第40話 永遠に夢を見て、刹那に輝きを見出した:十四
ジャガモースが、前傾する。
二対の翼を、折り畳む。
その構えは、さっきと同じ。
あの技を、撃とうとしている。
「飾らずとも」
声が、聞こえる。
理解した。
これは――本当に、最後の一撃。
でも――
笑ってしまう。
でも、それほどに――この男は
視線が合う。その瞳。
「――完全であり」
どこまでも強く。澄んでいた。
もう、躱せない。
また、視界を塞いでもこの一撃は避けられない。
そんな確信があった。
スキルもアイテムももうない。
敗北はすぐそこに。
だけど思い浮かぶ、一つの仮説。
無駄だった仮説は今意味を持つかもしれない。
私も賭けろ、今を。
今に向き合った彼に、私も向き合え。
そうまとまった瞬間。
足を止めた。
(何やってんだよ、アルヴィ!)
(先輩——?)
「――矢は」
詠唱が、完成する。
「飛んで行く」
その言葉と同時に。その詠唱と同時に。
全力で地面を踏み込んだ。
もしこの仮説が正しいのなら。
合わせろ。重ねろ。
その軌道に――刃を、差し込め!
時が、止まる様な。刹那。
そして——勝負は、決した。
膝が地をつく。
呼吸は荒く、戦いの余韻がまだ身体を震わせていた。
ゆっくりと顔を上げる。
その視線の先—— 通り過ぎたジャガモースが、そこにいた。
——敗北したのは、ジャガモース。
彼の身体は、半分以上が貫かれ、風化の如く崩れ落ちていく。
それでも、彼は立ち続け、こちらを向いた。
彼の意志が、まだそこにあった。
やがて、微かな笑みが浮かぶ。
「……ありがとう、楽しかったわ」
「——ジャガモース」
その言葉に。
彼は、天を仰ぐ。
★
勝ちたかった。
この身のすべてを懸けて。
残された命の一滴に至るまで燃やして。
それでも――届かなかった。
ああ。
悔しい。
胸の奥に残るのは、焼けるような敗北感だった。
あと一歩、あと半歩、あと刹那。
何か一つ違えば、届いていたのではないか。
そんな未練が、消えてゆく意識の底で静かに燻っている。
けれど。
それでも――これは紛れもない本心だ。
ああ。
本当に、この刹那に生きてよかった。
短かった。
あまりにも短い命だった。
永遠を夢見て、閉じこもり、拒み続けて。
ようやく手にしたこの一瞬は、瞬きよりも短くて。
それでも、そのどんな永遠よりも鮮やかだった。
この短い命に、君が居てよかった。
楽しかった。悔しかった。辛かった。 苦しかった。
だが、それでいい。
それがいい。
満ちていた。
この瞬間だけは、確かに。
……言葉は足りない。
時間も、もうない。
ならばせめて、最後に一つだけ。
――言葉を残そう。
「——我、刹那の命。完全なる力を出し、それでも敵わなかった」
風化が、指先から始まっている。
黒金の外殻はもう形を保てず、乾いた砂のようにほどけていく。
差し出した手は、何かを掴もうとしていた。
未練か。悔恨か。
あるいは、目の前に立つ宿敵の残像か。
だが、その手の先には何もない。
何も掴めず、指先から崩れ落ちていく。
それでも彼は、その事実を嘆くより先に、ゆっくりと空を見上げた。
戦いの最中には意識することもなかった色が、今になってやけにはっきり見えた。
風が流れる。
頬を撫でるその感触すら、どこか新鮮だった。
「ああ――この刹那に空は青く」
「風は流れ」
「宿敵に、会えるとは――実に」
「実に――愉快であった」
その一言が、驚くほどよく似合っていた。
瞳とは呼びがたいその目元から、ひと粒だけ水が落ちた。
涙に似ていた。
それでも、その声音は晴れていた。
吹き抜ける風のように。
どこまでも、澄んで。
そして—— ジャガモースの身体は完全に塵となり、風と共に消え去っていく。
一息ついた後、アルヴィはそっと口にした。
「そう……それは」
「貴方らしいわね」
その声は、吹き抜ける風の中へ静かに溶けた。




