第14話 名の立つ英雄。その牙を研ぐ
王都ルミナス。
一般プレイヤー立ち入り不可、最上層区画。
ゲーム内でも存在を知る者が限られる会議室に、静かな光が満ちていた。
白を基調とした簡素な円卓。その周囲に集うのは、最上位クラン『アークレガリア』の幹部たち。
現環境トップに君臨する巨大クラン。
その頂点に立つクランマスター、ユリシア=フェルノートは、報告を終えたクランメンバーの言葉を最後まで聞き切ると――
指を一度だけ、卓に落とした。
「……これで『群雄』の目撃報告は三度目かー」
軽い口調とは裏腹に、室内の空気がわずかに引き締まる。
「最初は山岳地帯。二度目は森林奥。三度目は、炭鉱都市レーヴェン近郊」
「いずれも、出現前に周囲にプレイヤーが集まっていたそうです」
卓上に浮かぶ報告書を、ユリシアは指先でなぞるようにスクロールさせていく。
「突発レイド、ステータスの平均化。水と風の攻撃」
「……前の二回と同じ、だね」
そう言い切った直後、
報告役のメンバーが、わずかに言葉を選ぶようにして口を開いた。
「……ただし、今回は例外があります」
「『群雄』が、プレイヤーに対して会話を行ったとのことです」
その瞬間、
ユリシアの指が、ほんの一瞬だけ止まった。
「……会話、ね」
誰も口を挟まない。
この場にいる全員が、その沈黙の意味を理解していた。
「挑発……とは違うみたいだね」
「確認、あるいは……選別、かな」
彼女は椅子にもたれ、天井を仰ぐ。
「今回、前二回が全滅だったのに対し――」
報告役が続ける。
「プレイヤー側は一部生存。シーアッシュプは撤退しています」
その言葉が落ちた瞬間、
会議室の空気が、目に見えないほどわずかに張り詰めた。
「……撤退、か」
ユリシアはゆっくりと視線を戻す。
「つまり今回は、殲滅が目的じゃなかった」
「いや……今回もってところかな」
彼女は報告書の末尾を指で叩く。
「数を削り、残った者を見て、言葉を投げて……退いた」
「たぶん……試練、かな。
いや、そう思いたいだけかもしれないけど」
誰かが、息を呑む。
「今回の報告には、もう一つあります」
報告役が、少しだけ声を低くした。
「一部のプレイヤーに対して、明確に異なる反応を示したとのことです」
ユリシアの目が、細くなる。
「……プレイヤー個人に」
楽しそうでもあり、同時に警戒するような表情。
「前二回には、なかった反応だ」
「冠する者が誰かを見た。これは大きいよ」
彼女は小さく息を吐いた。
「群雄は進んだ」
一瞬、会議室に沈黙が落ちる。
「とりあえず」
ユリシアは立ち上がった。
「レーヴェンに行って。生存者の話を直接聞きたい」
「『群雄』関連は継続監視。該当プレイヤーの情報は最優先で回して」
「んじゃ解散で」
「了解しました」
扉が閉まり、幹部たちが去っていく。
最後に残ったユリシアは、窓辺に立ち、王都の夜景を見下ろした。
「『冠する者』最高位のギルドとして威厳の為に討伐……私には荷が重いよ」
★
「おはよう」
12時、寝すぎた。
洗面台に向かい、顔を洗って自分自身に挨拶をする。
理由?特にないしいて言えば目が覚めるから。
シャワー浴びるついでに朝飯を食べる。
冷蔵庫の中にあった卵とベーコンをレンチンしてトーストに乗っけて。コーヒーと共に一気に食う。
歯を磨き髪を整える。
「オールするつもりだったのに、シーアッシュプ戦がハイカロリーすぎ」
「ん~続きやりますか」
ログイン。
感覚が切り替わり、現実の重力がほどける。
視界が暗転して、次の瞬間――
私はレーヴェンの宿の一室に立っていた。
木の床、石造りの壁。
外から聞こえるのは、金属を打つ規則正しい音と、人のざわめき。
炭鉱町特有の、少し煤っぽい空気。
「……フル回復、と」
ステータスを確認する。
HP、MP、スタミナ。
スキルクールタイムも綺麗さっぱりリセットされている。
そして――
昨日の置き土産が、しっかり残っていた。
『群雄からの賜りもの』
称号:《見定められたもの》
スキル:【英雄決断】
アイテム:【群雄の鏡鱗】
「まったく、何が起きるのやら」
苦笑しつつ、ウィンドウを閉じる。
見定められた、ね。
物語に巻き込まれる予感しかしない称号だ。
宿の扉を開けると、
朝……というより昼のレーヴェンは、すでに全力稼働中だった。
鉄を打つ音。
蒸気の噴き出す音。
怒鳴り声と笑い声が入り混じった、いかにも働く町の喧騒。
何処に行けばいいんだろうか、数がありすぎて良し悪しなんて知らない私には選択肢が多すぎる。
まあとりあえず歩いてみようか。
……そして。
「――聞いたか? 昨日の空のやつ」
「群雄だろ? また出たらしいぞ」
「レーヴェンの外で百人単位が吹き飛ばされたって話だ」
一歩、二歩と進むたび、耳に飛び込んでくるのは同じ話題ばかりだった。
「ステータス全部同じにされたらしい」
「魔法使えなくなったって」
「俺は強化されたって聞いたけどな」
「いや、HPが一個にまとめられたって聞いた」
「嘘だろ……それもう人間扱いされてねぇじゃん」
露店の前で立ち話をするプレイヤーたち。
鉱石を運ぶNPCの横で、身振り手振りで熱弁する冒険者。
酒場の扉越しにも、ざわめきが漏れている。
「生き残りがいたってのが一番ヤバい」
「しかも、群雄の方が引いたらしいぞ?」
「撤退? あの化け物が?」
私は会話に入ることなく、
聞こえてきた情報を頭の中で整理しながら町を歩いた。
シーアッシュプのことは、かなり広まってるようだ。
しかも全滅ならともかく、生還者がいたことで話がどんどん膨らんでる。
噂は、尾ひれがつきやすい。それが大きな戦いの後ならなおさら。
あの場にいたプレイヤーが私の事を広めたら……やだな、絶対面倒なことになる。
考えていてもしょうがない。
まあ、私が目をつけられたことを誤魔化しても、『群雄』と関わったことは変わらない。
下手に隠そうとしても、結果的には逆効果だ。
ならどうするか、黙秘だ。
これから私に聞いてきた人には徹底的に黙秘を貫こう。
方針は決まった。
知らぬ存ぜぬ、見てない聞いてない関わってない。
「よし、通常運転」
自分にそう言い聞かせて、露店通りを抜ける。
昨日少しだけ見た、町の空気は明らかに変わっていた。
レーヴェンは元々プレイヤーの多い街のようだったけど、今日はその密度が異常だ。
装備を新調したばかりの中堅層。
明らかに偵察目的の軽装プレイヤー。
露店を見ているふりをしながら、周囲を観察している連中。
「完全に来てるわね……」
群雄――シーアッシュプ。
その名前が、レーヴェンという街を一段階引き上げてしまった。
「何処まで、知られてるのか……面倒なことになったわね」
――視点・別プレイヤー――
炭鉱町レーヴェン。
昼時だというのに、人の流れは途切れない。
「……多すぎるな」
フードを深く被った男は、露店通りの端で足を止めた。
目的は一つ。
――生存者。
群雄のシーアッシュプとの接触記録。
全滅が当たり前だった二度の遭遇。
それを覆した、今回の生還者。
「情報、もう一回整理するか」
男は聞き込みを得て取得した情報を頭の中で反復させる。
・生存者は約20程。
・いくつかに分かれて逃げ、その中でシーアッシュプが追いかけたグループ。
・さらにその中での生存者には特別な報酬。
そして――
「名指しで指名した『先導者』とその情報」
最後にまとめられていた情報。
「薄赤髪。紫紺の瞳。高身長で細身……引き締まった体格」
視線が、人混みをなぞる。
「装備は初期防具中心。
武器は……白い刀と、拳銃」
そしてPN:アルヴィ。
情報を繰り返し確認し、再度辺りを見る。
「はあ……レーヴェンに居るかも。そもそもログインしてるかも分からないプレイヤーを見つけ出せなんてどんな無茶ぶりだよ」
そう嘆いたとき、男はその人物を捉えた。
「――!」
反射的に息を呑む。
露店通りの少し先。
人混みの切れ間に、その姿はあった。
薄赤髪。
紫紺の瞳。
高身長で引き締まった体格。
腰に短剣、背に白い刀。右太もものホルスターには初期拳銃。
「……ビンゴだな」
男は確信する。
その瞬間――駆け出していた。




