第47話 お使いの多いクエストってだるいよね
プリズムアズールは、黒焔峡谷の底を滑るように進んでいた。
左右には、黒く焼けた岩壁。
裂け目からは赤い溶岩光が滲み、時折、熱風が帆を揺らす。
普通なら足場を伝って進む必要がある場所だろう。
少し踏み外せば継続ダメージ。
モンスターも火山性の厄介なものが多い。
……はずなのだが。
「前方、モンスター群」
フェルグが短く告げる。
岩陰から飛び出してきたのは、溶岩を纏った四足獣。
赤黒い甲殻を持ち、口元から火の粉を散らしている。
《黒焔牙獣 ガルドロア》
複数体。
進路を塞ぐように並んでいた。
「どうするの?」
一応聞いてみた。
本当に一応。
バルバロスは、船首に立ったまま笑った。
「決まっている!」
帆が大きく膨らむ。
船底の下で、大地がさらに大きく波打った。
「進む!」
「でしょうね!」
次の瞬間、プリズムアズールが加速した。
「ちょ、待っ――」
黒焔牙獣たちが咆哮を上げる。
炎を吐こうと口を開く。
だが遅い。
巨大帆船は、そいつらをまとめて押し潰しながら突き進んだ。
轟音。
衝撃。
赤黒いポリゴンが船体の左右へ弾け飛ぶ。
《黒焔牙獣 撃破》
《黒焔牙獣 撃破》
《黒焔牙獣 撃破》
ログが雑に流れていく。
「なにこれ」
思わず呟いた私に、フェルグが横から言った。
「考えるな。こいつの移動中は大体こうだ」
それは確かにそうだった。
峡谷の底を走る道は、入り組んでいる。
溶岩溜まり、崩落した足場、黒い岩の橋。
そのどれもが本来なら進行を妨げる障害物なのだろう。
けれど、プリズムアズールの前では意味がない。
岩を裂く。
段差を越える。崖を滑る。
溶岩地帯の縁すら、船底の下で強引に波へと変えていく。
「ほんと、移動に関しては反則ね」
「クハハハハ! 褒め言葉として受け取ろう!」
「半分引いてるわよ」
「ならば半分は褒めているな!」
「前向きすぎる」
そんなやり取りをしている間にも、船は進む。
やがて、峡谷の先に村が見えた。
黒い岩壁に囲まれた小さな集落。
木と石で作られた家々は、どれも煤けていて、煙突から細い煙を上げている。
遠くには小さな鍛冶場らしき建物も見えた。
《黒焔峡谷・炉辺の村》
「着いたぞ!」
バルバロスが高らかに宣言する。
「普通に降ろしてよ」
「任せろ!」
船が村の手前で大きく旋回した。
地面が波となり、船体が沈み込む。
「沈んでない?」
プリズムアズールは、大地の海へ溶け込むように沈んでいった。
船底から、船体へ。
帆がゆっくりと地面へ吸い込まれ、最後にマストの先だけが残る。
そして、それも消えた。
何もなかったかのように、地面は元の硬い岩肌へ戻る。
「……収納方法も非常識」
「我が船は乗りたいときにだけ浮かぶのだ」
バルバロスは豪快に笑うだけだった。
村に入ると、NPCたちがこちらを一瞥した。
フェルグは周囲を見ることもなく、一直線に歩き出した。
「こっちだ」
「迷いがないわね」
「一回やってるからな」
「そういえばそうだったわね」
フェルグは村の大通りを抜け、鍛冶場の横を通り過ぎ、さらに奥へ進む。
村外れ。
崖を背にした、小さな小屋があった。
見た目はただの物置。
扉も古びていて、誰かが住んでいるようには見えない。
だが、フェルグは迷わず扉を開けた。
中には、一人の老人NPCが座っていた。
白い髭。
片目を覆う布。
そして、膝の上には黒い金属片。
老人はゆっくりと顔を上げる。
「……来たか」
「来たぜ」
フェルグが短く返す。
老人の視線が、フェルグから私へ、そしてバルバロスへ移る。
「随分と騒がしい連れだ」
「クハハハハ! 見る目があるな、老人!」
「褒めてねえだろ」
フェルグが即座に言った。
老人は小さく息を吐くと、低い声で告げる。
「龍鉄を求めるならば、まず証を示せ」
その瞬間、私の視界にクエストログが表示される。
《ユニーククエスト RE:1【龍鉄の支配者】》
《ステップ1:炉辺の村の老人に証を示せ》
「始まったわね」
そう呟いた私の横で、フェルグが無言でインベントリを開いた。
そして、机の上に一つの赤黒い鉱石を置く。
《黒焔鉱石》
老人が頷く。
「よかろう。次に、村の鍛冶場へ行き、炉の火を――」
フェルグはさらに別のアイテムを置いた。
《炉火の種》
老人が止まる。
「……ならば、次は谷底に棲む火蜥蜴の――」
フェルグはまた置いた。
《火蜥蜴の尾》
老人の眉がぴくりと動く。
「……次に、古い祭壇へ――」
《煤けた祭壇石》
「……村長の印を――」
《炉辺村長の古印》
「……黒焔峡谷の奥に咲く――」
《灰咲き花》
「……失われた鍵を――」
《錆びた龍鉄鍵》
「……」
老人が黙った。
私も黙った。バルバロスだけが、面白そうに笑っていた。
フェルグは平然と次々にアイテムを並べていく。
鉱石。
花。
角。
鍵。
古文書。
燃え残った木片。
謎の歯車。
焦げた布。
誰かの手紙。
クエストログが、狂ったように更新される。
《ステップ1を達成しました》
《ステップ2を達成しました》
《ステップ3を達成しました》
《ステップ4を達成しました》
《ステップ5を達成しました》
「ちょっと待って」
私は思わず声を上げた。
「何これ」
フェルグは淡々と答える。
「お使いだ」
「いや、それは分かるけど」
「多くない?」
「これは本題に入る前に十四回のお使いがある」
「十四!?」
思わず叫んだ。
「ユニーククエストの本題に入るまでに、お使い十四回!?」
「そうだ」
フェルグの表情は死んでいた。
「これつくった奴を、俺は絶対許さん」
フェルグは遠い目をした。
「村中を走り回って、峡谷の端から端まで行かされて、モンスター狩って、花摘んで、鍵探して、火を運んで、老人の昔話を三回聞いて、最後に鍛冶場と隠れ家を往復させられた」
「うわぁ」
「それで本題に入るまで三時間かかった」
「うわぁ……」
「だから今回は!あらかじめ全部用意してんだよ」
フェルグは最後のアイテムを机に置く。
《龍炉起動用の古歯車》
老人NPCは、しばらく沈黙した。
そして、どこか悔しそうに口を開く。
「……全ての証は揃った」
《ユニーククエスト RE:1【龍鉄の支配者】進行》
《導入工程を完了しました》
「たく」
フェルグが吐き捨てる。
老人は、積み上げられたアイテムを見つめた後、
ゆっくりと私たちを見回した。
そして、重々しく問いかける。
「どうだ」
間。
「この村の観光は、できたか」
沈黙が落ちた。
私はフェルグを見た。
「……何?」
フェルグは、目を細めた。
その顔には、かつての怒りがありありと浮かんでいた。
「このクエストはな」
低い声だった。
「村の周囲で集まる物ばかりを、十四回に分けて集めさせる」
「うん」
「散々イラつかされた後に、こいつが最後に聞いてくるんだ」
フェルグは老人を指差した。
「どうだ、この村の観光はできたか、ってな」
私は老人を見た。
老人は真顔だった。
私はもう一度フェルグを見た。
「……ぶっ飛ばすぞマジで」
「可哀想に」
フェルグは、深く息を吐いた。
「初回攻略時は、これを全部現地でやらされた」
「うわ」
「しかも一つ納品するたびに村の反対側へ行かされる」
「うっわ」
「で、最後にこれだ」
フェルグは老人の声真似をした。
「どうだ、この村の観光はできたか」
私は真顔で頷いた。
「それはキレていいわ」
「だろ」
バルバロスは大笑いしていた。
「クハハハハ! 老人の気づかい、余計なお世話だなあ」
老人は、そんな私たちの会話を気にした様子もなく、
奥の壁へ向かって歩いた。
そして杖を掲げる。
「ならば、次なる道を開こう」
壁に刻まれた龍の紋様が、赤く輝き始める。
地面が震える。
小屋の奥の床が割れ、地下へ続く階段が現れた。
熱気が、下から吹き上がる。
金属の匂い。
油の匂い。
そして、何か巨大なものが眠るような低い駆動音。
「ここからが本題だ」
フェルグが、表情を変えた。
さっきまでの苛立ちは消え、
鍛冶屋としての、戦う者としての眼になっている。
「龍鉄の支配者は、この下にいる」
老人が静かに告げる。
「鉄を従え、炉を支配し、数多の龍を従えた者」
クエストログが更新された。
《ユニーククエスト RE:1【龍鉄の支配者】》
《本工程を開始します》
私は箔新月に手を添える。
バルバロスは獰猛に笑い、フェルグは無言で工具鞄を担ぎ直した。
「ようやくね」
私は階段の奥を見据え、口元を吊り上げる。
「さあ、解体作業と行きましょう!」




