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第23話 蒙昧に溺れて


「着いた……」


千穴蒙昧の沼地の近くの街。

――ベルメナで宿屋を更新し。


私はそのまま沼地へと着いた。

樹林と湿原が入り混じったエリア。

地面は黒く、ぬかるみが点在している。

そして何より、穴、穴、穴。

あちこちに大小様々な陥没孔がぽかりと空いている。

その数があまりに多すぎて、視界が歪むような錯覚を覚える。


「……ここが、『千穴蒙昧の沼地』」


ここのどこかに冠する者がいる……

私はゆっくりと足を踏み出した。

最初の一歩で、ぬかるみが靴底を吸い付く。

音が鈍い。風も弱い。

虫の声すらまばらだ。


「……嫌な場所」


穴の縁を避けながら進む。

覗き込めば底が見えないものも多い。

浅そうに見えて泥が揺れるだけのものもある。

アルタラが

『「霧のかかる夜に沼地のある場所で『選択しない事』をする選択するといい」』

 と言った。


今日は霧がかかってない。とはいえある場所ね。

それっぽい所を探すしかないか。


私は視線を巡らせる。

地形は単調に見えて単純じゃない。

湿原、細い根道、倒木、浅い水溜まり、そして無数の穴。

似た景色が延々と続き、方向感覚がじわじわ削られていく。


マップを開き、現在位置を確認。

安全圏から扇状に探索ルートを引く。


「……まずは基本通り」


穴の密集度が高い区画。

水深の深い場所。

視界が開ける低地。

目立つ樹形のランドマーク。

順番に潰していく。


一時間が経った。


結果は収穫なし。

敵を倒しても穴に入っても、何も見つからない。

ぬかるみを踏む音だけが続く。

……やっぱり霧の出た日にしか出てこない可能性が高そう。

だとしたら探索は意味ないかなあ。



それから――《《二ヶ月》》。

私は何度もここに来た。

霧の日を選び、時間帯を変え、穴に降り、泥に沈み、何もせず立ち尽くし、逆に全力で駆け回り、

装備を替え、武器を変え、ログアウトせず夜を跨ぎ、意図的にモンスターに囲まれてみたりもした。

だが。

何も起きない。



最初の一週間は、まだ楽しかった。

仮説を立てて検証する。

それだけで前に進んでいる気がした。


二週目。

探索ルートはほぼ網羅。

マップには自分だけのメモが埋まっていく。


三週目。

霧が出るたびに通う作業。

成果はゼロ。


四週目。

「……何してんだろ」

沼地の真ん中で、ぽつりと呟いた。

ぬかるみが靴を引き留める。

返事はない。


五週目あたりでレベル90を超えた。

霧の出ない日はひたすらレベル上げ。

霧が出た日は仮説を試す。


「選択しない」

その言葉を真正面から試す。

穴の前で立ち止まる。

進むか戻るか決めない。

ただ、動かない。

数分。数十分。

何も起きない。


次は――


分岐でマップを閉じる。

方向を決めず、身体の向くまま歩く。

何も起きない。さらに――

戦闘中、回避を選ばない。

攻撃もしない。

普通に死んだ。

リスポーンして戻る何かのトリガーになればと思ったが何も起きない。


七週目。


この一週間は霧が出なかった。

さすがに苛立ちが出る。


八週目。霧の夜。

私は穴の縁に腰掛けていた。

探索も検証もせず、ただ景色を眺める。


「二か月……二か月よ、進歩無し」


レベルは上げた、現在97レベル。

新しいスキルも獲得した。


武器は『白月』から『箔新月』へと強化させた。

素材集めに奔走したり、依頼クエストを消化してゴールド稼ぎもした。

それでも、ここには何もない。


「……いや」


そんなはずがない。

一個人の考察に過ぎないが……アルタラが嘘をつくとは思えない。

確信している訳じゃないけど……

なんとなく、そう思う。


霧の夜だった。

私は穴の縁に腰掛けたまま、しばらく動かなかった。

探索もしない。検証もしない。

ただ、ぼんやりと沼地を眺めていた。

白い靄がゆっくり流れ、穴という穴の輪郭を曖昧にしていく。

音が沈む場所だ。

靴底で泥を踏む感触すら、どこか遠い。


「……何もない、ね」


小さく呟いて立ち上がる。

今日はもう帰ろうと思った。

その時だった。

ただ、少し足を滑らせた。

体勢を崩し、視界が一瞬、傾いた。


「っ――」


片腕を伸ばしてバランスを取る。しかし。

視界の隅に、穴の淵が迫る。

思考が一瞬飛んだ。

次の瞬間、落ちていた。

身体が落ち、自由落下。足場を失い、視界が急激に狭まる。

全身に冷たい空気がぶつかる。

そして――水溜まり。

水音と衝撃。


「っ……!」


肺から空気が抜ける。

冷たい泥水に背中から叩きつけられ、視界が揺れた。

私はすぐに姿勢を立て直そうと腕を動かす。

水は濁っているが、妙に重い。粘度が高い。

立ち上がり辺りを見回す。

ここは穴の内部らしい。

上を見ると、霧越しに小さな円形の空が見えるだけ。


「最悪……」


ロープも無しにどうやって這い上がればいいのよ。

登れそうな足場を探すため周囲を見る。

――違和感。

水面から、音がする。

ぽたり。ぽたり。

上から水滴が落ちている。

私は反射的に手を差し出した。

滴が手の甲に落ちる。


「……?」


冷たくない。

ぬるい。

水にしてはわずかに粘る。

目を細めて周囲を見る。

穴の内壁。

黒い岩肌。

そこからゆっくりと滴り続けている液体。

ぽたり。

水面が静かに揺れる。その匂いに気付く。

泥臭さがない。無臭。

そして異様なほど清浄。

心臓が一つ跳ねた。


「……これ」


理解はない。確信だけがある。

――当たりだ。

その瞬間ある事に気付いた。

水面が揺れ、ゆっくりとだが確実に。

水位が上がっている。


「……は?」


最初は錯覚かと思った。

だが違う。

滴る量が増えている。

ぽたり

ぽたり

間隔が短くなる。

落ちる量と増える量が一致していない、とてつもない勢いで

水位が腰まで来る。

胸まで来る。


「……ちょっと待ちなさい」


登ろうと足を掛けるが滑る

内壁に掴める場所がない。


スキル使用――【飛……


頭の奥に言葉が蘇る。


『霧のかかる夜に沼地のある場所で

 選択しない事をする選択』


水位が肩まで来る。

呼吸が速くなる。

逃げる?登る?転移?

スキルで突破?


全部、選択だ。

私は目を閉じた。


「……はぁ」


息を吐き腕の力を抜く。

身体を水に預ける。

抵抗しない。

浮こうとしない。

沈むままに任せる。

液体は冷たくない。

包まれるような感触。

耳が沈む、音が消える。

顎まで沈む、

そして視界がその液状のもので埋め尽くされた。。

最後の空気を吐いた。


完全に沈む。

圧迫感はない。

不快感だけが増していく。


『息を吸え』『浮上しろ』

『もがけ』


頭に浮かぶそんな選択肢を振りほどき、私は

――選択しない。を選択する。

私は目を閉じたまま。


何もしない。

何も選ばない。

何も望まない。

視界が白く弾けた。

意識が途切れる――

その瞬間。

沈下が止まった。

無重力のような感覚。

落下でも浮上でもない。

ただ移動している。

身体がどこかへ運ばれていく。


温度が消える。

感触が消える。

上下が消える。

やがて。

足の裏に地面の感覚。

肺が勝手に空気を吸い込んだ。


「――っ!!」


私は咳き込みながら目を開ける。

そこは。

沼地ではなかった。

霧もない。

穴もない。

ただ――それを見た。


絶壁に囲まれ、円形に広がる巨大な空間。

地面は雑草に覆われている。

そして中心部にそれはいた。

それは未完成の神のようだった。


青白く濁った羊水のような液体に浮かび、全身を薄膜で包まれたその存在は、まだ個と呼ぶには曖昧で。その外側を覆うのは、木とも肉ともつかぬ有機の装飾。絡まり合い、祈るように、護るように。



そして、視界にシステムメッセージが落ちる。


【冠する者――『不孵化』のジャガモース 顕現】


その名が浮かぶと同時に、世界が震えた。

鼓動のように、空間そのものが脈動する。

視界にログが落ちる。


《ユニーククエスト

   【我、理想郷。決して変わらず風化せず】

                 が開始されました》


「ようやくお出ましね、叩き割ってあげる」

「不孵化のジャガモース!」

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