第15話 落雷、銀と共に
あれから私は町を散策していたが、案外何もなかった。
ただ、行きたい工房は結局見つからない。
……そう思っていたとき。
「……ん?」
肩に手を置かれた。
反射的に振り向くと、そこには見覚えのない男性がいた。
服装は革と金属を組み合わせた軽装――斥候系かな?
「やっと見つけた……アルヴィさんですよね?」
その声色に、明らかな安堵と緊張が混じっていた。
「群雄の事で聞きたい事があるんですが……」
「知りません!」
即答した。
「えっ?」
「私から話すことはないわよ、じゃ」
そう言ってそそくさと走り出す。
「ちょ、待って! ちょっとだけでいいから、少しだけ!俺が怒られるんですよ」
そう言って追ってくる男。私は全力疾走で逃げる。
【帰還の紋章】……いや、まだレーヴェンですることがあるしまた二時間かけてくるのはごめんだ。
「何?ストーカー、みっともないわよ」
「人聞きの悪いこと言わないでください!」
背後から必死な声が飛んでくる。
私は群衆へ飛び込み、全力で地面を蹴る。
「速っ……!」
男の声に、焦りが混じった。
……でも、正直に言えば。
純粋な速度では負けている。
スキルが使えない市街地では、純粋なステータスだけが物を言う。
AGIもスタミナも総量で負けている。直線は悪手。理解した瞬間、次の選択は反射より速く出た。
「捕まえるのは、別の話ね」
強がって吐いた台詞とは裏腹に、私は胃が冷えたままだ。
私は左へ急旋回し、細い横道へ飛び込んだ。
露店通りとは違い、人は少なく、代わりに木箱・縄・樽・積まれた荷車。動線は迷路のように複雑。
逃げるには最高。追うには地獄。
「っ、そっちか!」
背後から足音。
距離は詰まっている。
やっぱり速い。素のステータス差は誤魔化しきれない。
(正面勝負は論外)
私は木箱を蹴って跳び、壁に手をかけ、そのまま屋根へと登った。
「は――!?」
下から驚愕の声。
だが――
「……ちっ!」
男も遅れて跳ぶ。
無理やりに壁をよじ登り追ってくる。
これで追ってくるあたり、レベルの暴力だ。
「しつこい男は嫌われるわよ」
「初対面に言われたくない……!」
屋根の上を走る。
瓦、鉄板、煤で滑りやすい木材。
足場は最悪だけど、動線は自由。
私は屋根の縁を踏み切り、隣の建物へ跳躍。
着地と同時に前転し、勢いを殺す。
(懐かしい……前世でもやったわこういうこと)
追っていた男が目を剥く。
さらに梯子を使わず、壁の凹凸を利用して降下。
私は路地へ戻り、即座に進路を変更。
同じルートは二度使わない。
追ってくる気配は、まだある。
でも距離は広がっている。
視界の端に、ある看板が映った。
煤で汚れ、年季の入った木製看板。
刻まれた文字は――
《黒炉の工房》
窓はなく、扉も分厚い。
営業中を示す札が、無言で掛けられている。
(……ここだ)
工房。
人の出入りが少なく、音も外に漏れにくい。
隠れるには、最適。
私は迷わず扉を押し開け、滑り込むように中へ入り、すぐに閉めた。
薄暗い店内。
炉の残り香と、鉄と油の混じった匂い。
カウンターの向こうに立っていたのは、やけに目つきの悪い大男だった。
片目に古傷、指は太く節張っている。
「いらっしゃい」
低く、ぶっきらぼうな声。
「匿って。追われてる」
私はそのままカウンター下へ飛び込んだ。
礼儀より速度優先。説明も不要。
必要なのは結果だけ。
「……はは。なんだそりゃあ」
店主は口角だけ上げて笑った。
だが声に熱はない。
代わりに、火種のような興味だけが宿っている。
扉が再び開く。
「すみません! 女の子を追っていて――!」
「うるせえ。店で叫ぶ奴は叩き出すって決めてんだ。客じゃないなら帰れ」
声音が、地鳴りのように落ちた。
宣言でもスキルでもない。
ただの職人の圧。それだけで場を支配する人間。
「い、いえ、少しだけ――!」
「イラつかせるなよ」
男はそれ以上言えず、震える息だけを残して扉を閉めた。
足音が、遠ざかっていく。
「行ったぜ」
私は這い出て、埃を払う。
「ありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。で?」
店主は指でカウンターを叩いた。
「何か買えよ。それが礼ってもんだろ。
まさかタダで逃げ込んで終わりじゃねえよな?」
カウンターに肘をつき、じっとこちらを見る。
私は周囲を見渡した。
壁に並ぶ金床、鎮座する武器、整然と並んだ工具、黒く焼けた炉。
「……いい工房ね」
「だろ」
店主は鼻で笑った。
「ここは《黒炉の工房》腕に関しちゃ間違いねえよ」
私は、ゆっくりと息を吐いた。
私は、カウンターに肘をついて一息ついた。
「丁度いいわ。装備を見てもらえる所を探してたの」
「ほう?」
店主は低く喉を鳴らし、顎で続きを促す。
「購入も考えてる。でも――今使ってる武器、気に入ってるの」
「なるほどな。じゃあまずはそれを出せ」
私は腰の鞘から【白月】を抜き、音を立てないよう静かに置いた。
刃が露わになった瞬間、店主の目つきが変わる。
軽く息を吸い、刃先を指でなぞるでもなく、ただ見る。
……長い。
「随分、手のかかった剣だ」
それだけ言って、鞘から完全に引き抜いた。
「装飾は最小限、芯材は二層……いや三層か。作った奴、相当な偏屈だな」
褒め言葉なのは、声色で分かった。
「強化はできる?」
「できるさ。ただし――」
店主は刃を戻し、私を真っ直ぐ見る。
「今やる意味は薄い。金は食うし、伸び代も殺す」
「いくら?」
「工賃だけで四十万ダール。素材込みなら倍だ」
私は一瞬だけ眉を上げた。
「……耐久だけ戻して」
「ああ」
即答だった。
「こいつは良い刀だぜ。EX産だろ」
私は小さく頷き、次に腰のホルスターへ手を伸ばす。
「それと、銃。作れる?」
「問題ない、種類は?」
「リボルバー……ヴォルグレイドの素材で行けるのなら」
私は素材を一つずつ並べた。
雷角、黒鉄の破片、残雷結晶、毛皮。
店主は黙って確認し、最後に雷角を手に取ったところで、わずかに指を止めた。
「……なるほど」
それ以上は言わない。
「設計は任せるか?」
「ええ。性能優先で」
「なら話は早い」
店主は素材を引き寄せ、工具台へ向かう……前に呼び止めた。
「それと……これを見て欲しいのだけれど」
そう言って取り出したのは【群雄の鏡鱗】
店主の動きが、ぴたりと止まった。
「……まじか」
【群雄の鏡鱗】を一目見た瞬間、
さっきまで素材を弄っていた指が、わずかに緊張を帯びる。
受け取るわけでもなく、
しかし視線は完全にそこへ釘付けだった。
「触っていいか?」
「ええ」
短く答えると、店主はようやくそれを指で挟み上げた。
「【階級:冠】……『冠する者』の素材、実物を見たのは初めてだ。昨日からずっと噂されていた【群雄】の素材。なるほどな、お前が生存者か」
店主の問いかけに、私は少し考える。
「詮索は無しよ、面倒なのはごめんこうむるわ」
「わーったよ、詮索はなしだ」
店主は溜息混じりに【群雄の鏡鱗】をテーブルに戻した。
「使える?」
「一個じゃ無理だ」
即答。
「強化の足しにはなるが、今やる意味はねえ。
売る気がねえねら持っとけ」
私は迷わず頷く。
「そうする」
鱗をしまうと、店主はようやく息を吐いた。
「銃は二十分。剣の耐久もその間に戻す」
「早いわね」
「そうか?むしろこんなもんだと思うが」
私は工房を見渡す。
私は【群雄の鏡鱗】を収納し、カウンターから離れた。
20分……他の装備を見ていればすぐね。
「じゃあ、出来上がりを楽しみにしてるわ」
「期待されると、燃える性分でな」
私は工房の奥へ視線を向けながら、静かに息を吐いた。
――どうやら、当たりを引いたらしい。
二十分後、工房の奥から微かな金属音が止む。
「終わったぞ」
その声とともに、カウンターの上に鞘付きの刀が戻された。
「やっぱりGEOの鍛造は良い……」
なぜか語りだした店主に「さっさと本命を出せ」と圧力をかけると黙った。
そして――
次に置かれたのは、新たな銃だった。
その質感に思わず目を細める。
「……これは」
「【銀雷】そう名付けた」
短く、しかし誇りを隠さない声音。
店主はリボルバーを指先でくるりと回し、カウンターに静かに置いた。
黒鉄を基調としたフレームに、雷角獣の角を削り出した白灰色のグリップ。
シリンダーの継ぎ目には、淡く光る蒼白の紋が走っている。
「ヴォルグレイドの角を核にしてる。
撃つたびに雷属性を帯びる……ってより、撃つ行為そのものが放電だな」
私は頷き、右手に構えてみる。
滑らかな握り心地。
重心の位置も申し分ない。
「いいわね」
店主の視線が、半笑いに歪んでいる。
「なにより、その顔。気に入ってもらえたようで何よりだ」
私は弾を込め、引き金に軽く指を沿わせた。
これは、使える。
私は【銀雷】をホルスターに収め、【白月】を腰へ佩く。
その場で軽く体重を乗せて、重心の変化を確かめた。
……問題なし。
「支払いは?」
「8万ダール、全部まとめてな」
今現在の手持ちは12万ダールほど。まあ許容範囲。
そう答えつつ、ウィンドウを操作して支払いを完了する。
「毎度」
「気に入った。また何かあれば来るわ」
踵を返しかけた、そのとき。
「……なあ」
低い声が、背中を止めた。
「一つだけ聞いていいか」
私は振り返る。
「昨日、あれと出会って――どう思った」
一瞬、答えを切り捨てようとした。
「詮索は無し」で終わらせることもできた。
……でも。
「詮索は……まあいいわ」
そう前置いて、私は一度息を吐いた。
「正直に言うとね」
「勝てるなんて、これっぽっちも思ってない」
店主は口を挟まない。ただ、黙って聞いている。
「でも腹は立ったわ」
「努力も、工夫も、全部まとめて無意味だって言われた気がして」
視線を落とし、拳を軽く握る。
「だから――」
「いつか、その余裕に満ちた鼻っ柱を、真正面からへし折る」
言い切った瞬間、工房の空気が静かに張り詰めた。
数秒の沈黙。
そして――
「……はは」
店主が、口角だけを上げて笑った。
「いいな、それ」
彼は腕を組み、私を見下ろす。
そして、少しだけ声を落とした。
「気に入ったぜ、あんた」
「俺の名前はフェルグ。また来い。武器でも、なんでもな」
「縁ができたってことで」
私は一瞬だけ迷ってから、軽く肩をすくめた。
「……高くつく縁じゃないでしょうね」
「さあな、だが悪いもんじゃねえ」
工房の扉に手をかける。
「じゃあ、また」
「ああ。次は追われてから逃げ込むなよ」
「善処するわ」
そう言い残して、私は外へ出た。
煤の匂いと、町の喧騒が一気に押し寄せる。




