第26話 英 雄 決 断
そして、ジャガモースは――ゆっくりと、笑った。
血のベールが揺れる。
羽を広げ、腕を下げ、重心を落とす。
あからさまな攻撃体制。
『……クク……』
言葉にならない、空気の音。
嘲笑だった。
スキルが使えない。その条件で、相対している私に対する明らかな嘲笑。
「……はは」
私は乾いた笑いを返した。
「勝った気?笑っちゃうわね」
一歩、ジャガモースが踏み出す。
さっきより、さらに速い。
拳が迫るが今度は防御じゃない。
横へ回避し、銀雷を取り出し同時に射撃。
それは羽によってガードされ、さらに距離を詰めてくる。
羽による斬撃、拳による打撃。
手数が尋常じゃない、回避しかできない
ましてや反撃なんてもってのほか。
ああ、もう!隙潰し大好きか、このゲーム!
『……っ』
ジャガモースの羽が横から叩きつけられ、私は吹き飛ばされた。
本当に一発耐えれる体力でよかった。
地面を転がり、ようやく止まる。
後ろはあの霧……ていうかこれ、壁判定なのかしら。
先入観で、誤解してたけど……後ろ、あるかも。
私は立ち上がり、即座に振り返る。
霧に触れると空間が押されて、揺らいだ。
指先に、反発がある。
だが、弱弱しく。ここを出れるという確信を得れた。
ジャガモースを無視し霧を押しこの場を出て行く。
視界が、歪んだ。
ぬるり、と体が何かを抜ける感覚。
次の瞬間。
赤い霧が、弾けるように消えた。
「……っ!」
景色が戻る。
絶壁。雑草が生い茂る地面。
そして――広い戦場。
私は外に出ていた。
背後で、霧の領域が弾けた。
その中にジャガモースが居る。
「出られるんじゃ意味ないわね」
再度、私に影が巻き付き、スキルが使用可能となったことを確認する。
出れるね……流石に出て終わりなんて生ぬるい事は無いかな。
予想は当たる、血の霧はジャガモースへ収束していく。
血管の羽が、大きく広がる。
赤黒い血管が、より濃く脈打っている。
【ジャガモースは怒りを蓄積した】
予想はしていたが、かなり露骨だ。
――【裂ける血の祝福】
奴が再度動く、地面に手を振れたその瞬間。
地面の血管が、一斉に脈打った。
「はは、口説き文句は二度使わない事ね!」
その技を見た瞬間、私は空を蹴り前へ飛ぶ。
ダメージは地面に触れている時だけ、しかもそれを発動中は地面に手を振れてないといけないんでしょ!なら今がチャンス。
「アホでもわかるわよ」
宙を走り、ジャガモースに近づく。
あと少し。
――【血脈暴走】
地面の血管が膨れ上がる。
そして。
一斉に――爆ぜた。
赤い槍が、地面から無数に突き出す。全方位に。
「ッ!」
空を蹴り、慌てて方向転換。
さらに上に飛ぶ……が、槍は何処までも伸びてくる。
スタミナももう一回飛ぶ分は無い。
向かってくる血の槍を叩き切りながら落下する。
不味い不味い……。
左腕の影を伸ばし絶壁へとどまろうとすると。
その間に奴が割り込んできた。
「――ッ」
間に合ッ
次の瞬間、凄まじい勢いでの右ストレートが私を捉える。
そして、地面へ叩きつけられる。
《スキル【死にぞこない】発動》
HP1で何とか食いしばる。
「ギリッギリすぎ」
あの瞬間、死にぞこないの為に回復アイテムでHPを満タンにした。
だから今の一撃で即死を免れた。
「さてと……」
上にいるジャガモースを睨みつける。
ジャガモースの羽は揺れない。
どちらかと言えば浮遊しているような感じ。
もう保険は無い。
とは言え、攻略法はまだまだ見えて無いんだけど。
その時、ログが落ちた。
【英雄決断——使用可能】
「……は?」
今の今まで、一度も使用可能になったことなど無かった。
その英雄決断が使用可能?
何が条件?たしか『このスキルは相応しい相手にしか輝きを発しない』だったはず。
そして効果が……
そう考えている時間もないようでジャガモースの攻撃が始まる。
再度羽による斬撃、拳による打撃。
その攻撃をラインを下げながら、何とかさばいていく。
確か効果は『次の一撃が、必ず致命となる。ただし――攻撃の直前、一秒以内に回避かパリィを成功させた場合に限り、真価を発揮する』
だった。この状況で?
回避判定の回避かパリィをしてその上反撃をしろと言っている。
この手数の化け物にだ。
たしかに、こういう時の他に習得した【瞬影】がある。
だとしても、プレッシャーが半端じゃない。
この条件を飲まなければこいつに勝ち目はない。
読め、傾向を癖を読み通して勝つしかないんだ。
やるしかない。それだけなんだ。
拳が振り下ろされる。
だが――読む。
今までの連撃、そのすべてを見てきた。
軌道、癖、重心の乗せ方。
拳が来る。その瞬間に
「――【瞬影】」
視界が歪む。
影がその場に残り、私の身体は横へ滑るように移動する。
拳は残像を砕き、空気を裂いた。
そして――
今だ。
私は地面を蹴る。
距離は一歩。
箔新月を構える。
胸の奥で、淡い光が灯った。
――【英雄決断】
自分の意識が、研ぎ澄まされている。
刹那。ジャガモースの動きが見える。
こちらに気付く。
拳が引かれる。
私は踏み込んだ。
箔新月を、振り抜く。
白い体を、横薙ぎに切り裂く。
確かな手応え。肉を断つ感触。
骨を砕く振動。
【致命】
ジャガモースの身体が、大きく揺れた。
『――ァ』
初めて。
その声に、痛みが混じる。
赤黒い血管が弾け、白い体に深い裂け目が走る。
―――やった。
そう思った瞬間。
違和感、視線を落とせば
胸元、そこに――
血管の羽が、突き刺さっていた。
「……あ」
背中まで貫かれている。
ジャガモースは、目の前にいた。
羽が、さらに深く沈む。
視界の端に、赤いログ。
HPが、一瞬で削り取られていく。
剣が手から滑り落ちる。
地面に、乾いた音。
ジャガモースの羽が抜かれる。
身体が崩れる。
膝が折れ、地面に倒れ込む。
視界が、暗くなる。
最後に見えたのは。
宙に浮かぶ、白い体。
【YOU DIED】
視界がブラックアウトする。




