第3話 千の勝利の上の怪物
チュニドラに連れられ、私は《ののの》こと《千の勝利の上の怪物》の試練場へと向かっていた。道中、クランメンバーたちはまだ半信半疑のようだった。
「マジで挑戦のか……」
「まあ、アルヴィなら……もしかしたら……」
やがて私たちは、《勝千》の道場へと到着した。
そこは古びた石畳の先に静かに佇む、木造の建物だった。
装飾は一切なく、まるでただ戦うためだけに存在するような場所。
「ここが……」
「おう。入れば始まるぞ」
チュニドラが無造作に扉を押す。
――ギィィ……。
ゆっくりと木製の扉が開いた。
「じゃ、行ってこい!」
チュニドラに背中を押され、中に足を踏み込む。それと同時に、扉が閉じた。
そこには、一人の男が正座していた。
堂内は静寂に包まれ、空気すらも凪いでいるようだった。
男――《武人勝千》は目を閉じ、微動だにせず座していた。
まるで、ずっと私の到来を待っていたかのように――。
私は足音を殺しながら、道場の中へ進む。
その瞬間、男がゆっくりと目を開いた。
鋭く、それでいて深淵のように冷たい視線。
『汝、我が剣を求める者か』
静かに、だが確かな圧を伴った声が響いた。
『ならば、我と【一騎打ち】せん』
「……上等よ」
私は勝千の前に立ち、そう言い放つ。
《EXクエスト《千の勝利の上の怪物》を受け付けました》
《レベルが一時的に70で固定されます。その他、アイテムの使用は禁止。武器の能力は無効化されます》システムメッセージが視界の端に映る。
《目の前の相手を倒し、勝利条件を達成してください》
勝千が鞘から刀を引き抜き、構える。
応えるように、私も長剣と銃を取り出す。
初期装備であっても関係ない。装備の能力は無効化されるのだから。
『覚悟はよいか』
「いつでも」
答えると同時に、勝千は動いた。
数歩で距離を詰め、素早く構える。次の瞬間には、刀を振るっていた。
『【一閃】』
瞬時に剣で受け止める。じりじりと鍔迫り合いを続けながら、互いに視線をぶつけ合う。
左手で腰に提げた銃を抜き、そのまま発砲する。
『――!』
勝千は驚いた様子を見せたが、すぐに飛び退いて距離を取る。すかさず追撃を加えるべく走り寄るが、彼はそれを許さない。
『【一閃】』
再び刀を振るい、私の攻撃を防ぎながら距離を取る。
『――【霞踏み】』
一呼吸置いてそう呟くと、彼の姿がぼやけていく。
直後、私の死角に現れ、【一閃】を放った。
「はぁ!?」
私は咄嗟に体を捻り、かろうじて避けたが、その隙を見逃すほど甘い相手ではない。そのまま攻撃を続けてくる。
『【一閃】』
振り抜かれた刀をなんとか剣でパリィし、難を逃れる。
「うっ……ちょ、あっぶ」
危なかった。レベルが上がり、俊敏性が強化されていなければ、絶対に食らっていた。
『我、技を極める武人なり』
勝千はそう告げると同時に、再び構える。
そのまま一気に距離を詰めてきた。
「っと! 危なっ!」
『【一閃】』
一撃目はなんとかかわすことができたが、二撃目、三撃目が立て続けに襲いかかってくる。私はそれらをぎりぎりのところで弾いていく。
(回避やカウンターを狙える状況じゃない。ぎりぎり弾くので精いっぱい!)
一連の攻撃を終えると、勝千は静かに刀を鞘へと収めた。
しかし、それは隙ではない。むしろ、これまでの斬撃よりも鋭さを増した「次の一手」が来る前触れだ。
(居合? 初見の技……距離を取っていれば安全だろうし、一度モーションを把握して……)
私は警戒しながら構えを取る。
すると――。
『【砲刀】』
刹那、勝千の姿がかき消えた。
「っ!」
嫌な予感がした。直感に従い、勝千の正面から飛び退く。
そしてその直後、自分のすぐ脇を何かが通り抜けた。
振り返ると、そこには勝千が刀を振り抜いた状態で立っていた。
「ひやひやさせてくれるわね」
(【砲刀】、【一閃】、【霞踏み】。全部モーションは把握した。これだけじゃないでしょうけど)
「そろそろ、反撃にいくわよ!」
★
「やっぱり、劣勢ですね」
チュニドラたちは、道場の外でアルヴィの戦いを見守っていた。
一人のクランメンバーが指を宙に滑らせると、目の前に小さなホログラム映像が浮かび上がる。
これはパーティー・クランメンバーだけが使用できる「観戦スキル」によるもので、戦闘の様子を俯瞰視点で確認できるのだ。
「さすがのアルヴィとはいえ、初見クリアは無理じゃないですかね」
「まあ、勝千の【一騎打ち】は初見殺しの塊だからな」
「ですよね。やっぱ、もう少し【スキル】とか集めてから――」
その言葉を遮り、チュニドラは言う。
「まあ見てろって。あいつが勝つところを」
★
『【霞踏み】』
再び勝千の姿がかき消えた。
次に現れたのは私の背後だった。そのまま、刀を横薙ぎに振るう。
(後ろばかり。飛ぶ場所は固定?)
私はすぐさま前方へ飛んで回避すると同時に、眉間へ狙いを定めて引き金を引く。
勝千はわずかに目を見開いたが、反応は速かった。刀を即座に振り上げ、銃弾を弾く。
その隙を見逃すほど、私は甘くない。
私はすかさず前へ踏み込み、長剣を振りかぶる。
勝千は体勢を崩しながらも、刃を返して迎え撃とうとする。
鋼と鋼がぶつかる甲高い音が響く。
そのまま鍔迫り合いへと突入し、互いの刃を押しつけ合う。
だけど私のほうが筋力が低いからか、徐々に勝千の刃が迫ってくる。
だから、刃を受け流し、そのまま体当たりを叩き込んだ。
怯んだところへ、今度こそ狙いを定めて弾丸を叩き込む。
ヘッドショット――狙いどおり、放たれた二発の弾丸が勝千を正確に捉えた。だが、勝千は倒れることなく、踏みとどまる。
わずかによろめきながらも、彼の動きは止まらない。勝千は鋼のような意志で立ち続ける。
体勢を立て直すと、続けて飛来した弾丸に即座に反応した。
「――!」
残りの弾丸が放たれる瞬間、勝千は素早く刀を構えた。鋭い金属音が鳴り響く中、そのすべてを刀の刃で正確に弾き返していく。
弾丸は火花を散らし、刀の軌跡に沿って弾かれていく。
勝千の表情には微塵の動揺も見られず、むしろその集中力はさらに研ぎ澄まされていた。
『――見事だ。強者よ、汝に敬意を払い、我が極技にてその首を頂戴する』
そう呟くと、勝千は構える。
『ゆくぞ、【飛燕】』
彼は空中を駆け、宙を舞いながらこちらへ向かってくる。
すぐさま弾丸を放って迎撃するものの、空を蹴るようにしてかわされる。
彼の攻撃が迫る中、心の内に焦りが広がる。直感が警告を鳴らしていた。
勝千が刀を振りかざす。その瞬間、私は地面を蹴り、体を横へ転がして攻撃を避ける。彼の刀が空を切る音が耳に残り、背筋に冷たいものが走った。
『【威間】』
突きの構え。避けられない攻撃――パリィするしかない!
『我が【威間】、防ぐこと叶わず』
「っ!!」
勝千の一撃を剣で受ける。その一撃は重く、先ほどの攻撃とは比べものにならないほどの衝撃が腕を襲った。
私はそのまま後方へ吹き飛ばされた。床板の上を転がり、体を擦りつける。
HP960→430
(……クソッ、ただの一撃じゃない!)
パリィしたのに、まともにダメージを受けた。
勝千の言葉が脳裏をよぎる。
――『我が【威間】、防ぐこと叶わず』
(つまり、完全ガード不可能……! でも、ダメージは軽減されてる……)
私は素早く立ち上がり、長剣を構える。
勝千はというと、刀を鞘に収め、居合の構えを取る。
「誘ってんなら、行ってやるわよ!」
それに応じ、私は距離を詰める。勝千が反応し、刀を引き抜く。
『【一閃】』
放たれた斬撃を、体を捻って避けながら距離を詰める。そしてそのまま斬り込むが、防がれる。すかさず連続で攻め立てるものの、どれも決定打にはならない。
鍔迫り合いとなり、互いに睨み合う。片手を剣から離して銃を抜き、至近距離から発砲する。
勝千の体勢が崩れる。
勝千はバックステップで距離を取ろうとする。
さらに踏み込み、私は勝千へ斬りかかる。
『【一閃】』
刀と剣が交差する。
相手は体勢を崩した状態から放つ、苦し紛れの一撃。それに対し、私は狙い澄ました最高の一撃!
私の一撃が、勝千の刀を弾き飛ばす。
「反応してくんじゃないわよ!」
ここで決めきれば――。
私はそのまま、勝千に向けて銃を構える。
だが、それは読まれていたらしい。勝千が突如加速し、私の懐へ入り込んできた。
(武器も持たずに特攻!?)
私が引き金を引くより早く、勝千の手が私の腕を捉えた。
腕を上へ持ち上げられ、弾丸は宙へ飛ぶ。
「くっ……!」
すぐに迎撃しようとした瞬間、勝千は私の腕を捻り、体勢を崩しにかかる。強引な力ではない。流れるような動き――まるで風に舞う葉のような、柔らかく無駄のない技。
(まずい!)
体勢を崩された私は、一瞬の隙を作ってしまった。
そこを見逃す勝千ではない。
『――借りるぞ』
瞬間、私の手から長剣が奪われ、それと同時に蹴り飛ばされた。
「あがっ!!」
背中から地面に叩きつけられ、息が詰まる。
HP430→46
(まだ……終わりじゃない!)
必死に体を起こそうとした瞬間、勝千は地面に転がった自身の刀を拾い上げた。
そして、私の長剣を軽く持ち直し――。
『拾え、アルヴィ』
言葉とともに、私の剣が宙を舞う。
鋭く、正確に、刃が私のもとへと投げられた。
(投げた……?)
その行動の意図を測りかねながらも、私は反射的に剣を掴む。
柄を握る手に力を込め、勝千を見据えた。
――勝千の構えが変わった。
空気が張り詰める。音すらも消えるような、静寂の中。
『我が極技――【人刃一体】にて、汝との決着をつける』




