第38話 永遠に夢を見て、刹那に輝きを見出した:十二
その言葉で。
――空気が、変わった。
ジャガモースの気配が、静かに沈む
削ぎ落とされたのだ。
濁りも、迷いも、余分なものすべてが。
視線の先。
黒金の翼。その下に、なお生えかけのまま留まっていたはずのもう一対が――今、完全に開いていた。
「……クッソ、ここまで来て!」
吐き捨てるような声。
だが私は、反射的にそれを否定していた。
「……違う」
思わず零れた声は、自分でも驚くほど低かった。
あれは、攻撃のための翼ではない。
形が違う。
角度が違う。
構えが、決定的に違う。
――何の為の翼?
ジャガモースが、ゆっくりと前傾する。
二対の翼が、背に沿って畳まれ。
矢羽根のように、揃う。
片手を地へ。
もう片手は、かすかに宙を支えるように。
低い。
獣が跳ぶ前の姿勢にも似ている。
だが、もっと違う。
本能が……拒絶している。
「チュニドラ――」
言い終わる前に。
詠唱が、始まる。
「 天 衣 無 縫 」
声は、静かだった。
その一音一音が、この超感覚に。
悪寒を走らせる。
「何かきそうですね」
「とりあえず……様子見だ」
「【剛勇心火】」
スキルを使いながら、チュニドラが前に出た。
「 飾 ら ず と も 」
確かに、これでどんな技なのかを見れる。
「 完 全 で あ り―― 」
でも、本当に良いのか?
「 ――矢 は 」
口から、零れていた。
「やめ――」
「 飛んで行く 」
ジャガモースが――消えた。
いや、消えたのではない。
眼で追える、などという段階では、もはやない。
私が理解したころには。
そこに在ったジャガモースは、そこに在らず——ただ、通過した。
チュニドラのいた場所に、円く抉られた空白が残る。
そこに転がる足だけが、つい今までそこに誰かが立っていたことを、辛うじて証明していた。
何もかもを無視して。
一直線に貫いた。
防御も。スキルも。
意味を持たない。
【剛勇心火】が、発動したまま。
――貫通されている。
「な……に、これ……」
遅れて。世界が、戻る。
バァンッ!!!
空気が、裂ける。
地面が、一直線に抉れ飛ぶ。
音が、今になって追いついてくる。
ソニックムーブ。
衝撃波が、遅れて全てを薙ぎ払う。
それでも。
視線は、離せない。
一直線上そこに。
ジャガモースが、立っていた。
さっきまでいた場所から。
遥か彼方へ。
「――無理、でしょ……」
理解する。より深い絶望へと。
次の詠唱が、聞こえる。
「――天衣無縫」
静かだ。
それなのに。
耳ではなく、内側に響く。
その僅かな間に。
思考を、無理やり回す。
何か一つでも。
何か、引っかかるものを――
「――飾らずとも」
視界の端。砂時計。
砂が、落ちている。
速い。
「……削ってる」
一分ほど。
目に見えて、減っていく。
「――完全であり」
繋がる。
さっきの言葉。
――今を、賭ける。
「寿命を――」
理解した、その瞬間。
「——矢は」
もう、遅い。
詠唱は、終わる。
止められない。
間に合わない。
――その時。
コツン。
軽い音が、響いた。
視界の外。
小さな石が。
ジャガモースの頬を、掠める。
「……?」
ほんの僅か。
視線が、逸れる。
その先。
マインが、立っていた。
「また、これですね」
「——飛んで行く」
その言葉で、詠唱は完成した。
音が消える。
そして、次の瞬間。
見えたのは腕だけが残るマイン。
彼はまたしても全てを貫いた。
その射線上にいる人物の全てを。
「――マイン!!」
反射的に叫んだ。
その言葉は虚しく。
轟音が、後から襲い掛かる。
何もかもが無視されて、消える。
砂時計が、ざらざらと落ち続ける。
残り――4分 33秒。
そして、ようやく理解する。
あれこそが。
飛ぶ矢と如き彼の、一世一代の存在証明。
落ちたそのログ、そこにある名を――
【無装命矢】
飾らない命の矢がそこにある。




