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第17話 夜に栄える悪巧み

そして、十九時――

会場となった《ヴァルケイン大競技場》の扉が、無言で開かれた。

夕暮れと共に、街の空気が一段階重くなった。

オークション会場は、市場区画の中央に設けられた円形広場。

壇上と、その周囲を囲む観覧席。

警備用のNPCが等間隔に配置されている。


「……圧」


集まっている顔ぶれが、明らかに違う。

軽装のソロや物見遊山のプレイヤーは端へ追いやられ、

中央に陣取っているのは、揃いの装備と紋章を持つ連中。

クラン。しかも、全部強そう。


見ただけでレベルの違う装備だってわかる。

私は後方、視界が通る位置に腰を下ろした。

買う気はない、当然金も無いのだから。

やがて、司会役が声を張り上げる。


「――それでは、オークションを開始いたします!」


最初は、普通の品だった。

中級装備。希少鉱石。レア消耗品。

競りは起きるが、どこか様子見。

皆、分かっている。本命は、最後だ。

時間が進むにつれ、会場のざわめきが変質していく。

空気が乾き、視線が鋭くなる。

そして――


「次が、最終出品となります」


その一言で、完全に静まった。


「【階級:冠】素材――

【群雄の鏡鱗】!」


布が払われ、台座の上に現れたそれ。

鈍い光沢。

鏡のように歪んだ表面。

見ているだけで、胸の奥がざわつく。

開始価格が告げられる。


「スタートは――10万ダール!」

即座に声が飛ぶ。

「15万!」「20万!」「30万!」

テンポが早い。

小競り合いの段階は、一瞬で通り過ぎた。

「50万」「70万」「100万!」

数字が跳ねるたび、周囲が息を呑む。

――そして。


「400万ダール」


空気が、止まった。

声の主は、正面中央。

黒地に金の紋章。

浮かび上がるクラン名『アークレガリア』


「何でアークレガリアが?拠点はルミナスにあるんだろ?」

横のプレイヤーの話声が聞こえてきた。


「アークレガリアは各地に仮拠点を展開してるらしいから、そのうちの一つなんじゃ

ない?」

その直後、誰かが声を上げる。


「よ、450万ダール」


「600万ダール」


誰かが必死で出したであろうその値札をすぐにひっくり返す。

どれだけ余裕があるんでしょうね。少し分けて欲しい位だ。

そう言えば今売られているものと同じものを持っているんだった。


「600万ダール、他にはおりませんか!?」

――返答なし。

「……600万ダールで、落札!」


拍手もなく。

歓声もなく。

ただ、静寂の中に、落札の鐘だけが響いた。

その瞬間、アークレガリアのメンバーたちがわずかに肩を揺らし、互いに視線を交わす。


私の所持金の何倍だろうか……これを売ればという考えを振るい落とす。

手に入れようと躍起になっていたプレイヤー達の目は完全に据わっており、いつ戦争が始まってもおかしくない状況だ。これで出て行ったらどうなるかなんて予想もしたくない。


会場を出ると、喧騒が一段と濃くなっていた。

競り負けたプレイヤーたちが、悔しさと熱意を撒き散らしながら各々のクランへ戻っていく。私も早々に立ち去ろうとした、その時――

背後から、微かな違和感が走った。

視線。——見られてる?


バレたことが分かったのか視線の主はこちらへ近づいてくる。

逃げようかと考えているとすぐに声をかけられた。


「少し、待ってくれませんか」

男の声。低く、抑制された音。


「前に私達のクランが、事情も伝えず貴方に迷惑をかけたみたいで」

振り返る。そこに立っていたのは、アークレガリアの紋章を胸に刻んだ男だった。

装備の質が違う。圧倒的に高レベルのプレイヤーだ。



「……心当たりがないわね」

私は肩をすくめ、距離を詰めさせないまま返す。


男は一瞬だけ視線を泳がせ、すぐに言葉を発する。


「レーヴェンでの件です」

「話をきいただけですが、あれは失礼しました」


やっぱり群雄の件。また逃げる?

いや、それでこじれて面倒な事になるよりここで釘を刺しておこう。


「それで、謝罪?それとも、確認?」


男は、薄く笑った。


「どちらも、ですね」

「まずは非礼をお詫びします」


そう言って、形式的に一礼する。

だが、姿勢は崩さない。


「次に、確認です」

「あなた――《群雄》と交戦しましたね?」


その言葉を即座に否定しようとしたがそれよりも早く男が口を開く。


「私達は情報を持っている。あの時貴方が群雄と戦闘した事は知っています」


「……そう、でも一つ訂正。戦闘じゃないわ、蹂躙よ」


私は目を逸らさず言った。


「で、情報を持っているならどうして私に接触してきたの。知りたい事は知ってるんでしょ」


男は数秒沈黙し、小さく息をついて口を開いた。


「シーアッシュプが追跡したグループの生存者三名の内二人に話をききました」

「私達が知りたいのは『先導者』それと【英雄決断】の二つです」


……はあ、失敗した。

所詮赤の他人だ、一緒に生き伸びた仲とは言え利益の為なら売られる。

当たり前ね。


「用は貴方のビルドと【英雄決断】の詳細が知りたいんです」


「……報酬は?」


私の問いに、男は即答しなかった。

ほんの一瞬、だが確実に――計算している。


「金、あるいは、情報」

「装備の提供、クエストの紹介、保護契約」

「アークレガリアが提供できる範囲で、可能な限り」


……随分と並べる。


「ずいぶん大盤振る舞いね」


私は軽く鼻で笑う。


「痛手にもなりませんからね」


男は淡々と返す。



「悪くないわ、乗ってあげる」

「報酬は100万ダール、レベル上げに最適なクエスト。そしてこれが終わったら二度

と私に関わらない事」


男は目を細めた。


「ずいぶん割高に感じますが……良いでしょう」


「話が早くて助かるわ」


私は腕を組み、壁に背を預ける。


「じゃあ用意が出来たらまた会いましょう。空いている日は?」


「んー10分後でいかがでしょう?」


私は目を瞬かせ、男を見上げた。

これが最上位クランの余裕か。アークレガリア舐めてたわ。


「……行動派ね」


「準備が良いだけですよ。報酬はすでに用意しています」

男は微笑を浮かべながら、さりげなく周囲を一瞥する。

「では、続きはアークレガリアの仮拠点で」


★


説明を終えたあと、部屋に沈黙が落ちた。

伝えたのは【英雄決断】の『能力』とクールタイム。それと私のビルドの方向性、あの時の行動。

さっきまで余裕の笑みを浮かべていた男は、もう笑っていない。

隣にいた別のクランメンバーが、無意識に息を呑むのが分かった。


「……なるほど」


絞り出すような声。


「随分抽象的ですね、でも嘘はついていない様子」


「信じるか信じないかはどうでもいいわ、やる事はやったもの」


私は肩をすくめてから、窓の外を見た。


「で?用は済んだ?」

男はしばらく黙ったあと、低い声で答えた。


「はい」

私はそれだけ聞いて、立ち上がった。


「じゃあ、報酬頂戴。忘れてないわよね?」

「……もちろんです」


そう言って、男はウィンドウを開くと、すぐに私に100万ダールとクエストのギフトを送ってきた。


「あら、手際がいいじゃない」


私は念のためギフトの中身を確認する。


「……これなら悪くなさそうね」


内容に問題が無いことを確認するとウィンドウを閉じ男の方へ向きなおる。

「それと」


「分かっていますよ今後、あなたへの直接的な接触は控えます」


「よろしい」

私は軽く頷き、そのまま部屋を出た。

これ以降、面倒な詮索も干渉もない。

いや、所詮口約束守られる道理もないか……。

そう思いながらもクエストに書かれた場所を目的地に設定した。


扉が完全に閉まったのを確認してから、

男はゆっくりと腕を組み直した。


「【英雄決断】……予想以上に群雄は進んでいるよう」


男は小さく笑う。


「もしかしたら、新たな台風の目になるかもしれない」

その声は、どこか楽しげでもあった。


「台風の目というより、爆弾ですよ」

男は視線を落とし、ゆっくりと言った。


「確かに、我々も用心しましょう。あの人物には」



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