ビスコッティと彼女の本音
テアドア商会に先触れを出したのは、スコールの翌日。雨に濡れて帰ってきた私は、エアルがまだ戻っていないことにホッとした。なんて説明をしたら良いかもわからなかったから。執事からメイヤが傘を差して戻ってきたことの報告を受けた。
「ビンチョス伯爵家の馬車にて神殿に、その後はエアリル様とお戻りになると、御者が言っておりましたが…」
「彼には咎はないわ。マイク様の馬車が壊れて、わたくしを送れなくなってしまったの。それでご親切な商会の方に助けていただいて、商会から馬車をお借りしたのよ」
「そうですか…」
メイヤから何かを聞いているのだろうか?それでも私が困ったように微笑むと、執事は頷いてくれた。
「ごめんなさいね。エアルには、私から話します」
「承りました。ご無事にお帰りになられましたから、それ以上は申し上げません。しかしながら、次からは…」
「わかっているわ。このような事はもうありません」
侍女頭が私の制服を預かり、先を促す。
「先にお身体を暖めましょう。お召し物を着替え、今着ているものをお返し出来るようにいたします」
「ええ。買い取りも考えているわ。明日までにお願いをできるかしら?馬車を借りたので、明日には使いの者をやり、代金を払ってきてちょうだい」
母についていた侍女たちは、すでにこの邸にはいない。全てエアルが領地から連れてきた者と、雇った者たちのせいか、わたくしたちを慮ってくれる者ばかりだ。
「承りました。さ、お急ぎくださいませ。お風邪を召すといけません」
エアルには色々と考えたが、食後のお茶の際に正直に話した。もちろん殿下方のことは伏せたままで。
「なんてことだ…」
「怒らないでね。エアル。わたくしが馬車を出てしまったのが悪いのだから」
「…そんな状況を作ったマイクにも責任があるのでは?」
わたくしは静かに首を振る。
「いいえ。戻ってきたマイク様に、気持ちをお話しできなかったわたくしも悪かったのよ。逃げずにきちんとお話しをすれば良かったのです。でも、きちんとご自分の気持ちに向き合ってほしいと言えましたの。だから良いのです」
「姉上…もしそれで…マイクがメイヤを」
「そうなったら、仕方のないこと」
胸が痛まないと言ったら噓になる、でもこれから先もこのような気持ちを抱え、その熱を持ち続ける方がとても怖い。どうやら前世の私は今より年嵩で、肩透かしをくらうことも、期待のない時間を待つことにも慣れているらしい。
「わかりました。姉上、お礼には私もいきましょう」
「ふふ、過保護すぎるわ、エアル。次はきちんと護衛も連れて行きます。ミモリが戻ってきたら言いましょう」
エアルはどうしてもわたくしを一人にしたくないらしい。でも目ざといエアルのこと。すぐに殿下方を見抜いてしまうわ。
「では、その日は帰りに迎えに来てください。神殿にいますから」
「わかったわ。約束ね」
「姉上は…お強くなられた気がします」
きょとんと首を傾げる私を見て、エアルは少し困ったように瞼を閉じ、冷めた紅茶を口にした。
商会へお礼をしたいので、伺いたいと先ぶれをだすと、商会からの返事は三日後のお茶の時間にと指定を頂いた。お忙しいでしょうから、店長さんにお礼の品をお渡しできるだけでも良かったのだけれど…。
紺色のレースに銀の縁取りのあるワンピースを選ぶ。今日は髪を上げてみた。首元が寂しいので細い金のネックレスに髪留めも同じデザインの物を。
馬車を借りた金額はすでにお支払いをしてある。ミモリが焼きたてのシナモンロールと、ビスコッティを持ってくれている。
「ごめんなさいね。ミモリ、お休みの日にまで」
「いいえ。本当に店の中まで行かなくて宜しいのですか?」
「ええ。お店ですし、あまり大勢で押しかけても失礼かと…馬車で待っていて下さいませ」
手元にある包みにミモリがスンッと鼻を動かす。
「いい匂いがしますね」
「ふふ、帰ったら食べて。たくさん作っていただいたから」
「ありがとうございます!」
商会に着くと、先日対応をしてくださった店長さんに案内をされ、賓客室に通された。
「ようこそ、リュミエール」
私は立ち上がり挨拶をしようとすると「ああ、そのままで」と、先日と同じ様にオーロ様が柔らかく手で制された。
「その節はありがとうございました。本当に助かりました」
わたくしが丁寧に包まれたお菓子を差し出すと、後ろに控えていらしたマルカ様が受け取った。
「まだ暖かいですね。それにオーロ様の好物の匂いがします」
悪戯っぽく目を細めて、マルカ様が微笑まれる。
「先日、シナモンロールをアルジェン様がお持ちでしたので…小さい包みはビスコッティですわ」
「ああ、嬉しいな。ビスコッティをうちの者に作らせようと思ったが、あの硬さがでないんだ」
「二度焼きをしますの。大きいままで一度焼いて、次は均等に切ってからもう一度焼きます。入っているナッツも一度乾煎りをします。香ばしさがでますから」
少し目を丸くしたオーロ様が頷く。
「ビスコッティは門外不出かと思っていたが」
「まぁ…」
オーロ様と目を合わせて笑ってしまう。オーロ様の茶色に染められた瞳から金の輪が滲む。
「何も聞かないのかな?」
「ええ。周りの方が黙認をされているのであれば、それは意味あってのことですわ。わたくしが興味範囲で聞くのは失礼です」
「…そうか。マルカ、あれを」
マルカ様がボルドー色の愛らしい巾着袋を、銀色のお盆に乗せて差し出してくれる。
「これは?」
「今日着いたばかりのカフェの豆だ。少し濃いが香りも良い。持って帰ってもらおうかと思い、今日を指定した。先日も飲んでいたからな、好きになったのかと」
私は頷く。
「嬉しいです。最近は邸でもよく飲みます」
「なら良かった」
変装をされているせいか、ヴィンセント殿下とお話しをする時よりも、気負いなく話せる。
「あまり時間を取らせても、邸の者が心配をするだろう。今日はそろそろ戻りなさい。次は教室で会おうリュミエール」
「ふふ、承りました」
気遣いのできる方。馬車に人を待たせているのも、もしかするとエアルのことも気が付いているのかもしれない。私はカーテシーの代わりに深くお辞儀をすると商会を後にした。
王城side
「なんだ、せっかく二人にしてやったのに、カフェを渡して終わりか?」
つまらなそうにシルヴァンが、シナモンロールを頬張る。
「美味いな」
「レイクツリー家のシナモンロールは美味いんだ」
「へぇ、よく知ってたな」
「以前、リュミエールが倒れた時に邸に行っただろう。馳走になったことがある」
あの時かと言うように、シルヴァンが口元のシナモンを拭った。
「ビンチョスはまだ会いに行ってないようだ」
「そうか…」
私には何も言えない。が、今日の彼女はとても美しかった。
「彼女の新しい香りはとても良く似合っていた」
「ダフネだっけ?」
ああ、まるで昔の彼女のようだったよ。
私の胸奥で子猫が爪を立てるようだった。
お疲れ様です。
いつも読んで下さってありがとうございます!
オーロ(ヴィンセント)のターンですw
彼らが変装をしている説明をどこかで、いれようと思ってはいるのですが、なかなか流れ的に入らず。
ええっと、ヴィンセントの大商人スキルを遺憾なく発揮できるように、商会を作っております。
ただ、王族がするようなことではないから、変装をしております。他にもありますが、取り急ぎ、こちらでこれだけはお伝えしようかと…。もう少し後で諸々お話しできます。
失礼いたしました! ('◇')ゞエヘヘ




