第22話 正答は何処へ
今宵と駅前で別れ、私は一人、帰路についた。
自室に戻ると、ベッドに腰掛ける。
すぐにヘッドギアを取り出し、準備を整える。
ログイン――
身体が現実からGEOの世界へと沈んでいく。
目が覚めたらログアウトした時と同じ場所。
だが一つ違うのは……夢気楼の教会がきれいさっぱり消え去っていること。
「無くなるのね……」
何となく予想は付いていたけど、実際に見てみると、虚しさを感じる。
「ん~ま、いっか」
散々考えたし答えは出なかった。
ていうか私、フラグ踏み過ぎじゃない?
マルチタスクも苦手なんだけど。
そんな事を考えながらルーディアへの道を歩ていく。
街道を進むにつれ、景色はゆっくりと変わっていった。
夢気楼の教会周辺の深い森を抜け、木々はまばらになり、代わりに舗装された石畳の街道が顔を出す。奴のクリアで推奨レベルが離れているからモンスターも手ごたえない。さっさと進んでしまおう。
そして一時間ほど歩いた頃。
遠くに、白い城壁が見え始めた。
――ルーディア。
まあここには用事は無いんだけど。
宿屋だけ更新しよ。
街に入り宿屋に行き、すぐにリスポーン地点を更新した。
よし、行こうか。
レベル上げに最適なクエスト。
そう言ってアークレガリアから貰ったクエストの詳細を見る。
【目的地:決地断崖丘】
【討伐対象:ルクスラ ×3】
「ルクスラ、か」
出現率が低く、逃げ足が速い代わりに経験値が高い希少種。
クエスト指定なら、遭遇率は保証されているはずだ。
(やっぱり、交渉して正解だった)
そうして私は、城壁を背に新エリア――
『決地断崖丘』へと足を踏み出した。
決地断崖丘へ続く道は、思った以上に静かだった。
ルーディアを出てしばらくは、よくある森林エリアだ。
背の高い木々が空を覆い、足元には踏み固められた土の道。
そして森を出たらようやく崖らしい、名前のわりに崖要素が少なくない?。
私は息を吸い込む。
「さっさと進めてしまいましょうかね」
風が、ほとんどない。
葉擦れの音も、小鳥の声も少ない。
音が吸われているような、妙な静けさがあった。
「……ここが決地断崖丘の前段、ってわけね」
そう独りごちた瞬間、視界の端で何かが動いた。
白い光。
次の瞬間、それは弾けるように森の奥へと走り出す。
「――いた!」
ルクスラ。
淡く発光する半透明の小型の獣型モンスター。
こちらに気付いた瞬間、全力で逃げはじめた。
本当に警戒心が強い。
ルクスラは地面を蹴るたびに淡い光の粒子を散らし、木々の隙間を縫うように駆けていく。
逃げ足は速いが、進む方向は単純だ。
森の奥、より開けた方へ向かっている。
「逃げ道なんてないわよ」
私は銀雷を構え、足場の悪い地面を蹴った。
枝を払い、低木を越え、距離を詰める。
一体目は、森の中腹で仕留めた。
撃ちぬいた瞬間、光が弾け、経験値ログが流れる。
二体目はさらに奥。
木々の間隔が広がり、空がわずかに見え始めた辺りだ。
「……やっぱり、崖の方に行くわよね」
このエリア名――決地断崖丘。
未だに崖らしいものは見えていないが、空気が変わってきている。
土の匂いが薄れ、風が冷たくなる。
足元の地面も、柔らかい腐葉土から、固い岩混じりへと変わっていた。
二体目を倒し、少し息を整える。
次の目標は三体目。
傾斜がきつくなり始める。
三体目。
飛び出してきた白い影が、目の前に現れる。
こちらを見ると同時、逃げに移った。
森を抜ける寸前、開けた場所の手前。
そこまで一直線に逃げていたはずのルクスラが――
不自然なほど急に、方向を変えた。
Uターン。
こちらに向かって、一直線。
「……は?」
一瞬、思考が追いつかない。
逃げるはずのモンスターが、こちらへ?
錯覚かと思ったが、間違いない。
反射的に斬る。
ルクスラは抵抗もなく消え、光の粒子となった。
三匹目、撃破。
……なのに。何かが違う。
森はもうすぐ終わり、視界が開ける。
次の瞬間、景色が変わった。
風が吹き抜ける。
夜空が、視界いっぱいに広がった。
――崖。巨大な断崖絶壁。
青灰色の岩肌が鋭利にそそり立っていた。
「やあ、少しぶりだねお姉ちゃん」
そして夜空を背景に崖の先で銀髪の狼耳の少女がこちらを見ていた。
「……まじ?同窓会でもやってるのかしら」
「アルタラ!」
「覚えててくれて嬉しいよ。一つ先に言っておくと今回は偶然じゃないよ」
「僕がお姉ちゃんに会いに来たんだ」
「……嫌な予感しかしないんだけど」
私は白月と銀雷を軽く下げつつ、崖と彼女の間に視線を走らせる。
落ちれば即死。そんな場所に、子供ほどの身体で平然と立っている。
「怖い顔しないでよ。僕が戦うわけないじゃん」
アルタラは肩をすくめ、くるりとその場で一回転した。
長い白髪が夜風に揺れ、星明りを反射する。
「さっきのルクスラ、利口だったね。自分の恐怖に従った」
「動物の本能は、時々人より賢い」
彼女の言葉と同時に、吹いていた風がすっと止んだ。
「……で、どうして私に会いに来たわけ?」
「ん? 前に言ったでしょ。お姉ちゃんとは、また会いそうだって」
「いや、そこじゃないか」
アルタラは楽しそうに目を細める。
「グリドマルドを倒したね……だから、僕は来たんだよ」
「試練突破おめでとうお姉ちゃん」
アルタラはゆっくりとこちらに歩いてくる。
「あれは……あんたが仕掛けたって事?」
少し体がこわばる、武器を握る手が固くなる。
私の問いに、アルタラは首を縦に振った。
「そうだよ。彼はグリドマルド唯一の本体、他の全ては夢の主によって複製された存在に過ぎないからね」
「話がつかめないというか……ていうか、そこじゃない」
声色を変えずに言いながら、私は武器を構えなおす。
「どうして私にその試練を用意したって聞いてんのよ」
「僕は可能性を試してる……新しき物でなければ進まないものがあるんだよ」
アルタラは顎を少し上げて、夜空を仰ぎ見た。
「君達みたいな星に属さない者……異物だよ。僕は期待している、異物であれば進ん
で行けるかもしれない」
彼女は真剣な顔で話す、何か私に対して重要な事を言っているらしい。
「何処へよ」
「それを知ると、君たちは面白く無いんじゃないかな」
「……はぁ?まじで意味わかんないわよ」
私の疑問符と嘆息が止まらない。
「……ふぅ。まあいいわ、あんたのせいで死にかけたってことは分かったわ」
「てか一回死んでる」
「僕がマインお姉ちゃんを誘ってよかったね」
「――あんた」
「マインの事も知ってんのね」
「みんな知ってるよ」
私は、もう考えるのが嫌になってきた。
この子と会話するたびに謎が増える。
「お姉ちゃん」
その呼び方が、妙に耳に残る。
アルタラの目はまっすぐで、真剣だった。
「……なに」
「得た物を、僕に渡して」
「そうしたら……冠する者の情報を教えてあげる」
私は、一瞬呼吸を忘れた。
喉の奥が乾く。
「何よ……得た物って」
「君はそれを分かっている」
静かな声なのに、まるで心を直接撫でられているようだった。
「いや……わかんないわよ」
「あそう?じゃ頂戴【憤怒の記憶】と【星欠片】を」
……ほんっとにもう。
私は眉間を押さえ、深いため息をついた。
「交渉って言葉、知ってる?」
「ある程度はね」
アルタラは悪びれもせず、肩をすくめる。
崖の縁に立ったまま、夜風も吹かないのに彼女の髪だけが、わずかに揺れていた。
「嫌だって言ったら?」
そう呟いた瞬間、悪寒が体中を突き抜ける。
夜の風なんか比にならない程の何かが押し寄せてきた。
「単純な話さ、死体が一つ増えるだけだよ」
私はその一言で背筋がゾッとする。
そうだ、この子は……
圧倒的格上だ。
「……あんたが脅迫するなんて、意外ね」
「僕だってやりたくないよ。お姉ちゃんに気に入られたいからさ、友好的に接したいの」
友好的、ね。
「……わかったわよ。もってけ泥棒」
私はインベントリを開き、【憤怒の記憶】と【星欠片】を取り出した。
アルタラに投げ渡す。
すると、アルタラはそれを受け取った瞬間。
「うん、確かに」
満足げに頷く。
「じゃあ、約束通り」
アルタラの視線が、夜の崖下に落ちる。
「冠する者『不孵化のジャガモース』について教えてあげる」
「不孵化の……ジャガモース」
まるで、知らないはずの名前が、妙に意味を持って響く。
「『千穴蒙昧の沼地』―――そこに彼はいる」
「霧のかかる夜に沼地のある場所で選択しない事をする選択するといい」
「ずっと話が抽象的すぎる。もっと具体的に話せないの?」
アルタラは首を横に振る。
「無理だよ、これ以上は知らないし……それに」
「これは君たちの物語だからね」
「お姉ちゃんは自分の感性を信じて進めばいい」
アルタラは私に微笑みを向ける。
その表情は無邪気なものであった。
「じゃ、またね」
そう言い残して、アルタラは崖を飛び降りる。
急いで駆け寄って下を見るも誰もいない。
「……なんなのよ」
嵐が去った後の、妙な静けさ。
だが、やることは決まった。千穴蒙昧の沼地に行くだけだ。
正直言って胸の高ぶりが収まらない。
冠する者……あのシーアッシュプと同格の存在。
「やれるだけやってやる」
そう呟きマップに映る『千穴蒙昧の沼地』の近くの街へ目的地を設定する。




