第21話 考えても無駄
《ユニーククエスト『幽星と深夢』をクリアしました》
鐘の余韻が、ゆっくりと空間から抜け落ちていく。
星空だったはずの水面は、次第に色を失い、ただの鏡のように静まっていった。
私は、その場に膝をついた。
「……はぁ……」
全身から、力が抜けていく。
疲労感が体全体を襲う。
【SYSTEM】
【パーティメンバーの死亡状態を解除します】
【HP・MPを最低保証値まで回復します】
淡い光が背後で揺れた。
「流石です、信じてましたよ先輩」
振り返ると、そこにマインが立っていた。
「……あんた」
「ほんとに、えげつない賭け打つわね」
マインは小さく笑った。
「狙われないまま終わるのが一番ダメでした。私一人残っても戦力になりませんから」「だから、命を使って賭けたんです。先輩なら乗ってくれると思ってました」
私は、しばらく何も言えなかった。
けれど、彼女を見て――少しだけ、ほほ笑む。
「……あんた、馬鹿ね」
「褒め言葉ですか?」
「褒めてない……何て言うかこの感じ」
私は少し考えてから、彼女の顔をじっと見つめる。
もう、分かっていた。
「……玲奈」
その名前を呼んだ瞬間、彼女の肩がわずかに揺れた。
「久しぶり、半年くらいかな」
マイン――いや、玲奈が、少し照れたように笑う。
「はい、先輩。お久しぶりです」
その表情に、ゲーム内の演出や仮面はない。
確かにそこにいるのは、私の知っている後輩だった。
「それと、PNで呼んでくださいよ」
「分かってるわよ、マイン」
私は小さく笑って、彼女の今の名前を口にする。
玲奈は高校生のころ、やたらと私に懐いていた後輩だ。
卒業後、上京してからは自然と連絡も途切れていた。
それがまさか、こんな場所で再会するなんて。
「ていうか、あんた今年受験生でしょ。GEOしてて大丈夫なの?」
呆れたように肩をすくめ、半分冗談で聞く。
「受かるんで。それに、ちゃんと勉強はしてますよ」
即答だった。
「余裕ね。どこ受けるの」
「もちろん!先輩と同じ大学です。先輩がいるんで!」
「——はぁ……」
思わず、深いため息が漏れる。
「玲奈の学力なら、もっと上に行けるでしょうに。人の為に自分の人生を使っちゃだめよ」少しだけ、本気で言った。
けれど――
「自分の為に、他人を理由にしているだけなので大丈夫です」
一切の迷いもなく返ってくる言葉。
……ああ、この我の強さ。
昔と何も変わっていない。
「あ!」
急に玲奈が声を上げ、指を突きつけてくる。
「先輩、謝って下さい」
「は?」
「今、先輩は推しのいる人全員を敵に回したんです。ほら、早く。炎上する前に」
「誰によ」
「画面の前に、ですよ」
その瞬間、私は思わず吹き出しそうになった。
冗談なのか本気なのか分からないが、この妙な距離感、やっぱり玲奈だ。
「このクエスト、ずっと進行不能だったんですけど。ようやく進みました」
そう話した時。水面に変化が起きた。
水面に渦ができ穴が広がる。
あそこから帰れると直感させる光景だった。
「出てからにしましょうか……」
「ちょっと待って下さい、先輩は何処から来ました?」
「……ヴァルケインからよ」
「やっぱりです、私は南の方から夢気楼の教会に入りました」
「多分、今出たらバラバラになってしまいます」
水面の渦は、静かに回り続けている。
急かすでもなく、待つでもなく――ただ、そこに在るだけだ。
「じゃあもう少し話しましょうか」
「……そういえば」
私が口を開く。
「このクエスト、何で進まなかったの」
「前に来たって言ってたわよね、夢気楼の教会」
玲奈は少し考えるように視線を落とし、ゆっくりと言った。
「最初に来た時にグリドマルドに質問されたんですけど。正直全く分からなかったんですけど。噓八百であると答えたんです。それが正解かなって。
その後は何しても敵対しなくって。クエストが進まないし他のプレイヤーは夢気楼の教会が見えないようでして」
なるほどねぇ。どうなってんのやら。
そう言えば、私が最初にグリドマルドに出会った時はEXクエスト【祈鐘の響き】だった。でも今回クリアしたのは受けた覚えもないユニーククエスト『幽星と深夢』。
わっかんない事だらけ、考察苦手なのよね。
一回放置、最悪チュニドラに話そう。
考えてくれそうだし。
「あの、先輩フレ登録しませんか」
「別にいいけど」
ウィンドウが表示され、フレ登録を受理する。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
私は立ち上がり、渦へ向かって歩いて行く。
玲奈がその背を追い、二人で水面へと近づいた。
「また一緒に遊びましょう、先輩」
その言葉に、私は一度だけ振り返り、小さく笑う。
「ええ」
水面の渦に足を踏み入れる。
視界が徐々に歪み、まるで深い眠りに誘われるような感覚に包まれる。
こうして私と玲奈は、それぞれの場所へと帰還した。
夢気楼の教会の周辺の森林エリア
小鳥のさえずりが耳に届く。視界が徐々に鮮明になってくる。ここは、ヴァルケイン近くの森。周囲に目をやると、木々が静かに揺れ、朝の陽ざしが葉の隙間から差し込んでいた。
私は軽く伸びをして、腕をぐるぐると回す。
筋肉が伸びていく感覚が心地よい。
あのグリドマルド戦は本当にギリギリだった。何度も死にかけ、蘇生され、それでも戦い続けた。
もし、玲奈がいなければ私は負けていた。確実に。
《レベル50→レベル62》
眼の前に出たログを見て思わず苦笑いが出る。
流石ユニーク、経験値の量がとんでもない。
ていうか、今経験値がもらえたって事はクエスト報酬も……
そう期待しながらインベントリを開くと報酬が一覧で表示される。
【武器】
・『守護者の深冥槍』
【称号】
・『星墓の異邦人』
【アイテム】
・『星欠片』
・『憤怒の記憶』
【スキル】
・【水錬槍】
・【影纏い】
色々あるけれどまずは武器から見ていきましょうかね。
『守護者の深冥槍』攻撃力なら白月より高い……でも槍かあ。
一般的な武器なら何でも使えるけど、
槍術のスキルは持ってないし補正値を考えるとまだ白月の方がダメージが出るかな。
よく見るとグリドマルドが装備していた槍。
黒鉄のような質感と、穂先に星の粒子を思わせる淡い輝き。
強力な武器ではある。今後使うタイミングもあるだろう。保管しておくことにした。
そしてアイテム、【星欠片】と【憤怒の記憶】
星欠片は、光が封じ込められた小さな破片。
多分これらも、先に繋がるアイテムかな。
【憤怒の記憶】
……誰かに、この記憶を渡して。
説明文にはそう書いてある。これは流石に保留だ。
で、肝心のスキルはこちら。
【水錬槍】は、水を操って槍を生成・射出するスキル。
水が無いと使えないよう。
そして、【影纏い】。
これは身体に影を纏わせ、防御力・機動力を強化するバフ系のスキルだ。
バフ系、嬉しい!
スキルに関してはとりあえず確認出来た。
まあ……これくらいかな。
クエスト内容も全然わからなかったし。
あの男は一体何者で何をしようとしてたのか、目的もわからない。
まあいいや。
「ただの高難度ユニーククエスト。そう思えばいい」
理由も目的も、全部知る必要はない。
GEOはそれでも楽しめるゲームだ。
「さっすがにログアウトしましょう」
疲れた。ただそれだけ。
★
私立K大学
「やっぱさ、美人だよな一年のあの子」
「あの子って?」
「ほら、あの子だよ。名前が特徴的でさ、めっちゃスタイルいいし声も可愛い」
ベンチに座った男子学生二人の視線の先。
講義棟へ続く石畳を、一人の女子学生が歩いている。
白の長袖シャツはややオーバーサイズで、袖をラフにまくっている。
きちんと感はあるのに、どこか力が抜けた着こなし。
黒のテーパードパンツはその足の長さを強調している。
「……アルリューゼ・ヴィーニッカ、だっけ」
「そうそれ!ハーフかクォーターか分かんないけど、綺麗だよな」
「お前、ああいう子がタイプなん?まあ美人だとは思うけど、可愛げなさそうじゃない?何て言うか愛想がなさそう」
(聞こえてるっつうの)
小さくため息をつく。
背中から注がれる好奇の視線には、慣れてしまった。
それでも、そのたびにどう反応するのが正解なのかは未だに分からない。
声をかけるべきなのか、無視すべきなのか、あるいは笑顔でも返してやるべきなのか――。そのどれもがしっくりこない。だから、私は何もしない。
「おーい、アル。一緒に授業うけようぜ」
そう声をかけてきたのは、一人の女子学生だった。
短く切りそろえた髪に、ラフなパーカー。 肩から斜めにかけたスポーツバッグがやけに様になっている。
歩き方も立ち姿もどこか雑で、でも不思議と様になっている。
「今行くわ」
そう答えながら、私は自然と足取りを速めた。
彼女――春先 今宵。
PNはチュニドラ。
今宵とは小中高大と一緒の幼馴染。
「やっぱ大学っていいよな、私服オッケーなとこ」
「あんたはスカートが嫌いなだけでしょ」
「この時代にスカート強制の学校の方がおかしくない?」
「それはそうね」
今宵とは昔からこういう話をしていた。
適当な受け答えで、心地いい距離感。
「今日の一限、哲学だっけ」
「そう。あの金城」
「最悪、寝れねーじゃん」
今宵が露骨に嫌そうな顔をする。
「あんたね、授業中に寝るんじゃないわよ」
「つい最近寝坊して遅れた人に言われたくないな」
「うっ……」
そんな他愛もない会話を交わしながら、私たちは教室へと足を向けた。
授業が終わった後の帰り。
「最近GEOどうよ、『群雄』から進展あった?」
「いや……」
「まあ、そうだよな。お前が冠する者に出会って報酬まで手に入れた話をきかされた時は腰抜かしかけたのに」
「ごめん嘘、昨日ユニーククリアしたわ」
「……ユニククリアシタ?」
随分棒読みでセリフを吐き捨てる今宵。
「嘘は良くないぜアルともあろう者が……まじかあ」
「ユニークなんて私も見つけた事ないのにぃ」
今宵が項垂れている。
「で、どんなクエだったんだ?」
「よくわからなかったわ、本当に全部が唐突で予想外」
私は昨日のグリドマルドの戦闘を詳細に話した。
「……よくわかんねえな」
「それよ、よくわかんないのよ」
今宵も腕は組みながら唸っている。
「私が分かんねえって言ってるのはグリドマルドはEXクエスト【祈鐘の響き】で出て来るボスなんだよ」
「全く同じ名前、見た目で能力が違う、クエストが違う?」
「単に使いまわしって事は?」
「無いだろうな」
今宵は即答だった。
軽口のトーンが、はっきりと落ちる。
「GEOはそういう雑な再利用やらない。
特にユニーククラスは設定と役割がガチガチに決められてる」
「じゃあ何よ」
「さっぱりわかりません」
「……もういいや、ありがとう」
結局わからず終いか。
「ま、今度考察クランにでも聞いてみれば」
「じゃお願いするわ」
「自分で行け」
今宵は呆れた様子で私を見つめる。
「って言ったらいつまでも行かなそうだな。まあ私がいつかやっておくよ」




