スイカズラの下 彼と彼女
馬車に戻り、ジャックに告げる。
「レイクツリー家まで」
「承りました」
僕は、コリンヌが言ったことを反芻しながら、リュリュに正直に、そして謝ろうと思った。
「まだ間に合うなら」
「大丈夫です。俺が保証します」
ジャックの思いやりに思わず口元が緩む。「急いでくれ」そう言うと、馬車が速度を上げた。
レイクツリー家に着くと、追い返されても仕方ないと思ったが、難なく正面玄関まで馬車は案内された。老練そうなレイクツリー家の執事が、ポーチで待っていた。白手袋で重い扉を開ける。
「エアリル様が、お待ちです」
玄関をくぐると、エアリルが立っていた。口元は弧を描いているが、普段とは違う。
「遅かったね」
「先触れもなくすまない。リュミエール嬢に会いたい」
エアリルは僕の言葉の奥にある何かを見定めるように見ている。
「その前に……バル」
「はい」
差し出されたのは一本の黒い傘だった。あの日、メイヤに渡した物だ。
「家のメイドに過分たる温情をありがとう」
「つっ…」
冷たさを含んだ言葉だった。それでも、メイヤに返しに来られるよりは、何倍もありがたい。
「返すよ。それともこちらはメイドにあげた物?」
「いや…ジャック受け取っておいてくれ」
ジャックはバルから傘を受け取ると後ろに下がった。
「姉様は部屋かい?」
「いいえ、午前中は商会へのお礼に参りましたが、今は東のガゼボでの刺繍を楽しまれているかと…」
執事が淀みなく答えるのを、エアリルは頷いた。
「執事に案内させよう」
「いや…一人で行くよ。本当に…ありがとうエアル」
「礼には及ばないよ。マイク」
エアリルは緩慢に首を振ると、僕を見送った。
「……決めるのは姉様だからね」
玄関から、横の小道を抜けてガゼボまで走った。
穏やかなスイカズラが揺れるガゼボに彼女を見つける。
「………リュリュ」
僕が声をかけると、その華奢な背中がびくりと跳ねた。
「側に行っても?」
僕の問いにリュリュは振り向かないまま、小さく、しかし芯のある声で僕に問うた。
「………メイヤのことは考えましたの?」
心臓を掴まれたような、痛みだった。僕は掠れた声で正直に吐き出した。
「考えた。………でも、彼女が僕を慕っていたと聞いても『そうか』としか思えなかった。それどころか、最後はリュリュのことばかりになってしまうんだ」
僕の浅ましさが、スイカズラの甘い匂いに混じって鼻につく。
「僕はね、あの時は君の憂いを早く取って、あの馬車の甘やかな空間に戻りたかっただけ……それだけだったんだ。ごめん」
君の慈しむ世界を守りたいなんて、取ってつけたような言い訳なんていらなかった。
「それだけ…だったのですか…」
彼女は刺繍をしていた手を止めると、ゆっくり振り向いた。美しい柳眉の眉を下げて、困ったように微笑む。
「………仕方のない方」
僕はたまらなくなって、リュリュの白い、華奢な手を握った。あの日、商会で僕にタオルを掛けてくれた指をやっと捕まえた。
「…マイク様、離して下さいませ」
拒絶ではなかった。離れた場所にミモリを置いているのは知っていた。
「嫌だ」
僕は祈るように、彼女の指を絡めるように掴んだ。ミモリなんて今の僕にはどうでもよかった。目の前のリュリュだけを映していたい。
「指が冷たくなっています。マイク様?」
そのまま彼女の指を上げて、自分の唇に寄せた。
「何度でも言うよ。僕、マクシミリアン・ビンチョスは君が好きだ」
自分の胸の熱さが、指先から彼女に伝わるといい。
リュリュは一瞬、息を呑んだ。
「………本当に仕方のない方」
リュリュの頬が赤い、困ったように、けれど愛おしそうに、そのままリュリュは僕の胸にこつんと頭をつけた。
リュミエールside
マイク様が来たとミモリから聞いた時は、やっとかと思った。昔の私はどうやらマイク様よりは幾分か年嵩をいっていたらしく、彼が声を絞り出すように、語る言葉があまりにもピュアで、ただ私と二人きりになりたかっただけなのだと、聞いた時には拍子抜けすると同時に吃驚してしまったのだ。
『………仕方のない方』
思わず言葉が零れ落ちる。
てっきり、メイヤを愛おしく想い、私と別れたいとでも請われるものかと思っていた。なのに、目の前の彼は私の指を掴んで、震える声でただ、私への想いをさらけ出している。
『嫌だ』
子供みたいな拒絶を繰り返す。でも、強引に絡めとられた指は抗いがたい男性で。
彼のバッドエンドをぼんやりと思い浮かべれば、彼に連れ去られて、知らない街の片隅で生きる。追ってに怯えながら…だったかしら。
でも、それすらも、愛おしく思えてくる。
こんなに執着心のあるキャラではなかった気もするけど…マイク様の胸に頭をつければ、当たり前だけど、鼓動が聞こえる。プログラムされたデーターではない。生きて、悩み、私を望んでくれる唯一の人だわ。
(生きていれば変化もするのね…)
私は彼の胸の中でそっと瞼を閉じる。変わり果てたシナリオの中で、彼がどこに私を連れて行こうとも『仕方のない方ね』と許してしまえるのではないかしら…そう思えたのだ。
お疲れ様です。
いつも読んで下さってありがとうございます!
長かったリュミエール、甘酸っぱい?編でした。
ここまで来るまで、長かったなぁ。ビンチョスは十代
で、リュミエールはもう少しいってるんで、お姉さん
の余白(余裕)が違いました。
お付き合いをありがとうございました。さて、そろそろ
災厄編です。気合入れていきますか。('◇')ゞ
ああ、でも、リュミエールに最後までマクシー
と呼ばせなかったなぁw




