第46話 船が山を登るのって常識だっけ?
「貴様が、あのアルヴィだな!」
バルバロスの視線が刺さる。
私は肩をすくめ、軽く頷いた。
「一応、自己紹介を返しておくわ。アルヴィ、大層な口上は無いわよ」
「口下手か?構わん!だがその頭の上にある物は隠せん!」
「……隠したいんだけどね、こっちは」
私は頭上の冠を軽く睨む。
この光輪は、空気を読む気など一切ないらしく、淡く存在感を放ち続けていた。
「クハハハハ!!何を隠す必要がある」
バルバロスは豪快に笑いながら、船縁から飛び降りる。
「有名税って奴を払うのが嫌なのよ」
「そうか、注目されていると言うのに隠したいと願うか!」
ぐい、と顔を寄せてくる。鋭い眼光。
獣みたいな笑み。圧が強い。
「構わん!それもまた一つの海路!」
「俺は貴様を尊重しよう!」
……おや?
案外話の分かる男かもしれない。
「では一つ確認させろ、これだけでいい」
「……足手まといにはならないな」
それに対しこちらも嘲笑を返す。
「あら、その眼は節穴かしら」
「そう見えるの?」
「クハッ……そうか、気に入った!」
バルバロスは、満足げに笑いだした。
「では一つ言っておくぞ、今からパーティーを組む。
俺が船長、お前らが船員だ!」
「俺は船長としてお前らに指示をしてやろう」
「……は?」
バルバロスは平然と腕を組む。
「安心しろ、こいつは的確な指示しかしねえよ」
フェルグが補足する。バルバロスがそれに続く。
「それにだ、もし貴様が自分で考え違うだろうと思ったら好きに動け、船長としてそれをサポートしてやろう」
「う、う~ん。もうめんどくさいからそれでいいわ」
諦めよう、考える事を。
「じゃあ改めて、クエスト内容を説明するぞ」
フェルグが手を上げた瞬間。
空中に地図が表示された。立体投影。
「見ろ、今俺達が居るのはここだ」
そう言ってマップを指す。
「クエストの舞台は『黒焔峡谷』……今居る場所から北西に進めば辿り着く」
地図上に一直線ルートが引かれる。
途中からは山岳地帯を通るルートだ。
「これなら回り道をした方が速いはず……」
思わずそう口にだしてしまった。
だが、その言葉を待っていたかのようにバルバロスが言う。
「勿論、突き進むぞ」
そうバルバロスが言い終わる瞬間。
足元から帆船が突き出し、私達を乗せ動いた。
「え、ちょ。待ちなさい」
風のような速さで。
地面を水のように変えながら、高速で移動する船。
地面にいるモンスターが次々と踏み潰されていく。
「う、うわあ」
少しの間でものすごく進む。
いつも走ってマップ移動するのが馬鹿らしくなる。
途中何度もプレイヤーが珍しい物を見るようにこちらを眺めていた。
そして十分もすると問題の山岳地帯がやってきた。
岩肌が露出し、傾斜もかなりに物だ。
ここを突っ切ると言っていたけど、マジでやるの?
そう思っているとプリズムアズールは。
山肌を削るように、船は駆け上がっていく。
「船ってそんな登り方しないでしょ!?」
目の前の現実に、思わず叫ぶ。
だが《 凄蒼なる海船 》はそんな常識など意に介さない。
船底の下で大地は液状化し、波打ち、まるで見えない海路が山の斜面に引かれているかのようだった。
黒い岩肌を、巨大帆船がそのまま登る。
風もないくせに帆は風を孕み、船体は軋みもせず、ただ前へ進む。
「クハハハハ!! 山だろうが谷だろうが、船が進むと決めたならそこはもう海よ!」
「めちゃくちゃだろ」
フェルグが呆れたように吐き捨てる。
「振り落とされるなよ」
私は無言で手すりを掴んだ。
速い。とにかく速い。
視界の端を流れる景色が、ほとんど線だ。
普通に移動していたら、ここまでどれだけ時間がかかったことか。
「……便利すぎるわね」
「だろう?」
バルバロスが得意げに鼻を鳴らす。
「船とは元々道なき海を進むためにある! ならば陸を進めぬ道理はない」
「あるわよ!」
前方。
山岳地帯の空気が変わる。
乾いた風の中に、かすかに焦げた匂いが混じった。
遠くの岩壁は黒ずみ、裂け目の奥では赤い光が瞬いている。
「……あれが黒焔峡谷?」
「外縁部だな」
フェルグが腕を組んだまま答える。
「ここから先は、火山性のモンスターと地形ギミックが増える」
「進んだ先に村がある、そこに外れの隠れ家からクエストの受注だ」
「分かったわ」
プリズムアズールは速度を緩めることなく、
黒い峡谷の入り口へと滑り込んだ。
大地が焦げ、空気が灼け、炎が脈動する地獄のような裂け目へ。
船底が岩を裂き、
蒸気を纏いながら、私達は峡谷の底へと沈んでいった。
「わぁー、落ちてるんだけど」
「落ちているぞ!」
「バカ!地面に激突するわよ!」
「問題ないな」
船は急激に傾き、勢いのまま地面へと突っ込んだ。
轟音が炸裂。海水とは異なり、水面が盛大に跳ね上がる事は無くまるで粘土の様にせり上がって船の姿勢を立て直した。
「し、死ぬかと思った……」
私は必死に手すりを掴んで堪えていた。
風圧、衝撃、船体の揺れ。
全部が全部、現実感を超えていて、頭が追いつかない。
船はゆっくりと安定し、静かに湖面を漂う。
「無茶苦茶すぎる……」
「クハハハ! 船旅とはいつだってドラマチックなものだ!」
バルバロスは満足げに笑いながら、腕を組んでいた。
「いつもこんなんだぜ」
フェルグが腕を組んだまま言う。
「慣れるといいわね……」




