第16話 影と英雄
「はぁ~あ……」
レーヴェンから少し離れたダンジョン、《黒曜樹林》。
薄闇に沈んだ広葉樹の密林で、岩と根が複雑に絡み合い、足元は苔と泥で最悪だ。
自然光はほとんど届かず、霧も出やすい。
視界は狭く、マップの信用度も低い。
――要するに、性格が悪い。
難易度が高いというより、嫌がらせに近い設計。
敵は無駄に機敏で、無駄に賢く、無駄に待つ。
プレイヤーの判断力より、忍耐力を削りに来るタイプのダンジョンだ。
そんな場所で、私は木にもたれて座り込んでいた。
理由は単純。
「……『群雄』関係のプレイヤー、多すぎ」
レーヴェンで広まった噂は、街の外にまで漏れ出していた。
結果、群雄にまつわる情報を求めるプレイヤーが周辺エリアに集中。
近場の狩場はどこも探索目的の人だらけ。
狩りどころじゃない。
「人はいないんだけど……」
レーヴェン周辺で、まともにレベリングできる場所は限られている。
敬遠されがちなここ《黒曜樹林》は、逆に狙い目だと思った。
――思ったんだけど。
「単純に、めんどくさい」
罠。索敵。待ち伏せ。
どこから来るか分からない敵。
集中力を削られ続ける。
効率は悪くない、だけど。
精神コストが高すぎる。
「2レベ上げてこの疲労感、嫌になるわよ」
そう呟いた瞬間、木々の間から気配が走った。
湿った空気を裂くように、草が揺れる。
私は銀雷を構え、放つ。
「もう飽きたわ、その奇襲」
炸裂音と共に、蒼白い雷光が霧を引き裂いた。
次の瞬間、
木陰から飛び出しかけていた影が、悲鳴も上げずに弾け飛ぶ。
《ウッドストーカー 撃破》
「……ほらね」
私は小さく息を吐く。
銀雷を使った感触は、想像以上にいい。
反動は軽く、照準のブレも最小限。
命中した瞬間、雷が対象に噛みつくような追加ダメージが乗っている。
「いい仕事するわね」
右手の【白月】に触れ、軽く構えてみる。
「あんたの魂もね、有効活用させてもらってるわよ」
もちろん、誰も返事しない。
「待ってなさいシーアッシュプ!
待ってなさいアルタラ!
私が来たって事を、その目に焼き付けてやるわ!」
★
それから、数日。
私は《黒曜樹林》に籠もり続けたわけじゃない。
何日もあの性格の悪い森に付き合うほど、私は苦労好きじゃない。
ある程度レベルが上がれば、ここレーヴェンにこだわる必要もない。
むしろ、噂が広まりきった今は離れた方が安全だ。
私は次の街へと目的地を設定し、周辺の狩場を転々とした。
――交易都市。
レーヴェンから街道を二つ越えた先。
学術区画と大規模市場を併せ持つ、中継型の都市だ。
「よし、行きましょうか」
《赤砂の回廊》
射線が通り、隠れる場所が少ない峡谷。
遠距離型の魔物が多く、事故率は高い。
「……面倒な構成ね」
だから、正面からは行かない。
地形を一周して、背後を取る。
索敵範囲に入った瞬間、銀雷を撃つ。
一体。
二体。
距離を詰めてきた個体だけを、白月で処理する。
戦闘は短く、静かだった。
《薄霧湿原》
視界不良、毒、持続デバフ。
初心者殺しの典型。
「耐久を見る場所じゃないわね」
無駄な戦闘は避け、
狙った個体だけを切り取る。
毒を受けても、必要な分だけ回復。
HPは常に死なないラインに保つ。
それ以上も、それ以下も要らない。
《風断ち丘陵》
強風で弾道が乱れる地帯。
「遠距離殺し」
銀雷は使わない。
白月だけで十分だ。
踏み込み、斬る。
それだけ。
★
この数日間でレベルも上がったし、スキルポイントもたまった。
ヴァルケインに着いたら、じっくりビルドを考えましょうかね。
街道を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
石壁。塔。そして、無数の人影。
《交易都市ヴァルケイン》に到着。
「……うわ」
思わず声が漏れる。
レーヴェンとは密度が違う。
人、人、人。
NPCだけじゃない、プレイヤーも多い。
露店が並び、荷車が行き交い、その活発さがうかがえる。
武具屋。情報屋。雑貨屋。
それに何より多いのは旗……多くのクランの拠点になっているようだ。
色も形も紋章もバラバラ。
街の至る所に掲げられ、
それぞれが「ここは俺たちの場所だ」と主張している。
「……なるほど」
ヴァルケインが交易都市と呼ばれる理由が、肌で分かる。
クラン活動、交流、情報流通。
ここはそのための要衝だ。
私は正面の大門を抜け、大通りをまっすぐ進んだ。
石畳は整備され、
屋台の隙間をNPCが忙しそうに行き交っている。
「……情報量が多い」
視界も、聴覚も、思考も。
全部が一気に埋められていく感覚。
レーヴェンは落ち着いた街だった。
冒険者は多いけれど、皆どこか自分のことで精一杯だった。
でも、ここは違う。
視線が交差する。
装備を値踏みする目。
ネームタグを確認する仕草。
強さ、役割、所属――瞬時に測られる。
レーヴェンを個の街だとするなら、
ここは集団の街。
街中に張り巡らされた縄張りを感じる。
「下手な動きしたら、何されるか分からないわ」
私は一瞬だけ苦笑して、再び歩き出した。
「とりあえずは、宿ね」
露店を避け、人の流れを外しながら大通りを抜け、
目についた宿屋に入った。
軋む扉を閉めると、外の喧噪が一気に遠ざかった。
「ふぅ……ようやく落ち着けた」
誰にも目のつかない場所。
回復だけじゃない、宿屋の意味を感じた瞬間だった。
ようやく落ち着いたところで、
楽しい楽しいポイント振りの時間。
まずはステータスウィンドウを開き、
未開放状態のスキルを全て並べて吟味する。
新しいスキルに目移りしてしまうけど……。
【剣術】と【射撃術】
基本は大事。
ここは絶対外さない。
勢いのまま、両方レベルは8くらいにしておこう。
《『剣術』:Lv8》
《『射撃術』:Lv8》
後は……
《『回避』:Lv4》
《【集中】》
一定時間、スタミナ消費率減少。
同時に攻撃力上昇【小】。
残りポイントを確認し、最後に一つ――
新規取得可能スキルの一覧へ。
そこで、目が止まった。
《【瞬影】》
詳細を開く。
【瞬影】
発動した瞬間、使用者の身体が半透明化。
影の残像を置いて、指定方向へ瞬間的に移動する。
ただし、この影に攻撃が当たらなかった場合、スキルは失敗。
成功時、敵のヘイトが一瞬途切れる。
「ずいぶん癖のありそうな……」
単なる回避スキルじゃない。
攻撃を誘う前提。
リスクは高い。
でも―—
私は、無意識にあのスキルを思い浮かべていた。
【英雄決断】
必要なのは、
・確実に攻撃を引き出すこと
・一瞬だけ当たらないこと
・その直後に、攻撃を叩き込める位置取り
このスキルは噛み合ってる、
瞬影で影を置く。
敵はそれを本体と誤認して攻撃する。
それが回避判定になる。
しかも、成功すればヘイトが一瞬切れる。
――その隙に攻撃は通る。
失敗すれば、ただの無防備な間抜けを晒すだけ。
「だからこそ……相応しい相手用、ね」
私は迷わずポイントを振った。
《【瞬影】》
ステータスウィンドウを閉じる。
「……よし」
完成形ではない。
でも、方向性ははっきりした。
私が取る道は――
回避を前提にした、超攻撃特化。
ダメージを受けたら負け。だけど、躱せれば刺し殺せる。
「楽しめそうね、ここからも」
宿屋で少し休み、再び街に出る。
宿屋を出ると、外は相変わらずの活気に包まれていた。
「いや……人多くない?」
NPCじゃないプレイヤーが多すぎる。
その理由は騒音の方を向けばすぐにでも分かった。
大通りの向こう側。
人だかりの中心に貼られた張り紙。
紙自体は安っぽい。
だが、そこに書かれた文字だけが異様に目を引いた。
【本日 19:00 開催】
公開オークション
目玉出品――【階級:冠】
素材【群雄の鏡鱗】
「……そりゃ、人も集まるわけ」
群雄の鏡鱗、あの二人の内のどっちかが手放したか。
それか生き延びた全員が貰っていたのか。
どちらにせよ私にはあまり関係のない話だ、もう既に持っている物だし。
ただそれでも当然気になる、一度オークションの雰囲気も見てみたかった。
期待に胸を膨らませながら夕暮れ時を待った。




