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第45話 船よ大地を裂け至れ。

 私はベルメナの宿のベッドへ沈み込んでいた。


 頭の上では、冠が淡く揺れている。

 翼は風化刹命の冠を装備から外したら消えたけど。

 冠自体はオフにできないのかこれ。

 目立つ……。


「……はあ」

 呟きながら、メニューを閉じようとして。

 不意に、フレンドチャットの通知が点滅した。

 私にフレンドは殆どいない。マインかチュニドラかと思ったがそれも違うよう。


《フェルグからフレンドチャット》


「……はあ?」

 こっちが鍛冶を頼むことはあってもあっちからこっちに関わってくることなどほぼなかった。

 まあ、それでも私は冠する者を倒した有名人だ。

 宣伝させてくれ、とかだったら断ろう。


『ユニーククエスト RE:1 【龍鉄の支配者】』

『の導線を確保した』


 眉をひそめる。


『冠する者を倒した、時の人』

『お前の力を借りたい』


「……は」

 少しだけ息を吐く。

「何様よ」

 胸の奥で、小さな火が灯ったような感覚。

 それが苛立ちなのか、喜びなのかは分からない。

「まあ」

 私は唇の端を持ち上げた。

「あの堅物が素直に頼ってくるなんて、珍しいじゃない」


「いいわ、乗ってあげる」


 ★

 翌日。

《黒炉の工房》


 扉を開けると、いつも通りの無骨な空間。

 壁一面に武器、奥では赤く炉が燃え、中央ではフェルグが腕を組んで立っていた。

「きたかよ、時の人」

「やめてよ、その呼び方。すでに来るまでに何人にも追われまくってるんだから」

「だろうな、だが安心しろ。今は貸し切りにしてある誰も入れねえよ」


 私は軽く肩をすくめる。

 店の奥には、見慣れない机と椅子が一応用意されていた。

 どうやら本当に話す気らしい。


「で?」


 単刀直入に促す。

「ユニーククエスト RE:1って何」

 フェルグは鼻を鳴らした。

「そのまんまだ」

「一回攻略されたユニーククエストが、再出現した」

「どう言う事?ユニーククエストって一回クリアされたら二度と復活しないんじゃないの」


「まあ聞け、ユニークジョブ『龍機師』」

 その単語に、少しだけ意識が向く。


「元の持ち主が一ヶ月ログインしなかった」

「その時点で所有権が破棄された」

「ユニークジョブは指定のユニーククエストをクリアすることで入手できる」

「ユニークジョブが誰もいなくなった時点でそのユニーククエスト復活する仕様らしい」


「……そんなの、あるの」

「ある。滅多に起きねえだけだ」


 フェルグは机の上に、どさりと分厚い資料を置いた。

 クエスト関係のメモ。地図。パーティ構成らしき走り書き。

 かなり前から準備していたのが分かる。



「元々このクエストは、俺がクリアした」

「正確には、俺がチーム組んで突破して、そのジョブをメンバーの一人に譲った」


「へぇ」

 少し意外だった。

 フェルグがそこまで深く冒険側に関わっているとは思わなかったからだ。


「……で?」

「なんで復活したの」


 フェルグの顔が、露骨に渋くなる。

 その表情だけで、嫌な予感しかしない。


「そいつがな」

「パチンコするためにPCとフルダイブ機を売っぱらったからだ」


「……は?」

「パチンコ」


 沈黙。


「え、クソ馬鹿?」

「俺もそう思う」

 即答だった。


「まあいい、つまりだ」

 フェルグは乱暴に資料を投げてよこした。

「この【龍鉄の支配者】をもう一度クリアして、今度はこの俺が龍機師になる」

「それに協力してみねえか?」


「別にいいけど、報酬は?」

 少し吹っ掛けるように、笑みを含んで問いかけると。


「これをクリアしたら、俺はお前に全面的に協力してやるよ。

 最優先で仕事をしてやるし、龍機師の特権も全力で使ってやる」


 私は小さく目を細める。


「まあ、別になんでも協力する気だったけど」

 肩をすくめてから、口元を緩めた。


「いいわよ、それで」


「じゃ、他のメンバーと会いに行くか」

「と言っても一人しか呼んでねえがな」

 工房の奥へ向かいながら、フェルグは面倒そうに頭を掻いた。


「癖強い奴だからな、身構えて行けよ」


「ええ……」

 嫌な予感しかしないんだけど。


 ★


 連れられたのは荒野だった。

 岩肌が剥き出しになった広い平原。

 乾いた風が吹き抜け、遠くには断崖が見える。


 人影はない。


「あーマジで言っとくが、癖強いからな。そりが合わなくても我慢してくれ」

 フェルグは心底面倒そうに肩を竦めた。


「まあ、それは良いけど……どこにいるのよ」

 周囲を見回す。

 岩場。荒れた平原。風。

 プレイヤーの姿は見えない。


 するとフェルグが、にやりと笑った。


「――後ろにいるぜ」

「え?」

 反射的に振り返る。


 そこには、一人の男が立っていた。


 長い外套が無造作に肩へ掛けられ。

 頭には黒い海賊帽子。

 赤茶色の短髪。浅黒い肌。目つきは鋭く、どこか皮肉げ。

 そして、獣みたいな笑み。

 男は腕を組み、こちらを見下ろしていた。


「ふん」

 男が鼻を鳴らした次の瞬間。

 ――ゴォンッ!!

 大地が揺れた。


「何!?」

 足元が波打つ。

 硬いはずの地面が、まるで海面のようにうねり始めた。

 水など一滴もない。なのに確かに、波だった。


「地面が……海に……!?」


 さらに。

 地面が裂ける。

 いや、押し上がる。


 巨大な影が、轟音と共に現れた。

 黒蒼色の船体。

 空を覆うほど巨大な帆。


 帆布には、七色の光が揺らめいている。

 大地そのものを海へ変えながら、

 巨大帆船がゆっくりと浮上した。


 その異様な威圧感に、言葉を失う。

 そして。

 男は軽やかに船縁へ飛び乗ると、両腕を大きく広げて叫んだ。


「一つ! 浮世に浮かぶは我が船!!」


 波が荒れる。


「二つ! 荒波、火の海制すはこの俺!!」


 空中に水飛沫のような光が散った。

 そして男は、獰猛に笑う。


「三つ!! この世の果てまで突き進む!!」


 ドンッ――!!

 帆船後方の砲門が一斉に開く。

 砲火と共に鳴り響く轟音。


「派手好きが」


「クハハハハ!」

 男は腹を抱えて笑い、姿勢を変え胸を叩く。


「この『凄蒼なる海船(プリズムアズール)』の船長にして――」

 ニヤリ、と。

 獣みたいに歯を見せる。


「大提督、バルバロス様だ!」

 土波が吠える。船が軋む。


「何が、船長だ。テメェ一人しか居ねえだろ」


「細かい事だろう!」


 フェルグは遠い目で煙草を咥え直した。

「ユニークジョブ」


 そして、笑う。

「大提督を持つ男。こいつが今回のメンバー、バルバロスだ」


 フェルグの言葉に、半開きした口がふさがらない。

 そして考え抜いて出た言葉は。


「……チェンジで」


「そいつは無理な相談だ」

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