第25話 胎に籠る君に最悪を送って
視界の端に、淡い文字が浮かび上がる。
身体が動かない。
胎が、大きく脈打った。
ドクン。
さっきまでの脈動とは違う。
それはまるで――心臓。
羊水が揺れる。
次の瞬間。
胎の内部から、影が浮かび上がった。
「……動いた?」
胎の中。
今までただの塊だったそれが、確かに形を持っている。
ゆっくりと、こちらを向く。
そして――震えた。
恐怖。
存在そのものが、初めて死を理解した瞬間の震え。
胎が、激しく脈打つ。
ドクン!ドクン!ドクン!
羊水の中で、その存在が身を捩る。
腕を、足を動かす。
だが――まるで人の動きとは思えない。
まるで、まだ身体の使い方を知らないかのように。
「……」
次の瞬間。
胎の内部で、赤い光が走る。
血管のようなものが、膜の内側に広がっていく。
『……いやだ』
低く、掠れた。
未完成だと思わせる声。
羊水が激しく波打つ。
『……生まれたくない』
膜が軋む。
外側からではない。
ギシッ。
胎の表面に、細い亀裂が走る。
私は目を細める。
次の瞬間。
胎の中の存在が、こちらを見た。
ベールのような膜の向こう。
目は見えない。
だが。
確かに視線が合った。
そして。
『……おまえだ』
羊水が爆ぜる。
胎が、大きく膨張する。
「……!」
ひび割れが走る。
蜘蛛の巣のように。
一瞬の静寂。
そして。
―――【世壊】
膜が――
内側から砕けた。
純白の閃光。
世界が光に飲み込まれる。
音はない。
ただ、白。
白。白。
視界が焼き切れる。
数秒して。
やがて光が引く。
胎は破裂し羊水は地面を濡らす。
砕けた膜の破片が、空中に浮いている。
その中心。
そこに――それはいた。
人型、人間とそう変わらない大きさ。
未完成の彫像のような透けるような白の体。
皮膚の下で、赤黒い血管が脈打っている。
背中から広がる、血管の羽根。
顔は、血の膜で覆われている。
呻き声か、かすかな声が漏れる。
「……ァ……」
怒り。
それも、純粋な。
世界そのものを憎むような感情。
ログが落ちる。
【冠する者『可孵化』のジャガモース 顕現】
その瞬間。
ジャガモースの頭が、ゆっくりとこちらを向いた。
ベールの奥。
見えないはずの視線。
それが、確かに私を捉える。
そして空気が震える。怒りが直に伝わってくるような圧。
『……』
視界の奥で、言葉が流れた。
まるで誰かが、静かに語っているように。
《現在、ジャガモースは憤怒の頂点にある》
《生まれることを強制された。その現状と、自らの不完全さに》
《どうしようもない怒りを抱いている》
私は眉をひそめた。
「……何?」
《彼の目的はただ一つ己が敵を抹殺し》
《一刻も早く胎へ戻ること》
《そのために、彼は――全力を行使する》
言葉が途切れる。
フェーズ移行が終わり体の自由が戻ると同時。
ジャガモースが肉薄する。
速い、今までの誰よりも。
気づけば目の前に拳が迫る。
私は咄嗟に防御を取るが、その一撃は重く。
吹き飛ばされた。背中に衝撃。
背後の絶壁に叩きつけられる。
「ッぐ――!!」
HPが七割ほど減る。
大丈夫、まだ立て直せる。
回復アイテムを使いながら、ジャガモースの方を向きなおす。
するとジャガモースの背中。
血管の羽が、大きく広がった。
それは敵を切り裂かんとする刃の形へと羽が変形する。
さっきは今までとのペースの差に適応できなかった。
もう違う、こっからは接近戦なんでしょ。
立ち上がり、箔新月を強く握る。
―――やってやる。
「出し惜しみはもう無し」
「【影纏い】」
体に影が巻き付いていく。
装備の下から、黒い影が肌に沿うように走る。
袖の下から、二本の影が伸びた。
再度ジャガモースが肉薄、バックステップで攻撃を避けると同時に左腕の影を伸ばしジャガモースに巻き付けバインドする。
勢いを利用し、伸ばした影を引き寄せ。
ジャガモースに切りかかるが背中の羽で受け止められる。
さらに影を破壊し脱出もう片方の羽を槍の様に突き出し私を狙うが、箔新月で何とか弾く。だがそれでも、奴には拳が残っている。
目の前迫る拳、それに合わせて【瞬影】を使用。
影がその場に現れ、私はジャガモースの上空へと移動する。
『……!』
そのまま箔新月を奴の背中目掛けて突き立てる。
そのまま体重を乗せ、落下。
ジャガモースごと地面へ叩きつける。
その上から思いっきり踏みつけ、さらに地面にめり込ませる。
ここで一気に削る……!
私は箔新月を引き抜き、追撃を入れようとするものの。
背の羽が暴れだし、後退を余儀なくさせる。
『――ア゛ァァアアア!!』
激しい雄たけび。
次の瞬間、ジャガモースが右手を強く地面へと叩きつける。
ステージに、赤い線が走った。
無数の血管が、地面を這っている。
――【裂ける血の祝福】
「……また面倒なの来たわね」
足元の血管に触れる。
HPが削れる、それもジワジワじゃない。
ごっそり減っていく。
「やばすぎでしょ」
私は即座に跳び、さらに【飛燕】で壁際まで移動。
影を壁に引っ掛け、滞空する。
とりあえずの安全圏。
だが。
ジャガモースは止まらない。
手の平をこちらへ向け。
地面に這っていた血管が、収束する。
――【荒ぶる血の讃美】
視界が赤く染まる。
圧縮された大量の血液が、銃弾のように放たれる。
「いやいやいや!?」
すぐさま空を蹴り、無理やり方向を変えて弾幕を避ける。
赤い弾丸が、さっきまで私がいた場所を貫いた。
絶壁に着弾。
次の瞬間には岩が爆ぜた。
破片が降る。
あれをまともに食らえば即死圏だ。
壁から影を外し、地面へ着地。
再度、ジャガモースの出方を伺う。
今一番気を付けるべきなのは、初見の技でペースを取られること。
《死にぞこない》があるから一撃死は無いけど、だとしてもそこから立て直せるかは運次第。
私は深く息を吐く。
ジャガモースは、宙に浮いたままこちらを見ている。
血管の羽が、ゆっくりと脈打つ。
まだ終わっていないとでも言いたげに。
嫌な予感がした、次の瞬間。
ジャガモースの背中の血管が、ぶちりと脈打った。
空間が歪む。
地面に走っていく血管が、一斉に私の方へ伸びる。
辺りの色が消えていく。
血のような赤い霧が、私とジャガモースの周囲を包み込んだ。
半径十数メートルほどの空間。
そこだけが、切り取られたように隔離される。
外側の絶壁も、血管も、すべて霧の向こうに溶けている。
私は箔新月を構えたまま、周囲を見渡す。
「……空間?」
――【華舞化】
すると、身体に纏っていた【影纏い】が霧散する。
「マジ!?」
スキルの強制解除?
いや、これはもしかして。
自分の直感を確かめるために、ステータスを開き状態を確認すると。
全てのスキルが灰色、使用不可になっていた。
「……スキル無し?」
ジャガモースが、ゆっくりとこちらを見た。
ベールの奥。見えない目。
それでも。
はっきりと、意志を感じる。




