第41話 終わりの果て、願うは君に――
肺の奥に残っていた熱を吐き出すように、ため息を一つ。
「……それにしても。そこから再生するのね」
視線の先。
地面に転がっていたそれが、徐々に形を取り戻していく。
チュニドラは足から。
マインは腕から。
砕けたポリゴンが空中で収束し、繋がり、肉体を再構築していく様は——非常に気持ち悪い。
チュニドラが顔をしかめながら立ち上がる。
「むしろ新しく生成された方が絵面的にはまだマシだな……」
「私的にはこの感覚が嫌ですね」
マインも淡々と頷いた。
「……」
その直後。
チュニドラは直ると共に勢いよく私の方へ駆け寄り、
バンッ!!!
全力で手を叩き合わせる。
そして——
「「っしゃああああああああああああああ!!!!」」
私とチュニドラが同時に叫んだ。
「「勝ったあああああ!」」
疲労も、死闘も、全部吹き飛ばすような雄叫び。
アドレナリンが全身を駆け巡る。高揚感が収まらない。
肩で息をしながらも、笑いが止まらない。
——そんな二人を。
マインが、じっと見ていた。
「……元気ですね、本当に」
少しして。
「それにしても、あの最後の一撃。よく通りましたね」
興味を抑えきれないといった様子で、マインがこちらを見る。
「確かに。……見てても何が起きたのか分からなかったぞ」
チュニドラも腕を組みながら首を傾げた。
私は少しだけ視線を落とし、思い出す。
あの一瞬。
止まったような時間。
「……確信はなかった」
ゆっくりと口を開く。
「最初にチュニドラが貫かれた時と、外した時で……寿命の減り方が違ってたのは、気付いてた」
「……ああ、言われてみれば」
「だから、武器を置いておけば——カウンターになるんじゃないかって」
「ジャガモースが先に当たるのは刃。なら私が死ぬよりダメージが先に来る」
「最後の最後、ジャガモースの寿命がほぼ0な事に賭けて。私はカウンターを選んだ」
「死ぬよりも早くクリア出来たら問題ないでしょ」
「——こいつはとんでもねえ博打打ちですぜマインさんよぉ」
「全くです、ちょっとはこっちの気持ちも考えて欲しいものですね。チュニドラさんよぉ」
チュニドラとマインはお互いの顔を見て。
「「はっはっは」」
「……なんかムカつくんだけど」
じとり、と睨む。
「ふっ、まあまあ。それよりだ」
チュニドラがニヤつきながらこちらを指差す。
「アルヴィ。お前が見せたあの動き……どう考えても人間の反射じゃねえだろ。あれは何だ?」
「ああ、それ私も気になります」
マインもすっと視線を向けてくる。
——そういえば、説明してなかった。
というか。
「……私もよく分かってないんだけど」
正直にそう言うと、二人が同時に顔をしかめた。
「なんか、【英雄決断】を当てたら……【英雄覇道】っていうバフがついて」
「それで【覚醒】状態になった」
「「【覚醒】?」」
「ついに中二病を発症したか」
「待ってください。先輩は元々、中二病気質です」
「確かに!」
「……まだ【覚醒】状態は続いてるんだけど」
私はゆっくりと拳を握る。
空気が僅かに軋む。
「ここで戦りたいって事?」
二人の動きが、ぴたりと止まった。
「遠慮しとく」「隣に同じです」
その時。
通知音が響いた。
三人同時に視線を上げる。
空中に、ウィンドウが展開される。
《冠する者【風化刹命】のジャガモース 討伐完了》
《条件達成:戴冠の試練【風化刹命】をクリアしました》
《これより討伐者『アルヴィ』 『マイン』 『チュニドラ』以上三名に》
《 【《《戴冠式》》】を開始します 》
「……戴冠式?」
その言葉が、空間に落ちた瞬間。
——世界が、止まった。
次の瞬間。
空間の中心に——一本の黒い光が走った。
それは線だった。
空間を縦断し。
その一点で、止まる。
——そこから、すべてが始まった。
黒い光が、分裂する。
一筋が二つに。
二つが四つに。
無数へ。
それらは互いに交差し、絡み合い、反発しながら——
幾何学的模様を描き始める。
円。直線。多角形。
意志を持つように、形を選び続ける光。
「……なんだ、これ」
黒の軌跡はやがて収束し——
三つに分かれた。
それぞれが、ゆっくりと降りてくる。
そして。
頭上、わずか数センチ。
空間に固定された——光が、形を持つ。
私の上。
歪んだ円環。
一部が欠け、そこから棘のような線が外へ伸びる。
チュニドラの上。
四方へ鋭く伸びる星。
無数の直線が中心で衝突し、力として凝縮されている。
マインの上。
幾重にも重なった円。
寸分の狂いもなく、等間隔に分割された層。
「……全然つかめないんだけど」
チュニドラが、呆然と呟く。
「私も始めてですこんな事……」
マインの声も、わずかに低い。
その瞬間。
光が——沈む。
頭上に固定されたまま。
存在だけを残し。
《称号:【戴冠者】を獲得しました》
ログが、遅れて落ちてきた。
「戴冠の試練って書いてあったしね。クリアすれば冠を貰えるって事でしょ」
「冠って言うか光輪だろこれ」
チュニドラが不満そうに吐き捨てた。
「まあ、良いじゃないですか。それより行きましょう、ここを出ないと他の報酬がもらえませんし」
「効果確認したい気も……まあ、あとでいいか。疲れたし」
「そうね……もうぶっ倒れたいわ」
チュニドラもマインも、疲れ切っている。
そして私自身も、内心では泥のように眠りたくて仕方がない。
……いや、冗談抜きに睡眠を取らないと色々とやばい。
「で、出口何処?」
誰も答えなかった。
——代わりに。足元が、僅かに沈んだ。
「……は?」
チュニドラが眉をひそめる。
地面が、崩れている。
いや——ほどけている。
「これ……フィールドが」
マインの声が低くなる。
次の瞬間。——バキン。
乾いた音と共に、景色に亀裂が走った。
空に。大地に。
空間そのものに。
「おいおいおいおい……!」
チュニドラが慌てて後退る。
だが、逃げ場はない。
どこまでも広がっていたはずの理想郷が、内側から崩壊していく。
景色が、白く滲む。
色が抜ける。音が消える。
「……終わり、ってことね」
私は小さく呟く。
「恐らく強制転移です。抵抗は——」
マインが言いかけた、その時。
——全てが、白に塗り潰された。
視界が、消える。
音も、感触も。
何もかもが断絶する。
ほんの一瞬。
本当に、一瞬だけ——
何もない場所に放り出されたような感覚。
次に目を覚ませばあの沼地だ。
「で、どうする。確認する?」
「今日は解散」
即答する。
「賛成です」
《称号【刹那に飛ぶ矢は叉一つと落ちていく】を入手しました》
《称号【風化無き輝き】を入手しました》
《称号【貴方に幸あれ】を入手しました》
終わりの果て、願うは君に。
幸、多からんことを。




