』 『群雄のシーアッシュプ』 『渇望のシュクラータム』……まあ、どれも噂程度だがな」
「……なんか、ラスボス格って感じね」
私はカップを揺らしながら、窓の外をぼんやりと眺める。
「ただのフィールドボスとかユニークモンスターとは格が違う、って噂だ」
「噂なの?それ」
「ほぼ確実あると言って間違いないな、それを追うクランもできるくらいだし」
「なるほどね……ま、どっちにしろ今の私じゃ無理でしょうね」
「で、何しようかしら」
私は肩を竦めてため息をつく。
「とりま、アウラティアに向かえばいいんじゃね?」
チュニドラが軽い口調で言う。
「アウラティア?」
その名前に聞き覚えはある。けど、どこで聞いたか。
「王都ルミナリアの隣国。初心者向けの中継地点って感じ。ルミナスへのファストトラベルも解放されるし、初回到達ボーナスもある」
「へぇ……そういうのは最初に教えてくれたらいいのに」
「何言ってんだ?チュートリアル一通りクリアすれば大体向かう場所は教えられただろ?」
「……うっ」
私は紅茶のカップを口元で止めたまま、言葉に詰まった。
「まさか、チュートリアル飛ばしたな?」
「うっさい。チュートリアルなんて真面目に読むほうが少ないでしょ」
★
チュニドラと別れた後、私はルミナスの南門を出て、静かに歩き始めた。
行き先はアウラティア。
まだ見ぬ地、まだ見ぬ物語。
地図にはしっかりとその名が記されているけれど、何があるのかは誰も保証してくれない。
「……ま、そういうのが一番ワクワクするんだけどね」
私は一人で呟き、【白月】を腰に納め歩いてゆく。
只の平原であろうとこのゲームは一味違うようだ、風で草木が揺れ蝶や鳥が舞っている。天気は快晴、程よい気温と心地よい風が頬を撫でる。
「っと……そう言えば」
先の勝千戦でのスキルポイントとステータスポイントを振ってない。
まあステータスポイントに関してはSTR、AGIぶっぱで問題はないけど。
スキルポイントをどうするか……
悩みに悩んだ結果、《『剣術』:Lv4》 《『死にぞこない』》の二つを入手した。
剣術に関しては言わずもがな剣の攻撃に補正が付く……そして『死にぞこないだ』これはどうやらHPが満タンなら一戦闘に一度だけHP1で耐えてくれるというスキルだった。
「……ま、使える場面があれば、いいけど」
私はスキルウィンドウを閉じ、小さくため息をついた。
《死にぞこない》――名前のインパクトのわりに、効果はなかなかに実用的。
残りのスキルポイントは……まあまだ具体的にどんなビルドにするかも決まってないし後々にとって置きましょう。
「ほんっと、死にぞこないなんて……どこの誰が名付けたのよ」
そんなことをぶつぶつ言いながら、私は再び歩き出す。
草原の道は、徐々に林へと姿を変えていく。木々の隙間から差し込む日差しがまだ柔らかく、光と影の模様が足元に広がっていた。
ここまでの道中、特に強い敵も現れず、代わりに小動物や低レベルのモンスター――リスに似た獣型モンスター《ウィスカリー》が数匹跳ねていた程度だ。
中型犬くらいの大きさで案外すばしっこいものの、レベル差がかなりあったのでさほどの脅威には感じなかった。
「この調子ならあと一時間半くらいでアウラティアかしらね」
そもそも初心者が目指す物で私は今34レベ……レベル差があるのは当たり前なのよね。そんな事を思い、周辺のモンスターをなぎ倒しながら歩を進める。
「流石に張り合いないわね……まあしょうがないのだけれど」
そして林を抜けると……そこには崖があり一面に湖が広がっていた。
「……あれ?」
向かいの道に湖なんてなかったはずだけど……
ここで私は知ることになる、向かっていた道は少しづつ右に逸れていて――本来の街道から、いつの間にか外れていたことを。
「うそ……道間違えてた?」
マップを開いて確認する。
……やっぱり、ルートが微妙にずれている。アウラティアへ向かうはずが、別の支線に踏み込んでしまっていたらしい。
「はぁ……もう。全然気づかなかった……」
軽くため息をついて、視線を前に戻す。
崖の下、広がる湖は思わず見惚れるほどに静かで美しかった。
陽光を反射してキラキラと輝く湖面に、遠くの山々の稜線が映っている。
「……でも、悪くないわね。こういう寄り道も」
私がその場に立ち尽くしていたのは数秒ほど――
ふと、視界の端で何かが動いた。
「……誰?」
素早く腰の《白月》に手を伸ばす。
「こんなところにどうしたの、お姉ちゃん」
その言葉を発したのは子供だった。
長い白髪をしており地面につくほど、ケモミミがぴょこんと立っている。
少女のような外見の彼女は、岩の上に腰かけて両足をぶらぶらと振りながら、両手で飲み物を持っていた。
「僕はアルタラ。……お姉ちゃんは迷子かな?」
そう言って、彼女――アルタラは、まるで冗談のような軽い口調で笑った。
「……冗談じゃないわよ」
私は軽く睨みつけるような視線を送りながら、けれど《白月》から手は離さなかった。どれだけ無害そうに見えても、戦いの世界では姿かたちで判断してはならない――それはもう、痛いほど学んでいる。
「ふふ、怖い顔。お姉ちゃん、そんなに警戒しなくてもいいのに」
アルタラと名乗った少女は、くすりと笑う。
この子は……ネームタグが表示されないという事はプレイヤーではなさそうだ恐らくNPC。
「私は迷子じゃないわ、ただ道を間違えただけよ」
「……それって迷子じゃないの?ふふ」
「うっさい。それより、貴方何者?」
私がそう聞くとアルタラは少し悩み、
「僕?僕は……ただの狼だよ。ただ少し物知りなだけのね」
と、答えた。
「お姉ちゃんが望むなら、知りたい事を一つ教えてあげる。……ただし、対価を払えるなら、ね」
アルタラの声は穏やかで、まるで日常の雑談をしているかのようだった。
けれどその目――琥珀色の、底の見えない瞳は、まるで私の価値を量っているかのように静かに光っていた。
「——何それ、対価って」
「お話の内容によるかな、お姉ちゃんはこの世界の何が知りたい?」
「……悪いのだけれど、やめておくわ」
聞きたいことなど特段ありはしないし、何より簡単に人の提案に乗るべきではない。
私は前世でも現世でも幾度となくそれを痛感している。
「そっか残念。じゃあまたね」
そう言ってアルタラは岩から飛び降りると、そのまま湖の方へ歩いて行った。
「でも、お姉ちゃんとはまた会いそうな気がするよ」
「……何よあれ」
私はその後ろ姿を見ながら呟く。
まるで狐につままれたような気分だった。けれど、彼女の言葉に嘘はなかったように感じる。そして、私は後々知ることになる……このイベントは超がつくくらいの激レアイベントだという事に。
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GEOに痛覚はありません。
正確に言えば、衝撃とかはありますが苦痛を感じるほどの痛みは禁じられてます。
まあ作中キャラは「痛ッ」とか言いますが。
その他にも五感に関しては味覚もありません。
2100年代初頭、フルダイブ型ゲームが開発されてまもないころ。
味覚再現が無規制で実装されていた時期があったのですが商業的な問題と
味覚データが脳に送られると、脳は摂食行為を完了したと勘違いを起こし
食事をとらず倒れる人が増えたからです。
……という、作中では特に使わない設定を、作者が楽しく量産しています。




