第20話 幽かな星と深い夢
グリドマルドが呟くと同時に。
水が流れを帯び、上へ上へとのびていき。
水流の塔が幾つも立ち上がる。
轟音もなく、無数の水の刃が私へと収束してくる。
「チッ――!」
反射的に地面を蹴る。
跳躍、回転、回避。
バフがなければ間に合わなかった速度だ。
水流をかき分け、水の塔の中からグリドマルドが急襲してくる。
突き向けてくる穂先を何とか白月でとらえる。
そのまま弾き追撃を入れようとした時、影が私の手を掴んだ。
瞬時に左手で銀雷を抜き追撃を続ける。
当たったのは一、二発程度。次の瞬間グリドマルドは水の塔で姿を隠した。
影を引きちぎりながら銀雷に弾丸を込めていく。
バフのお陰か、身体の制動性がまるで違う。
動きたいように動ける、そんな感じだ。
風切り音が聞こえた、瞬間。
「うそ」
視界いっぱいに、槍が降る。
一本や二本じゃない。
水流で形作られた槍そのものの雨。
考える暇はない。
「先輩!」
叫ぶより先に、背中が熱を帯びた。
淡い光が一瞬、脊椎をなぞる
《反射反応:極限》
世界が、さらに遅くなる。
私は前へ踏み出した。
避けるのではない。抜ける。
一歩、二歩、【霞踏み】
槍の合間、隙間を縫う。何とか全てよけきると。
水面が波紋を描き、すぐに静まる。
「……マジで、反則でしょ」
ここに来て何あれ、影といい水といい自由自在すぎない?
次の瞬間、正面の水の塔が爆ぜた。
中から現れたのは、グリドマルド。
もはや司祭の面影はない。
影が鎧のように纏わりつき、
槍は光を宿して歪んでいる。
「まだ、前座だったってわけ」
「来ます!」「ええ」
水面が、悲鳴を上げるように跳ね上がる。
速い――さっきよりも!
一拍遅れて、衝撃。
白月で受けるが刃がきしみ、腕の奥まで重さが突き抜けた。
「……っ!」
純粋な、ステータス強化!?
続けざまに突き上げがくる。
左腹から右肩まで斜めに切り上げ、追撃の蹴りで私を吹き飛ばした。
《スキル【死にぞこない】発動》
HP720→HP1
私は着地後、流れる様に体勢を立て直す。
(スピードが違う感覚が狂った!でも大丈夫、修正は出来る!)
腕がふるえる。膝が笑っている。
それでも私は奴に向けて白月を突き向ける。
「――まだまだ、踊ってあげるわよ」
互いに向き合った次の瞬間。
両者が駆けだした、水面に波紋が広がっていく。
互いの武器を突き合う。
ガンッ、ガンッと大きな金属音が鳴り響く。
グリドマルドの攻撃は鋭い、的確な急所狙い。
だからこそ……読みやすい!
「【召喚】」
背後から、静かな声。
同時に、紙が裂けるような乾いた音が響いた。
マインの手元。
一枚のスクロールが、光を失いながら燃え尽きていく。
「【游狼 リュグライ】」
名が告げられた瞬間だった。
何かが、水の上に立っていた・
狼だ。だが、輪郭は曖昧。
夜色の霧を凝縮したような身体。
「切り札です、切ったからにはこれで勝って下さい!先輩」
一拍の沈黙。次の瞬間、リュグライが吠える。
「ァオォォォン―――!」
グリドマルドが私を無視しリュグライへかけだす。
私はそれを追い挟み撃ちにする。
リュグライの爪と私の白月がグリドマルドに迫る。
対し、グリドマルドは片手で影の盾を作り、リュグライの攻撃を防ぐ。
それと同時に右手に持った槍を振るってくる。
たが、片手だと単調。搔い潜り攻撃を続ける。
次第にグリドマルドの影が剥がれていった。
「もう!そろそろ倒れなさいよ!」
攻撃を続け、さらに追撃を入れようと踏み込んだ瞬間。
水の槍が、飛翔する。
一つ、二つ――いや、十を超える。
水面から次々と、私めがけて放たれる。
回避で手いっぱいになる私とリュグライに矛先を向けるグリドマルド。
五、六と槍を避けている間に滅多刺しにされていくリュグライ。
ここで攻め手を失うのは本当に不味い。
まだ槍は残っているがそんな事を気にしていられない奴の方向へ肉薄する。
奴の懐へと、無理やり踏み込む。
水槍が肩を掠め、傷を置いていくが構わない。
白月を横薙ぎに振るう。
影の装甲が、布を裂くように剥がれ落ちる。
「――ッ!」
手応え。確実に削れている。
続けざまに踏み込み、もう一撃。
斬撃が影を引き剥がし、最後の装甲が霧散した。
グリドマルドの身体を覆っていた闇が、完全に消える。
だが――「ァ――」
正面で、声にならない音がした。
リュグライだ。
水の槍が、霧の身体を何本も貫いている。
その輪郭が、崩れるように揺らぎ、薄れていく。
私の攻撃を受けてなお、攻め手を減らす事を選んだ!
グリドマルドは、ゆっくりとこちらを向いた。
影の装甲はない。
だがその瞳には、微塵の焦りもない。
影の装甲は剥がした。今なら、通るはずだ。
でも、私もどうせ一撃で死ぬ。
お互いに一撃食らえばアウトのデスマッチ。
グリドマルドが、動く。鋭い突き。
私は――それを、紙一重で躱した。
白月を突き出す。影はもうない、槍で受けられる。
硬い感触。刃は、弾かれた。
「……なっ」
もう一度、間合いを変えて斬る。
何をしても通らない。
グリドマルドは、私の攻撃そのものを――
完全に理解している。
すべてを読んだ上で、最小限の動きで弾いている。
「学習……っ」
私の攻撃の手を完全に覚えやがったんだ。
水の槍が再び生まれ、水面に影を落とす。
数は少ない。だが、さっきよりも明確に――殺しに来ている。
回避。だが、ギリギリだ。
何とか【瞬影】を発動、視界に映るはグリドマルド。
踏み込み斬撃!
だが、槍に防がれる。一度しか見せて無いのにこれも学習してた。
通らない……。
もう、諦めかけながら追撃を仕掛けようとした時。
背後で、ほんのわずかに空気が動く。
「……先輩」
マインの声。そして姿。
静かで、震えていない。ゆっくりと私の前に出た。
だが、その声色だけで分かる。
考えが、ある。
グリドマルドの視線が――
初めて、マインを捉える。
〘マインの装備。【黒子の護宝】装備者は、エネミーに対して
「直接的な干渉」を行わない限り、攻撃・ヘイト対象として認識されない。
ただ、効果失効後、装備者は通常のヘイト計算に従い、
敵対存在から優先的に狙われる可能性が高い〙
刹那。
マインの手が、かすかに光る。
その手でグリドマルドを攻撃した。
致命傷になんてなるはずもない、カスダメージ。
だが、それで十分だった。
グリドマルドの思考が、一瞬だけ、ズレた。
「!」
次の瞬間、マインの身体に幾つもの穴が開く。
けれどその隙は――
私にとって、致命的に十分だった。
腕に力を込める。
「——— 威間 」
繰り出されるその一撃は確かに、
グリドマルドの心臓に、風穴を開けた。
グリドマルドの身体が黒い煙になって消えていく。
『……我は、果たせなかった』
『主よ……今、向かい……』
鐘の音が、消えた。
《ユニーククエスト『幽星と深夢』をクリアしました》




