第2話 略語でふざけると意味が伝わらなくなる
「……これは」
まばゆい光が晴れ、目の前に広がる壮大な景色に息をのむ。
巨大な城壁に囲まれた都市。
石畳の広場には多くの人々が行き交い、商人が声を張り上げている。
遠くには大聖堂がそびえ、中央には王城らしきものが見える。
……すごい。本当に異世界みたいね。
「おお、新入りか?」
声をかけられて振り向くと、鍛冶屋風の男が立っていた。
NPC――のはずなのに、表情や仕草があまりにも自然すぎる。
「ここは王都ルミナス。この世界の中心だよ」
GEOのメイン都市、王都ルミナス。
初心者は必ずここからスタートするらしい。
私はゆっくりと街を歩き始める。
思わず、拳をぎゅっと握る。
――この世界はゲーム。
でも、私にとっては、かつて戦ったあの世界とどこか重なって見えた。
「冒険者としての一歩を踏み出したいのなら、まずはギルドに行くことをお勧めするぜ」
鍛冶屋のNPCはそう言い残し、雑踏に消えていった。
《チュートリアルミッション 冒険者ギルドを訪問し、冒険者として登録して、クエストを受注しよう》
視界にシステムメッセージが表示される。
私は広場を離れ、メインストリートを下っていく。
案内に従い、メインストリートから少し離れた第三区画へ向かう。
歩いた感触、グラフィック、物の重み、風の感触……。
あまりにリアルすぎて、これがゲームだということを忘れそうになる。
バトクロとは別物。これが最新のゲーム!
石造りの立派な建物に足を踏み入れると、NPCが笑顔で迎えてくれた。
「ようこそ、ルミナス王国ギルドへ! ギルドへの登録ですね。では、こちらに記入を……」
NPCの受付嬢が渡した紙には、名前やら職業やらを記入する項目があった。
《※ここで登録する名前はプレイヤーネームになります。公序良俗に反する名前や、他のプレイヤーと重複する名前は登録できません》
《PN:Alv》
いつものプレイヤーネームを、迷うことなく入力する。
「確認しました。これで登録完了です」
受付嬢がそう言うと、私の前に一枚のカードが現れる。
『冒険者の証』
「こちらがギルドカードになります。身分証明やクエストの受注など、さまざまな用途にご利用いただけます」
私は渡されたカードを受け取ると、それをアイテム欄に送った。
(世界観もしっかりしてるし……これは期待できそうね)
さあ、適当なクエストでも受注して、この世界での初戦闘といきましょうか。
★
【GEO・フレンドチャット】
『マイン、アルヴィがGEO始めたぜ』
『チュニドラ、嘘はついてないですよね?』
『なんでそうなるんだよ。見てみろって、マジでやってるから』
『……本当ですね。これは驚きました』
★
《クエスト:ゴブリン討伐を達成しました》
「さてと……」
私はメインストリートに戻るため、冒険者ギルドを出た。
チュートリアルを読み飛ばし、そのまま初心者御用達のクエストを受注して、ゴブリン討伐に向かった。
クエスト内容は初心者用の「ゴブリンの討伐」。報酬は少額だが、最初の目標としては妥当なものだ。
「それにしても、『挑戦者』ってスキルを解放してなきゃ利点の少ない『戦士』って感じよね」
私は歩きながらスキルツリーをいじる。
先ほどのゴブリン狩りでレベルが三に到達した。
今のスキルポイントで解放できそうなのは……『体術』か『回避』か。
『体術』……素手による攻撃の威力・精度が上がる。
『回避』……無敵時間を含んだ回避行動が使用可能になる。
「んー……」
ま、紙装甲にするつもりだし、回避しないと死ぬか。
「よし、『回避』を解放っと」
スキルツリーが切り替わり、《『回避』:Lv1》という文字が浮かび上がる。
スキルのテストを兼ねて、次の戦闘で軽く試してみようか。
私は受注可能な次のクエストを確認する。
「次は……狼の討伐ね」
ゴブリンよりも機動力が高く、群れで行動することが多い敵だ。
『挑戦者』の回避性能を試すには、ちょうどいい相手かもしれない。
「アルヴィ、ようやく来やがったか」
そこには、鎧をがっつり着込んだ大柄な男――
背中に自分の身長ほどもある大楯を背負い、金髪を短く刈り込んだ騎士風のアバターが腕を組んで立っていた。
「チュニドラ、あんたまたネナベしてんの?」
ネナベ――それは「ネット上で男性キャラを使う女性プレイヤー」のこと。
「ああ。カッコいい、私好みの男にした」
チュニドラは堂々と胸を張った。
自慢げすぎる。
というか、自分好みの男ってはっきり言えるあたり、変なところで潔いのよね。
「自分と体格が違うと動きにくくない?」
「そんな些細な違いで困るチュニドラ様じゃないね」
「それに、大楯で女の子を守る騎士ってカッコよくないか」
「……あんたって、妙に乙女よね」
チュニドラはふんっと鼻を鳴らし、背中の大楯を軽く構える。
「ロールプレイってやつだよ。男キャラなら、騎士道精神ってのが映えるしな」
「まあ、考え方は理解できるけど」
「で、アルヴィ。お前は何で来たんだ?」
「何でって?」
「職業だよ、職業。まさか魔法使いとかやってねえよな?」
私は肩をすくめて言った。
「『挑戦者』。紙装甲で回避全振りにするつもりだけど」
「最新のやつかよ。あの地雷職で有名な」
チュニドラが呆れたように言う。
「だからこそ面白いのよ」
私が自信満々に答えると、
「まったく……お前、GEOは初めてなんだろ? いきなりそんなリスク背負って大丈夫かよ。はぁ……まあいいか。それより、序盤のレベル上げにいい場所を知ってんだ。来るか?」
「へえ……詳しく」
「じゃ、クランに入れ。私たちのクラン『重装闘場』にな」
「……は?」
思わず聞き返してしまう。
「ちょっと待って。いきなりクラン勧誘?」
「その場所に行くのに『クランワープ』を使いたいんだが、クランメンバーじゃなきゃ一緒に連れていけねえんだよ」
「すぐに抜けてもいいなら」
「……ああ」
一瞬の浮遊感の後、視界が切り替わる。
私たちが転移したのは、立派な石造りの砦だった。広々とした中庭には訓練場があり、数十人のプレイヤーたちがそれぞれの装備を手入れしたり、模擬戦を繰り広げたりしていた。
「へぇ……立派な拠点ね」
「まあな。かなりやり込んだ奴らが多いからな」
チュニドラが自慢げに言うのを聞き流しながら、私はクランメンバーたちを眺める。
みんな重装備の前衛職ばかりだ。
「まあ、見ての通り、脳筋ごり押し大好きクランって感じ」
「おい、チュニドラ。そっちの奴は新入りか?」
「……って、ちょっと待て。あれ、アルヴィじゃねえか!?」
突如、周囲がざわついた。
「アルヴィ? まさか……ランキング一位の?」
「バトクロ最強の……!? 嘘だろ、なんでこんなところに!?」
「え、ちょっと待て。マジで本人!? 嘘だろ!?」
一気にクランメンバーが私を取り囲み、騒ぎ始める。
「お前、マジであのアルヴィかよ!? なんでGEOなんかやってんだよ!」
ん……? なんで今、『バトクロ』の話題が?
いや、『重装闘場』って……ああ、そういうことね。
「ただ漢字にしただけで『重装闘場』ってわけね」
私が呆れたように言うと、クランメンバーの騒ぎがさらに大きくなった。
それからチュニドラが私を紹介してくれた。まあ、みんなある程度は知っているようだったけど。
「マジかよ! まさかバトクロのアルヴィがGEOに来るなんて!」
「バトクロ最強の女が、よりによって回避特化の地雷職!? 嘘だろ!?」
「いや、でも待て。もしあのアルヴィなら……本気で『挑戦者』を使いこなすんじゃないか?」
「……っていうか、おいチュニドラ。お前のライバル、ここに復活かよ」
メンバーが次々と驚愕の声を上げるなか、チュニドラは「ほら見ろ」と言わんばかりの得意げな顔をしていた。
「おいおい、そんな騒ぐなよ。GEOを始めたばっかなんだぜ?」
「え、始めたばっかで『挑戦者』を選んだのか……?」
「まさに天性のリスクテイカー!」
「いや、まあ、回避職が好きなだけよ」
「というか、始めたばっかで連れてきたってことは、やっぱ《ののの》か?」
その言葉に、クランメンバーがさらにざわついた。
「マジで!? アルヴィとはいえ、いきなり《ののの》に挑ませるのか?」
「いやいや、さすがに無茶だろ……始めたばかりなんだぞ?」
「でも、アルヴィならワンチャンあるんじゃねえか?」
彼らの反応からして、その《ののの》とやらは相当な強敵らしい。
「ねえ、その『ののの』って何?」
私が尋ねると、チュニドラがニヤリと笑った。
「正式名称は《千の勝利の上の怪物》――EXクエストの一つでな」
「EXクエスト?」
「って、そこからかよ。チュートリアル読んだか、お前……」
チュニドラが呆れたように言うが、すぐに説明を続ける。
「クエストには大きく分けて三種類ある。まずは普通のクエスト。これは何度でも受けられるのが特徴だ」
「うん、それは分かる」
「次にEXクエスト。これは一回クリアすると受けられなくなる。基本的に超高難度で、クリアすれば強力な報酬が手に入る」
「ほう……」
「そして最後がユニーククエスト。これは誰かがゲーム内でクリアすると、もう二度と挑めなくなる。つまり、世界で一回しかクリアできないクエストってわけだ」
「へえ……それは面白いわね」
「まあ、今回はEXクエストの方だ。《千の勝利の上の怪物》――通称は、うちのクランが占領しているクエストでな。《武人勝千》っていう奴と【一騎打ち】をしてもらう」
「……一騎打ち?」
私はチュニドラの言葉を復唱した。
「そうだ」
「ってことは、パーティー戦じゃなくて完全なタイマンってこと?」
「その通り。助けはなし、支援もなし。お前一人で、《武人勝千》を倒すんだよ」
その言葉に耳を疑った。私は始めたばかりで、貧弱なステータスに初期装備、そしてスキルは【回避】のみ。そんな状況で、どんな奴かも分からないボスを倒せと言うのだ。
「正気? 私、レベル三なんだけど?」
クランメンバーの一人が、改めて補足するように言った。
「【一騎打ち】っていうのは、単にタイマンってことじゃないっすよ。レベルが一時的に七十固定になって、アイテムの使用は禁止、武器の能力も無効化されるんです」
「ま、完全に技量の勝負ってことだ。といってもスキルは使えるし、レベル七十になってもステータスポイントは振られない。だから、元の育成差は残る」
「つまり――」
私は軽く肩をすくめる。
「私みたいな始めたばかりのプレイヤーは、スキル数もステータスも圧倒的に不利ってことね」
「そういうこった」
「……で、その《ののの》ってのは強いわけ?」
私は小馬鹿にしたように言うが、チュニドラは大真面目に答える。
「ああ。このクランでも、クリアしたのはたった一人。私だけ」
「……なるほどね」
私は腕を組みながら、目の前の金髪ショートの大楯使いを見つめた。
チュニドラが実力者であることは知っている。バトクロの頃から、あのゲームで数少ない、私に張り合えるプレイヤーだった。あのチュニドラが唯一のクリア者なら、《ののの》が並大抵の強さじゃないことは明白だった。
「……で、どうする?」
チュニドラが、私の決断を促すようにニヤリと笑う。
クランメンバーも、興味津々といった様子で私を見つめている。
こんな理不尽な条件、正気じゃない。でも――
胸の奥が、ざわめいていた。
私は、こういうものを求めていたのかもしれない。
「やるわ」
私は迷いなく答えた。
「マジかよ!?」「即決かよ……」
クランメンバーが驚いたような声を上げるが、私は肩をすくめる。
「条件が公平なら、負ける気はしないわ。レベル補正で七十固定なら、私が今どれだけ弱くても関係ない。なら、結局は腕の問題でしょ?」
「……その自信、相変わらずだな」
チュニドラは感慨深げに笑った。
「よし、なら決まりだ。《千の勝利の上の怪物》への挑戦権、確保しておくぜ。準備ができたら言えよ」
「準備って……何をすればいいの?」
「せいぜい心の準備くらいか? アイテムも使えねぇし、装備の効果も封じられる。できることは少ないが……まあ、お前なら即興でなんとかするんじゃねえの?」
「……まあ、そうね」
私は考え込む。
一時的にレベル七十になるとはいえ、元のレベルが低いとスキルポイントや熟練度の差が大きい。つまり、私は限られたスキルしか使えない状態で戦うことになる。
「……なるほど。これは確かに面白そうね」
「だろ? 今からやるか? 案内するが」
「ええ、もちろん」
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『クエスト』『EXクエスト』『ユニーククエスト』
はクエストの希少さを表すもので、難易度を表すものではなかったり。
まあ、基本的には順番通りですけど。
『クエスト』にもクソほど難しいものがあれば、
『ユニーク』にも簡単なものがあったり。




