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第44話 冠を被る

 私は『黒曜樹林』に来ていた。

 街にいるのが、もう無理だったからだ。


「……本当に面倒なことになったわね」


 位置表示はオフ。

 フレンドはあんまりいないからいいとしても。

 マインとかはフレンドチャットが大変なことになってるでしょうね。

 昨日のワールドアナウンス以降、私の名前は完全に広まっていた。



『誰だよアルヴィ』


 名前だけでよかった、近くに来てネームタグさえ見られなければバレやしない。


「まあ、人の噂も四十五日、いつかは都市伝説ぐらいには落ち着くでしょう」


 それか、第二第三の戴冠者が現れて話題が変わるとか。

 私の目的はこのゲームを楽しむこと。

 そのための関係ならよしとしても、知らない人間からの変な期待やプレッシャーは御免である。

 とはいえ、ここまで注目を集めてしまった以上、すぐに状況が好転するとは思えない。


 黒い樹皮の木々が並ぶ、静かな森。


「さて」


 私はメニューを開く。

 ずっと気になっていたものがある。


 装備欄でもない。

 消耗品欄でもない。

 妙に主張の薄い位置に、ただ一つだけ存在しているもの。


 ――【風化刹命の冠】


 説明文はない。

 使用条件もない。

 名前だけ。


「……これが鍵よね」


 指先を、そこへ重ねる。

 選択した瞬間。


 頭上に沈んでいた光輪が、わずかに震えた。

 空気が変わる。

 黒曜樹林の一角が、世界から切り取られたように静まり返る。


 そして。

 私の前に、ログが展開された。


《 討伐に成功した冠する者は一人、得た冠は三つ 》


《 変わる事のない王冠の数、選び取らなければならない。貴殿に与えられる三つの選択肢 》


《 『恒久』 『怒髪天』 『覚悟』 》


《 選び掴め、世界からの祝福を 》


「……なにこれ」

 三つの言葉が、視界の中央に浮かぶ。


『恒久』  

 それは、続くもの。

 保つもの。

 途切れず、揺るがず、在り続ける何か。

 →貴方はこれを求める?


『怒髪天』

 それは、怒り。

 激しさ。

 上へと噴き上がる感情と力。

 →貴方はこれを求める?


 『覚悟』

 それは、決めること。

 捨てること。

 先を知ってなお、手を伸ばすこと。

 →貴方はこれを求める?


「……そう」

 迷わなかった。

 私が選ぶのは。


「覚悟」

 その言葉を口にした瞬間、ログが落ちる。


《 選定を確認 》


《 冠する者『風化刹命』の祝福は、貴殿へ分かたれた 》


《『覚悟』――アルヴィ 》


《 世界が祝福を渡す 》


 一拍。

 頭上の歪んだ冠が、黒金に輝いた。


「――ッ」


 熱でも冷たさでもない何かが、頭上から流れ込んでくる。

 異物感はない。

 なのに、自分の中に今までなかった何かが増えていくのが分かる。


 次の瞬間。

 背に、何かが生えた。


「……は?」

 空気が裂けるような音。

 背中の少し後ろ。

 そこに現れたのは、黒金の模様を刻んだあの翼だった。


 ジャガモースのものによく似ている。

 鋭く、洗練されていて。

 天を裂くための意志だけを形にしたような翼。


「……あんたの置き土産ってわけ?」


 呟きながら、私は翼を動かそうとした。

 動かそうと思った瞬間には、もう動いていた。

 腕より自然だった。


 羽ばたくというより、意志に従って姿勢を変える。

 攻撃にも、防御にも、移動にも使える。

 直感で分かる。


 羽を一枚、前に滑らせる。

 盾のように。

 次に、刃のように。


 思った通りに変形した。


「……なるほどね」


 翼があるだけじゃない。

 身体が軽い。反応が速い。


 そして――分かってしまう。

 この翼の本質を。


 私は視線を前へ向けた。

 翼が背後で揃う。

 黒金の翼が、矢羽根のように重なった。


「……うそでしょ」


 意識を、一点へ絞る。

 足が地面を掴む。

 翼が震える。

 身体の奥で、何かが弾ける寸前まで張り詰める。


 言葉は自然と口から零れた。


「 ——天衣無縫 」


 空気が止まる。


「飾らずとも、完全であり」

 黒金の翼が、私の背で一直線に揃う。


「――矢は」

 次の瞬間。

 私は地面を蹴った。


「飛んで行く」

 世界が、線になった。

 音はなかった。そこにあった私はそこに在らず。

 ただ結果だけが残った。




 真っ黒な視界。

 中央に浮かぶ、見慣れたログ。


【YOU DIED】


「へ?」

 間の抜けた声が漏れる。





 すぐさまリスポーンし、ベルメナの宿で考える。


「……いや、何で?」


 理解が追いつかない。

 私は確かに撃った。

 そもそも今のは何だった?


 攻撃を受けた感覚はない。

 黒曜樹にぶつかった?


「……え、は?」


 数秒。

 呆然としてから、

 ようやくダメージログで原因を調べればいいと考えつく。


《空気抵抗ダメージ》


「空気抵抗……」

「空気抵抗!?」


 思わず叫んだ。

 次の瞬間、理解が追いつく。 

「空気抵抗!?は、はあ!なんでそんなクッソ細かい所まで作ってんのよ。てかそんな物。技の保証でどうにかしなさいよ!」


 あのジャガモースの寿命を削るのにそんな理由付けまでしてんじゃないわよ。

 おかげで使えないじゃない、嫌がらせか?嫌がらせだろ。


 ここまで期待させておいて一番大事なところがこれって。


「ふざけんなぁぁぁ!」


 ★


 一方その頃。

「……いや、便利すぎないかこれ」


 岩場の上。

 チュニドラは、呆れたように自分の拳を見ていた。


 次の瞬間。

 彼女の姿が、掻き消える。

 ドォンッ!!


 数メートル先。

 瞬時に現れる。


 着地したチュニドラが、思わず笑う。


「流石に強いな~まあ、あれだけの事やったんだし当たり前か」


 自分という存在を、任意の位置へ叩き込む能力。


「やばいな、楽しいぞこれ」


 頭上で。

 星型の冠が、黒金に微かに瞬いた。


《【怒髪天】———チュニドラ》


          ★

 静かな水辺だった。

 マインは一人、浮かぶ五つのオーブを見つめている。

 その一つへ向け、小さな魔力弾を放つ。


 触れた瞬間。

 魔力は、消えた。


 そして次の瞬間。

 吸収されたはずの魔力弾が、別角度から放たれる。

 水面が、爆ぜた。


「蓄積、変換……いえ」

 マインは目を細める。


「循環ですか」


 オーブが、静かに周囲を回る。

 防御にも。支援にも。

 そして――恐らく攻撃にも使える。


「本当に、何なんですかこれ……」


 困ったように呟きながらも。

 その声音には、僅かな高揚が混じっていた。


 頭上。

 幾重にも重なる円環が、淡く輝く。


《【恒久】———マイン》


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