第35話 永遠に夢を見て、刹那に輝きを見出した:九
side:チュニドラ
視界の端で、巨大な砂時計の砂が落ちていく。
さっきより、わずかに速い。
つまり。勝ち筋はある。
完全な耐久じゃない。
削れば、終わりは早くなる。
「問題は……」
前方。
アルヴィとジャガモースが、ほぼ人外な速度で斬り結んでいる。
地面が抉れる。
「速すぎるんだよなぁ」
私は軽く肩を回した。
正直に言おう。今の戦い。
私は、生身じゃほぼついていけていない。
マインのバフありきで何とかだ。
もしあれが無かったら多分――十秒持たない。
「……けど」
「あそこに行かなきゃいけねえんだよな」
メニューを開く。スキル欄。
その中で、赤く光る一つの文字。
――【血気方剛】
一度だけ攻撃を無効化して。
次の一撃に、その二倍の威力を乗せる。
問題は私がこれをどうやって、当てるのかと言う事だ。
やらなければならない。
何一つ、まだ終わってないのだから!
視界の端で、何かが動いた。
私は、目を細める。
ジャガモース。黒金の外殻。
その腰のあたり。
何かが――蠢いていた。
外殻が、わずかに割れ。
そこから。黒い骨のようなものが伸びている。
「……嘘、だろ」
それは。
翼の根元だった。
既に、奴の背には。二枚の黒金の翼があるんだ。
それだけで、今この状況だ。
その下から二対目の翼が生えかかっている。
「……いや」
私は乾いた笑いを漏らした。
「待て待て待て」
無理だろ。
二枚でこれだぞ。
今ですらジャスガ、マインのバフ、アルヴィの謎バフ
三つ揃ってギリギリ。
それが――倍?
これは一体、どんな悪夢だよ。
「策は思いつきましたか」
「策ってほどじゃない。可能性なら」
マインに視線を向け、可能性を語りだす。
話し終え。
「……どう考えても博打ですね」
マインは少しだけ俯いた。
「……まぁな」
私は、盾を軽く振る。
「あの生えかけの翼は時間経過でしか成長しないと思いましょう」
「だとするなら、ダメージを与えるのは必須だな」
「【完全なる一の直感】」
「頑張って下さいよ!」
「ああ、反撃開始だ」
黒金の翼が閃く。
その軌道は、見えている。
横薙ぎ。
半歩踏み込み、箔新月を振るう。
何とかパリィして弾く。
その瞬間、ジャガモースの拳が振り抜かれる。
速い。
影を地面に滑らせ、強引に身体を引き寄せる。
拳が空間ごと叩き潰す。
距離を取る。
翼の角度。踏み込み。重心。
すべて見える。
だが――。
「っ……」
速い。
見えても、全部を捌ききれるほど余裕はない。
次の瞬間。
ジャガモースが、わずかに体勢を変えた。
その刹那。
影が、視界の横から突っ込んできた。
「――え?」
ガンッ!!
金属が激突する音。
黒金の翼が、弾かれていた。
その前に。二枚の盾。
チュニドラだった。私は目を見開く。
「……は?」
「休憩終わりだ!」
ジャガモースの蹴りが落ちる。
カンッ!!
盾がわずかに角度を変え、衝撃を横へ流す。
続く翼の突き。ガギィン!!
もう一枚の盾が滑り込み、軌道を弾く。
私は思わず叫んだ。
「ちょっと待って!」
チュニドラが振り向く。
「なんで来たの!?」
下手をすればまとめて死ぬ。
立て直しができなくなる。
私の言葉の続きを言いかけた瞬間。
チュニドラの目が、こちらを見た。
その視線を見て。私は、言葉を止めた。
理解した。
そういう顔だ。
「……付き合うわよ」
チュニドラが笑った。
「おう」
その瞬間。
黒金の翼が、同時に振り下ろされる。
避けられない。
私も、チュニドラも。
空間ごと断ち割る一撃。
その瞬間。
チュニドラが、前に出た。
「――来い」
盾を交差させる。翼が、落ちる。
轟音と共に。翼が弾かれた。
盾の表面に、赤い紋様が燃えている。
「【血気方剛】」
次の瞬間、チュニドラからのアイコンタクト。
それと受けった瞬間に一歩前へ踏み出す。
盾を構え直す。左から蹴り。
チュニドラは一歩も退かない。
その軌道を完全に読み切ったように。
チュニドラは左腕の盾をわずかに傾けた。
金属音と共に、翼の攻撃が横へ流される。
その隙に【飛燕】で飛び上がる。
ジャガモースを飛び越え、背後に回り込む。
瞬時にこちらの方を向く。
やはり――私の方を警戒してる。
チュニドラは背後。
本来なら死角のはずの位置。
だが、黒金の翼がわずかに揺れる。
チュニドラの動きに合わせて、常に軌道が調整されている。
……隙がない。
完全に見えている。
攻撃に反応し始めた事……これは厄介だ。
攻撃を当てなければ、その翼が生えるまでに間に合わない。
考えろ!考えて、何か案を。
頭を全力で回しながら。
ジャガモースの猛攻を裁き続けた。
黒金の翼が唸る。横薙ぎ。
半歩引く。頬を掠める風圧。
続けて下から掬い上げるような斬撃。
体を捻りなんとか躱す。
攻撃に反応し始めた――そう。
瞬時にチュニドラにアイコンタクトを測ると。
理解したと同時に前に出た。
警戒は私。
好都合だ。私は息を一つ吐いた。
真正面。
その拳を紙一重で躱しながら距離を縮める。
そして刃を、静かに構える。
「――威間」
構えだけだ、言葉だけだ。
CT中――発動できるわけがない。
ただの――《《はったり》》。
でも、もしジャガモースがさっきの一撃を覚えているのなら!
ジャガモースの瞳が、僅かに揺れた。
黒金の翼が、ほんの一瞬だけ、止まる。
知っている動き。
さっき喰らった一撃。
だからこそ。
無視はできない!
その一瞬。
意識が、完全にこちらへ寄る。
「……ッ」
殺意が、一直線に私へ向けられる。
その瞬間。
私は、動かない。
まだだ、まだ引きつける。
ギリギリまで!
ジャガモースの翼が、振り抜かれた。
「――今」
チュニドラが、背後から踏み込んだ。
赤い光が盾に走る。
チュニドラの腕が引かれる。
溜めた力、そのすべて。
「返すぞ。今までの分を―― 一撃で!」
拳が、突き出される。
黒金の外殻へ。背後から全力で!
ジャガモースの意識は、まだ私にある。
振り抜いた翼の勢い。
防御 『は』 ――間に合わない。
拳が直撃する。拳がめり込む。
一瞬、止まる。
その一点に、全ての力が集まる。
――遅れて、砕けた。
バキィッ!!
音が、割れた。外殻に走る亀裂。
一点から放射状に、蜘蛛の巣のように広がっていく。
ジャガモースの体が、前方に傾く。
次の瞬間。
奴は大地を踏みしめ食いしばりながら、翼を全方位に振り回し私達に後退を余儀なくさせる。
「ッ――」
砂時計の砂が――加速する。
さらさら、ではない。ザァァァ、と。
明らかに速い。
「寿命、削れてます……!」
そして、一秒。砂の速さが元に戻ると共にマインが声を上げる。
マインが息を呑む。
「……残り」
一拍。
「14分です!」
希望が、見え始めた。
思わず、笑みがこぼれる。
その瞬間。
「まだ――生きているぞ」
ジャガモースが呟いた。
笑いながら。苦しみながら。
砂時計が落ちていく。
「はぁ、そうね」
「お互い、喜ぶのは勝ってからにしましょうか」
「勿論だ!」
外殻の亀裂。
それは確かに深く刻まれている。
だが、ジャガモースは止まらない。
――止まる気もない。
彼の目には、まだ闘志が灯っていた。




