第12話 見定められる英雄たち
空を見上げる。
そこには、何事もなかったかのように空を泳ぐシーアッシュプ。
長大な身体をくねらせ、光輪を静かに回転させながら。
『そんな物か?英雄達』
「……は?」
「今、喋った……?」
シーアッシュプの瞳が、生き残った十数人をなぞる。
数を数えるように。値踏みするように。
『群れを誇り、数を誇り、力を誇る』
『群雄割拠、世界は英雄に満ちている』
空気そのものを震わせる声。
「……煽ってんのか?」
「いや、違う……なんだこれ……」
『群雄足りる世界の中で、貴様たちは英雄足りうるか?』
問いのようで、問いではない。
煽っているわけでも、挑発しているわけでもない。
ただ、確認している。
光輪が、同時に回転数を上げた。
空間が軋む。
『我が示してやる』
『貴様たちが英雄足りうるとならば、超えて見せろ』
光輪から光が溢れ出る。
またも残ったプレイヤーの体が、白く発光した。
「……また、かよ!」
悲鳴とも怒号ともつかない声が上がる。
「冗談じゃねぇ!」
「次はなんだよ」
白い発光が収束した瞬間——
視界の中央に、見慣れないUIが表示される。
横一線に伸びた、巨大な一本のゲージ。
桁の多い数値が、ゆっくりと確定していく。
「……は?」
誰かが間抜けな声を漏らした。
「シーアッシュプのHP……じゃねぇよな、これ」
「まさか、まさかなあ。俺達のHPじゃないよな。なあ!」
そこに刻まれたものは――
ここに居る全てのプレイヤーの集合HP。
まるで私達が軍隊エネミーのような扱いだ。
「ふっざけんじゃないわよ。これ作った奴碌な性格してないわね」
「はは、同感だ」
近くの野良プレイヤーの一人が口角を引きつらせながら言った。
「どうする……誰か作戦を」
これは……無理だ。
多分、と言うか絶対。
勝てない、いや勝たせる気が無いんでしょ!
突発的なレイド、ステータスの平均化。
当然いるのは野良ばかり、ビルドも役割も何もかもを消すあの効果。
魔法職は魔法を使えないし、物理職も威力が出ない。
そもそもシーアッシュプのHPは一切削れてない。そりゃあそうだ、あいつは宙に浮いているくせに遠距離攻撃の手段をあらかた封じられた。
こんなんどう戦えっていうのよ。
どうせこの先も強烈な技を仕掛けてくるでしょうね。
こんなの、どうやってクリアさせるつもり?
答えは決まっている。
無理だ。
このイベントの目的は「プレイヤー」の敗北だ。
だからこそ、ここまで理不尽な構造になっている。
――私達を蹂躙する為だけに存在している。
多分こことは別にギミックとかあるのかしら……
「……撤退しましょう」
私の言葉に、数人が一瞬きょとんとした顔をした。
「正気か!」
「こっちはアイテムまで使ってんだ今更……」
「そうだぜ、やれるだけやって……」
視線が集まる。
焦り、苛立ち、諦めが入り混じった目。
「――戦っても意味がない」
私はシーアッシュプ一度だけ見上げ、言葉を続けた。
「これはレイド戦じゃない。勝ち筋が用意されてないイベント」
「きっと別にギミックがある。別に死にに行ってもいいけど、たぶん得れるのはデスペナだけよ」
「確かに、ここで死んでも得する事は何もないな」
「いや、それでも……」
「……まあ、好きにしたらいいわ。でも勝ち目のない相手に死にに行くのはいくらゲームとは言え馬鹿らしいと思わない?」
「でも逃げ切れるとは限らないぞ」
「そうね。でもここにいても時間の問題よ。それに――」
私は一歩前に出て、告げる。
「また挑めばいいのよ、次はその余裕が浮かぶ面に一発でかいの叩き込んでやるわ」
シーアッシュプは再び口を開いた。
『どうした?来い』
それに対し私は全力で声を張り他のプレイヤーに告げる。
「撤退!!」
声が落ちた瞬間、半数のプレイヤーは一斉に駆け出した。
残ったプレイヤーの半数近くが迷いつつ逃げる者と残る者に分かれた。
大体四方向に散った、あとは誰を狙うかの運次第。
「どうやら、貧乏くじは。俺達みたいだな」
残って戦う奴らを無視して、追ってきたのは私達レーヴェン方向のグループ。
「もー……ほんっとに、運が悪いわね!」
次の瞬間、シーアッシュプが加速した。
音もなく私たちの前に降り立つ。
立ちふさがる。逃げ道を消された。
長大な身体が地上近くを滑り、光輪が神々しく輝く。
「……マジかよ」
「瞬間移動?」
「単純に速すぎる……って可能性も」
誰もが足を止め、武器を構えることすら忘れていた。
そして——
『貴様だな、先導者』
その声に、全員の視線が一斉に集まる。
私へ。
「え、あの人?」
私は一歩も引かず、シーアッシュプと目を合わせた。
『蛮勇ならざる確かな賢者よ。見届けた』
「あ、えーっとぉ……ありがとう?」
次の瞬間、
シーアッシュプの身体に、赤いオーラのようなものが灯った。
「……っ!?」
「おい、次来るぞ!」
『我が待ち望むのは群雄ではない』
光輪が軋み、
風が——巻き上がった。
『故に。この場は、不適切というものだ』
「……は?」
地面との接触感が、唐突に消えた。
「浮いてる!?」
「おい、足ついてねぇぞ!」
上昇気流が身体を掴み、
次の瞬間、それは突風へと変わった。
「うわあああっ!!」
「掴まれ! 誰か——!」
ここにいる全員が、空へと投げ出される。
視界が回転し、空が遠ざかる中で、
かろうじて——声だけが聞こえた。
『群雄あらずというなれば、生きて見せろ』
風に掻き消されそうになりながら、声は続く。
『生き残り』
『次、会うときは——』
『相応の舞台にて、相見えることを願っている』
「……ふざけ……」
言葉を言い切る前に、
私は完全に空へと放り出された。
叫び声が、風に散る。
混乱と恐怖と、言葉にならない何かを残して——
空だけが、どこまでも広がっていた。




