第19話 夢の果てで巫女と出会えば
アルヴィが知らないであろうことを
〘 〙この鍵括弧で話すのはゲーム外のナレーションだと思って下さい。
そしてヴァルケインの宿屋で眼を覚ます、そのはずなのに。
視点が切り替わった。
《クエスト進行中》
「……ここに、私以外がいるのを見るのは初めてですね」
落ち着いた声だった。
静かで、感情の起伏が少ない――だが、状況を完全に把握している声。
「ってやられましたか」
『今宵は来訪者が多い』
「問題は無いはずでは、私には星に縁とやらある様ですし」
淡々と、断定するように言う。
ネームタグに書いてある名は〈 マイン 〉
〘上位層なら知らないプレイヤーはいない。
ゲーム内において一人しか存在できないユニークジョブの保持者。
そのジョブは【命黎巫女】〙
マインが静かに魔導書を開くと。
足元に、回転する淡い光の紋様が浮かび上がった。
下から上へ。
時間を巻き戻すように、世界が逆流を始める。
「――【天地返す逆流】」
流れが反転した。
鼓動が――逆に打つ。
一拍、空白。
次の瞬間、強引に叩き起こされる感覚。
HP0 → HP1
「……っ、気もっちわる……」
内臓を天地逆さに振り回されたみたいな感覚に、思わず悪態が漏れた。
「起きましたか……って先輩?」
先輩?
それより辻ヒール、いや蘇生。
このゲームの蘇生って滅茶苦茶貴重だって聞いた事があるんだけど。
それを見ず知らずの私に使った? この人、何者?
「誰?」
訳も分からずそう呟くと、明らかにショックを受けていた。
「落ち着きましょう、そもそも現実とは違う姿分かるわけないんです、でも声は同じですよね……」
何かブツブツ言ってる。怖い。
「え、えーと」
確かにどこか聞いた事のある声だ。
『資格ある者よ、そこの異邦人を庇うというのなら貴様も敵対せねばならない』
グリドマルドはマインに槍を突きつけた。
それに対しマインは少し驚いた様子だ。
「進んだ?こんな事……」
何か一人で納得している。
「……すいません、先輩。協力してください」
そう私に向けて言った。
「はい?」
「私は一人じゃほぼ戦えません、サポートするので戦って下さい」
仕方ない、状況は読み込めないけど。
リベンジチャンスが出来た。
ただあるがままに現実を受け入れて私は、戦いを続ける。
「……後々詳しく話しましょう、一度死んだ私が言える者じゃないけど」
「死なないでよ、私蘇生手段なんか持ってないからね」
「はい。最善を尽くします。
それと私も、もう持ってないんで死なないでください」
即答だった。
迷いがない……この子、確かにどこかで。
マインは私の背後に一歩下がり、魔導書を胸元で抱える。
同時に、空気がわずかに張り詰めた。
――重ね掛けだ。
淡い光が幾重にも私の身体を包む。
視界の端に、次々とログが流れた。
《攻撃力上昇(大)》《反射反応》
《被ダメージ軽減(大)》《HP自然回復:極》
《加速力補助(大)》《幸運増加:(大)》
《聖結界:中》《不屈の意志》
《状態異常耐性:(大)》《精神安定》
これだけのバフ。
一人じゃ戦えないとか言いながら、とんでもない支援力してるじゃない……。
淡い光が収束し、身体の芯に沈んだ瞬間――
世界が、少しだけ遅くなった。
「……なにこれ」
視界がすんだ、息を吸う。
肺に入る空気がやけに軽い。
足先まで神経が張り詰め、地面の震えすら手に取るように分かる。
グリドマルドが、こちらを見据えていた。
先ほどまでと変わらぬ無表情。
だが、わずかに――槍の構えが変わった。
『愚かだな、過ちを繰り返すか』
「いいえ、人は学ぶのよ」
戦闘再開だ。
グリドマルドは素早く突撃してくる。
槍を振りかぶり、横薙ぎに振ってくる。
明らかにさっきよりも見える。
これがバフの恩恵か。
私はそれを冷静に躱し、カウンターを繰り出す。
踏み込みは深い。
だがグリドマルドは最小限の動作で身を翻し、致命的な一撃を許さない。
達人芸、こいつを言い表すのにこれ以上に相応しい言葉はない。
更に私の攻撃を学習しているな。
突如鐘の音が響くと同時にグリドマルドが姿を消す。
再度、周囲を一瞥し位置を確認。
「後ろでしょ」
私は迷いもせず、真後ろに刀を突き立てた。
刃が突き刺さる感触が手に伝わる。
『……』
「焦った?随分読みやすかったわよ」
グリドマルドはすぐにバックステップで距離を取る。
そして次の瞬間、世界が凍り付いた。
音が消える。
風も、水面の揺らぎも、すべてが静止する。
【SYSTEM】
【――BOSS PHASE TRANSITION】
視界の端に、淡い文字が浮かび上がる。
身体が、動かない。
『……果さねばならない、役割』
『消してはならぬ、使命』
『満たせぬ……ならば、我もまた、果てるのみ』
その声は、独り言に似ていた。
決して抗えない力によって、突き動かされる者の声だ。
『星よ……主との盟約を果たす。そのための力を我に与え下さい』
グリドマルドの頭上。
静止した夜空の奥、坂巻く星々の一つが、ゆっくりと歪んだ。
星が、涙を流す。
淡く青白い雫が、落ちてくる。
雫は、グリドマルドの額に触れた。
――溶ける。
音もなく、光だけが沈み込み、次の瞬間。
カァン……ッ!
鐘の音が、今までとは明らかに違う響きで鳴った。
金属音ではない。儀式の終端を告げる音。
グリドマルドの身体から、影が噴き出す。
『星の夢を邪魔する者どもよ』
『代償を払え、死を持って』




