侍女の定義とコリンヌと
ジュリアス様はご自分の馬車を回してくれたらしく、揺れは少なかった。元々は神殿に置いていかれた子供だったから、親の顔は知らない。名ばかりの貴族だけど、養子縁組をしてくれた伯母上の面目だけは立てないとね。そう言って馬車を見て笑っていた。
周回馬車などには乗ったことがないのか、揺れぬ馬車に慣れているように、メイヤは皮の座席に背を預けている。
「あの、聞いても宜しいですか?」
やっとメイヤが目を合わせた。
「主であるリュミエール様が、なぜあなたを待っていてくれると思われたのですか?」
「…それはいつも」
また、思考を止めてしまうように、口を噤む。
「いつもだからですか?でも、メイヤさんはメイドですから、普通では考えられませんよね?」
何かに傷ついたような顔をして、首を振る。
「私は姫さまの一番の親友であり、侍女です」
「あの、浅学ではありますが、私も少し淑女科で勉強しました。メイヤさんは女官ではありませんね」
やべ、名前言っちゃった。でも、気が付いてないからセーフ。
「いずれはそうなります。私は没落したとは言え、子爵家息女でした」
顔を上げ、メイヤは毅然とした態度で俺を見る。いいね、そうこなくっちゃ。立て板に水よりずっといい。
「元ですよね。それにそれを決めるのはメイヤさんじゃないです」
俺は首をこてんと傾げ、煽るように微笑んだ。
「リュミエール様でもない。嫁がれた先のお家の方、今ならエアリル様では?リュミエール様がお決めになる未来もあるかもしれませんが…今のメイヤさんを連れていくかなぁ。親友はシスターファンの方がいますし」
俺の推し双璧の一柱、マリアベル!メイヤさんの膝の上で、強く握られた拳は関節が白くなっていた。
「あなたに、なにが、わかるの?」
途切れた言葉に怨嗟が滲む。ごめんね。でも言わなきゃ。
「今のメイヤさんは間違えている。そうとしか思えません。何かあったんですか?リュミエール様がメイヤさんにきつく当たっているとも思えませんし、レイクツリー公爵家はとてもお仕えしやすいと聞いてます」
これはホント。レイクツリー公爵家は給与もよく、良心的と聞いている。淑女科だからね。メイドや侍女になりたい生徒はいっぱいいるのだ。狭き門だが目指している子はたくさんいる。ちなみにゴーディ家は、武も必要らしく、もっと門が狭い。
「リュミエール様はいつもお優しいわ。周りの方々だって…でも荒唐無稽と思われるでしょうが…夢にみたのです。リュミエール様が私を…冤罪にかける。とても夢とは思えませんでした」
ああ、それはゲームの中でですよ。とは言えない。
「しっかりして下さい、メイヤさん、現実で、あなたは今そんな目にあっていない」
メイヤはリュミエールの悪役ポジの中ではキーマンだ。リュミエールが悪役たる運命を辿る、一線を越えた場合の被害者。メイヤに優しく寄り添うヒロインと攻略対象者が味方になる。攻略対象者はヒロイン一筋ではあるが、優しくしてくれた攻略対象者にメイヤは心を寄せたりもする。でも…。
「リュミエール様がそんな事をすると?」
「これから…」
今度こそ、私は笑ってしまう。リュミエールに何がしたいんだ、メイヤ?
「起きてもいない事を思い悩むなんて、バツですよ」
胸の前で人差し指と人差し指を交差させて、小さくバツを作る。これはゲームの中で本当にコリンヌが使う台詞とゼスチャーだ。笑顔を添えてみた。
「怖い夢でしたね。でもそんなに思い悩むのは、今と夢の隔たりが大きいせいですよ」
メイヤさんが、何度か瞬きをする。夢から覚めたみたいに。
「さ、そろそろレイクツリー公爵家ではないですか?それより、ひなげしのシュシュ可愛いですね。よく似合ってます!」
「これは、リュミエール様が誕生日に贈って下さいました」
そうだと思いました。だって俺もキバナコスモスのハンカチ貰いましたから!
「ひなげしは思いやりや、忘却って花言葉があります。やさしい花です。神殿にたくさん咲きますから、今度見に来て下さい」
俺はそっとメイヤのシュシュのひなげしの刺繍に触れる「あなたの嫌な夢が忘却にありますように」俺の祈りなんて大地にしか通用しないけど、でもリュミエールが一針に祈ったように俺も祈るよ。
落ち着いたように頷くメイヤが顔を上げた時に、馬車が止まった。
「あ、リュミエール様です!ユールさんの伝言を聞いたのかしら?」
なんと、リュミエールがポーチにいる!思いがけないご褒美、あざっす!
「リュミエール様!」
メイヤが彼女に駆け寄るのを、俺は馬車の中から眺める。はぁ、綺麗だわ可憐だわ、推しの笑顔プライスレス!
「コリンヌさん、うちのメイヤがお世話になりました。ありがとう」
メイヤと頭を下げるリュミエールに、俺は思いっきり首を振る。
「どういたしまして!では失礼いたします。メイヤさんもまた!」
レイクツリー公爵家から離れて、神殿に向かってもらう。なんか無性にジュリアス様の顔が、見たくなったから。
もしかしたら、リュミエールもマリアベルも俺と同じように…俺は小さく首を振る。考えてみたところで、せんなきこと。彼女たちが誰であろうと、俺のリュミエールとマリアベルは彼女たちなんだから。推しは推せる時に推せ!だよ。
「やっぱ、可愛い夏服買ってもらおう!」
俺はくふふと笑った。
メイヤside
戻ったエアリル様からの少しのお小言をもらい、メイドとしてのこれからを考えたくて学園を一年休学をし、女官長に一から学ぶことになった。これは私からお願いをした。何であんな妄執に駆られたのかはわからない。でも、今の私に必要な事だと思った。与えられていた個室を出て、新人たちと同じ部屋に入る。荷物はそのままで良いと言われたので、身の回りの物と着替えをまとめた。
壁に目をやれば、あの日マイク様から頂いた花束がドライフラワーにして掛けてある。私はそれを外した。
「マイク様の加護に染まったグリーンの瞳は、リュミエール様のため。なんでちゃんと理解しなかったのかしら…」
少しだけ羨ましかった。家が没落しなければとか…マイク様のことを考えると幸せだった。花束ごとゴミ箱に捨てる。
「さ、急がないと夕餐の片付けに間に合わないわ」
紺色のメイド服に着替え、髪をひとつにシュシュでくくる。
しばらくは戻らないであろう、部屋に鍵をかけた。
お疲れ様です!
いつも読んで下さってありがとうございます!
さて、コリンヌ回です。楽しかったです!
いつものペースに戻すべく、体調整えております。
よろしくお願いいたします!('◇')ゞ




