彼女の香りと思い違い
連れて来られたのは三階建ての煉瓦造りの建物だった。ここには一度来たことがある。
「テアドア商会…」
ミミーズリィの皮を扱う商会だったはず…裏道などに連れて来られなかったことを安心しつつ、シルヴァン殿下らしき方を見れば、当然のことのように、雨に濡れた扉を押し開けた。
「三階の賓客室へ、タオルと…お茶を用意してやってくれ。私は兄上に報告をしてくる」
奥から現れた店長は、以前訪れた時に対応をして下さった、白髪を短く整えた初老の方だった。
「承りました」とわたくしを促して下さる。
「さ、とにかくお身体を暖めましょう。こちらに」
届けられた大判なタオルと毛布。濡れた制服の代わりに届けられた簡易なワンピース。店長さんと入れ替わりに来た、落ち着いた女性の店員さんは何も言わず、私の居ずまいを正していく。
「あの…こちらは…」
次の言葉が継げなかった、あの方は本当にシルヴァン殿下なのですか?私はなぜここに連れてこられたのでしょうか?聞きたいことは多々あるが、どれも聞いてはいけない気がした。
しばらくして、控えめなノックの音がすると「失礼いたします。マルカです」とヴィンセント殿下の従者であるマルカ様の声がした。
女性店員さんが、音もなく扉を開く。
「人心地つかれましたか?アルジェン様に有無をも言わさず連れて来られたのではないかと、主、オーロが案じております。こちらに…お呼びしても?」
やはり見知ったマルカ様だった。両殿下の側にいつも控えている側近の方。
「オーロ様…が。はい、お礼も申し上げたいので」
少し安堵した微笑みを浮かべるマルカ様が頷く。
「ではお呼びをしてまいります。こちらにカフェを運んでくれ」
「承りました」
マルカ様のご様子だと、こちらがヴィンセント殿下の関係している商会であることは、間違いないらしい。それにカフェはヴィンセント様を思い出させる。
「あの…お礼を言ったら、わたくしは戻ります。マイク様が案じているでしょうから…」
落ち着いて考えると、送ると言った私が消えたのだ。私はあまりにも無責任すぎた。(マイク様からしたら、わけも分からず)探して下さっていると思う。
「ビンチョスになら使いを出しました。こちらに向かっているでしょう」
「そうですか…」
コーヒーと共に、色の馴染まない両殿下が現れる。ヴィンセント殿下に至っては、少しマイク様に似た色合いの榛の髪、琥珀の強い瞳になっていらして、いつもとは別人のようだった。立ち上がり、挨拶をしようとした私を美しい所作でとめた。
「そのままで、今の私はオーロ・バハル。この商会の会頭だ」
何も言えず、私は小さく会釈をし、座り直す。
「さて、リュミエール、なぜこのような形でここに来ることになったかを聞いても?」
「ビンチョスと何かあったのか?」
こちらも慣れないわ。シルヴァン殿下が、私を青い瞳で射抜く。
「それは…」
「リュミエール嬢!」
ノックの音と同時に扉が開いた。マイク様の茶の髪が色を濃くし、水滴が落ちる。こんなに探させてしまった。申し訳なさで立ち上がり頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。マイク様」
「なぜ、急に馬車から降りたりしたんです?怒ってはいません、ただ本当に心配をしました」
彼の思いは真摯に自分に向いていると思う。前世の同僚のような人ではない。だからこそ、ご自分の気持ちにきちんと向き合ってほしい。
……メイヤを思ってはいませんか?
「本当にごめんなさい……」
「ですから、謝らないで下さい」
「二人で話すか?」
オーロ様が席を立ちあがりかけた時に、私は告げる。
「オーロ様、こちらが商会なら、わたくしに馬車と護衛を用意して下さいませ。邸に帰ります」
「リュミエール嬢?」
「探して下さってありがとう。でも…あなたが、傘を持って走った時に胸には誰がいたのか。誰を案じて雨に打たれたのかを考えていただきたいの」
「それは…君を」
「わたくしも雨に打たれたかっただけ。だから気にしないで下さいませ」
アルジェン様がベルを鳴らし、私が頼んだ旨を伝える。了承すると、店長が恭しく頭を下げた。
「リュリュ、話をしたい」
「お互いに頭を冷やしてからにしましょう?」
私はちゃんと笑えてるかしら?借りていたタオルで彼の頭を優しく包んだ。
「わたくしのために、走ってくれてありがとう。マイク様」
彼の紅茶色の瞳がゆるりと瞬きをする。私の手を掴もうとする指から逃れるように手を引いた。
「お優しい商会の皆様、お世話になりました。またご挨拶に伺いますわ」
私は、殿下方に向きなおると、後ろ脚を引き膝を軽く曲げる。背筋を伸ばし、簡易なワンピースの裾を軽く持ち上げ、その場でできうる最上のカーテシーをひとつとった。
「ごきげんよう」
そしてその場を後にした。
ビンチョスside
「リュミエール嬢の…慈しむものを守りたかっただけなんです。あの場にメイヤをそのままにしたら、彼女のことだから、きっとひどく案じるでしょう。だから…」
僕は震える両手でカップを握った。まるでタオルをかけてくれたリュリュの両手を包むように。
「ふは、ずいぶん的外れな思い違いをしたもんだな」
どこか楽し気で、心底呆れたような、シルヴァンの言葉が、残された賓客室に響いた。
「……私もそう思います。ビンチョス」
マルカが、困った子供を見る様に、それでも淡々と告げる。
「あなたのご実家(諜報一家)のことを考えれば、周りを気にして、色々考えてしまうこともあるでしょう。しかしながら、リュミエール嬢がいつもマイク様がお世話になってます。と私を労い、ハンカチを贈り、馬車に君を置き去りにして私に傘を届けたら、どう思います?」
「兄上じゃだめなのか?その例え」
「王族は尊ぶべきものですから、この場合は除外です」
喉の奥でマルカが笑う。
聞いた瞬間に思ったのは、誰であっても嫌だ。胸の奥がひりつくみたいに熱いものが、どろりと胸に沸き上がる。きっとエアルであっても今の僕には甘受できそうにない。
「私は今日、彼女が愛らしいと思った」
ヴィンセント殿下の言葉に俺は頭を上げる。彼女がかけてくれたタオルから、彼女の香りがした。
「おかしな意味ではない。今までのリュミエールはよくできた貴族令嬢だった。思慮深く、市井の者にも分け隔てなく接し、公爵家の矜持も持ち合わせている。まるで基本となる誰かをなぞる人形のように見えた。だが、今日の彼女はどうだ?嫉妬か失望かはしらんが、等身大の女性のようだった」
「つっ……」
「考えて欲しいと彼女が言ったんだ。考えて答えが出たら、話せばいい。彼女なら聞いてくれるだろう」
マルカが懐中時計を出すと告げた。
「そろそろ王城に戻るお時間です」
「ああ、我々はそろそろ戻る」
「バレちゃったな、商会」
シルヴァン殿下が頭をくしゃりと搔き上げてそう言う。
「優しい商会の皆様って言ったたから平気だろう」
「ビンチョス送るか?」
シルヴァン殿下の言葉に、タオルを被ったまま首を振る。
「迎えが来てますから…」
「そうか…ではな」
裏口から殿下たちと別れ、僕は馬車に戻る。
「一時間ほど前に、レイクツリー公爵令嬢が御自邸に戻られました」
ジャックからの報告に一つ頷く。
「今日の…」
「ん、今日はいいや。帰って考える」
タオルを離せないまま、顔にあて答えた。
「腹が空いてると、碌な事考えません。私にもご令嬢を見送ってしまった責任があります」
「ジャックのせいじゃない…今日のメニュー何?」
「ラムチョップのチリンドロンソースです」
「ふは…大好物だ」
食べて、考えよう。答えは出ている気はするが、実際は彼女を傷つけたのだ。
お疲れ様です!
いつも読んで下さってありがとうございます!
ふは、年度末です。新しい体制になったものでバタバタしております。
更新速度を落としたくなくて、もだもだしております。
いつもありがとうございます!頑張ります!('◇')ゞ




