熱いお茶と器
スコール後の王都は翌日からよく晴れていた。
リュリュにメイヤのことを、どう思っているのかを考えて下さいと言われてから三日が経つ。その時の状況や心境を考えれば考えるほど、自分の浅はかさに頭を抱えたくなった。
メイヤの事も考えたが、僕に思慕の情を抱いたと聞いても、そうか。としか思えなかったのだ。どう考えても最後はリュリュのことばかり浮かぶ。
「神殿に着きました。お迎えの時間は…」
「今日はいいよ。ジュリアス様のお見舞いと魔力草の生育状況を見にきたから、時間が読めない」
「待ちます。馬車止めで噂を拾いつつ、時間を潰しますから、ご心配なく」
ジャックはリュリュを馬車から下ろしてしまった事を気にしているらしく、僕の行動に干渉ぎみだ。
「…わかったよ。なるべく早く戻る」
「お気になさらず、いってらっしゃい」
神殿の石畳に自分の影が落ちた。夏よりも薄いその影は、まるでリュリュの中の自分が薄くなっているように感じて、思わず早足になる。
神殿の裏に回る小道を抜けると、野菜畑のあった場所の側に青々とした一面緑の畑が広がっていた。
「不思議な光景だな」
思わず独り言が漏れた。一見すると丈が少し長い普通の草だ。しかし、表は瑞々しい緑なのに、裏は黒い。風が吹き抜けるたびに草原は波打つように、緑から黒へと変わる。
裏門の門番に声をかけ中に入る。いつもは執務室だが、今日はジュリアス様の私室に通された。体調が悪いと聞いている。控えめなノックと共に「失礼します」と添え、扉を開いた。
「つっ…失礼!」
ジュリアス様はベッドの背もたれに背を預け座っていた。肩まで寝着を寛がせ、コリンヌに暖かなタオルで腕を拭かせている。目のやり場に困った僕は、ジュリアス様の部屋の窓から覗く、槿の数を数えた。
「こんにちわ、ビンチョス様。ちょうど終わったところですから、大丈夫ですよ」
コリンヌは、まだ微かな湯気をたてる桶を持つと、席を立つ。
「やあ、マイク。今月のビンチョス家からの寄進には早い気がするが、徳を積みにきたようには見えないな」
「倒れたと聞いて様子を見にきたんですよ。夕方、食堂にチーズが届きます。食べて下さい」
ジュリアス様は少しばかり目を輝かせる。塩気の強いハードタイプのチーズが彼の好物だからだ。
「ありがとう。それは?」
「ヴィンセント殿下からの書簡です。体調が戻られてからの返事で良いと申しておりました」
僕から受け取った赤と黒の陰陽を模した封蝋を指先でなぞると、手慣れたように開けて目を通した。内容は災厄までの新着情報である。アスパーニャ国ですでに魔魚の群れが到達してから、一月が経った。凪いでいるはずの海は波打ち、潮風と呼べない魔魚の瘴気を伴う風は異臭を伴う。
風光明媚な観光地だったはずのアスパーニャ国の海は荒れたままだ。クロヌロア王国の備えは間に合うはず。そんな内容だろう。
「思ったより、行動が早くてなによりだ」
コリンヌが僕たちの醸し出す空気に気遣ったのか「お茶を用意してきます。ごゆっくり」と席を外してくれた。
「それで、どうした?どうやら僕の見舞いだけではないようだ」
「僕の話を聞いていただけますか…」
「いいよ。生憎、この体調では逃げられそうにないからね」
揶揄い交じりに微かに笑ったジュリアス様に、僕は少し安堵をし、コリンヌの座っていた椅子に座ると、ぽつりぽつりとスコールの日に合ったことを話し始めた。
遠くでたまに子供の声がする。
ジュリアス様の部屋で、僕の声だけが淡々と響く。
スコールに閉鎖された馬車の中で感じた彼女の体温。彼女が照れて、僕から目を逸らすように小窓を見る仕草さえ可愛らしかった。
「彼女が雨宿りをするメイヤを見つけたのがその時だったんです。御者に傘を届けるように言ったが、受け取らないメイヤをリュリュが案じているのがわかりました。彼女の慈しむ世界を守ってあげたかったのは本当です。その時の僕はよかれと思い傘を持って走った。でも…戻ってきた時には、彼女はいませんでした。彼女は親切な商会の方に保護されていたのですが、やっとの思いで彼女を見つけた僕に、リュリュは探してくれてありがとうと、でも自分の気持ちをもう一度よく考えてほしいと言いました」
それまで、何も言わず聞いていて下さったジュリアス様が、額に落ちた髪を無雑作にかきあげる。
「マイクはリュミエール嬢の慈しむ物を大切にしたい。そう言ったが、マイク…君は本当にそれだけだったのか」
ジュリアス様が穏やかな相貌ながら、灰銀色の瞳で僕を見ているのがわかった。
膝の上で白くなるほど、握りしめた拳を見つめる。
「それだけではないと私は思うがね」
端的に言われた言葉だったが、僕の浅ましくも一番隠したかった思いを当てられた気がした。
「早く…彼女と二人になりたかった…」
リュリュとの甘やかな空間(馬車)に戻りたかった。僕の頭にあった、メイヤに傘を届けさせた原動力はそれだった。
「は、やっと言えたか」
ジュリアス様は深いため息とともに、咎めを孕んだ空気が露伴する。
「その気持ちを伝えることが大切だろう?スコールのあった日から三日は経っている。リュミエール嬢の所へは行ったのか?」
僕は緩慢に首を振った。
「マイク、君がここですることは僕に告解をすることではなく、君が今までに話したことを真摯に彼女に伝えることだ」
……ワゴンを動かす音がした。どうやらコリンヌが戻ってくるようだ。
「ココのお茶を飲んだら、行きなさい。頭を冷やすには十分だっただろう」
「お待たせしました、わ、どうしたんですか?ビンチョス様、顔色が悪いです。もしかして具合が悪くて神殿に来たんですか?でも駄目です、ジュリアス様は今使い物になりません、誰かほかの神官様を…」
「違うから、ココ落ち着きなさい」
苦笑まじりにコリンヌの手を取り、その眦を下げた。
「大切な人と…仲違いをしてしまって、ジュリアス様に聞いて頂いていたんだ」
「そうでしたか…」
そっと、テーブル代わりのワゴンにお茶の入った茶器をおいた。
「女の子は冷めるのが早いから…女性だったら急いだ方がいいですよ。誤解を解くのも謝るのも」
「え?」
コリンヌはジュリアスにお茶の入ったカップを渡しながら話す。
「えっとですね…たとえば、ビンチョス様に渡したお茶は茶器も温めてからお茶を淹れたので、温かいです。お茶も熱いから冷めにくい。でも冷たくなってしまったカップとソーサーに注いだお茶はすぐに冷めます。美しい茶器ほど、薄くて繊細だから外気に触れると冷めやすいですしね」
「……失礼します」
コリンヌside
ビンチョス様が慌てて席を辞した。程なく、神殿を後にする馬の蹄が石畳を打つ音がする。
「早く仲直りできるといいですね」
俺はそう言って、冷たくなったビンチョス様の茶器をお盆に乗せた。あ、冷たい茶器にいきなり熱い茶を注ぐと割れるぞ。修復不可になるを言いそびれた。
「ココも冷めるのが早いのかな?」
ふいに、隣にいたジュリアス様が独り言のように呟いた。思わず吹き出してしまう。
「ふふ、私は市井育ちですから。カップも分厚いんです。ジュリアス様が注いでくれるお茶もいつも熱々ですしね」
俺は冗談ぽく、神殿で使っているカップを持ち上げた。ジュリアス様は何度か瞬きをすると、安堵したように微笑む。
「そうか。ならばもう一杯注いでも?」
「あ、病み上がりなんだから、私が…」
そう言ってポットを持とうとした私の手を引く。驚いて顔を上げた私の側に、ジュリアス様の端正な顔があった。問いかける間も、逃げる間もなく、彼の形の良い唇に私の唇がそっと、けれど深く塞いだ。
「ふぇ…」
間の抜けた声がでた。先ほどまで、ビンチョス様に茶だの器だの言って理屈を並べていた俺の馬鹿。顔にどんどん熱が集まって熱い。
「………可愛いな」
「……っつ」
なかなか離れないジュリアス様に、何なんだよと。
結局は好きな人に触れられるのが一番手っ取り早く熱が上がるのだと、なおも見つめてくるジュリアス様の視線に、居心地悪さを感じながら思った。
お疲れ様です。
いつも読んで下さってありがとうございます!
今回は間を空けずにお送りしたかったので、頑張りました。
ビンチョスが泣きそうになっている時に何やってんの?ですが、
みと的にはよし、今だ!な感じでしたw




