表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/110

スコールと思い出


 帰りが一人なんて初めての事だった。いつもは…と考え思考に蓋をする。


「早く戻りましょう」


 誰に聞かせるわけでもないが、そう呟くと馬車止めまで歩いた。高位貴族用の馬車止めは、表学園門に近い屋根付きの、校舎に直結した石畳の専用ロータリー。昼間にはあんなに澄み渡る夏空だったのに、今は白黒の背景に変わっていた。


「リュミエール嬢!」


 後ろからかけられた声は、マイク様だった。なぜここに?と思う間に目の前に、少し息を切らしたマイク様が微笑む。


「今日はミモリ嬢がいないでしょう、シルヴァン殿下がお送りするようにと…」


 上擦った声、少し早口になっている。


「でも、馬車がもう来ますし…」

「良ければ、うちの馬車で送らせて下さい」


 そう、マイク様がおっしゃった途端に、黒に銀の縁取りをした瀟洒(しょうしゃ)な馬車が滑り込んできた。


「あ、」「あ…」


 どちらともつかない、吐息のような言葉が漏れる。くすりと目を合わせ笑うと、私は公爵家の御者に告げた。


「エアルのいる神殿によります。ビンチョス伯爵家の馬車に乗り合わさせて頂きますので、先に帰ってくれる?」


 我が家に何度も訪れているマイク様の事はご存じのはず、公爵家の制服を着た御者は、何度か空を仰ぐと、諦めたように頷いた。


「承知いたしました。雨足も強くなりそうです。くれぐれもお気をつけて」

「わかったわ」


 初めて見たビンチョス伯爵家の馬車は、ゴーディ家の物と遜色(そんしょく)ないほど大きかった。わたくしが目を見張ったのがわかったのか、彼は少してれくさそうに笑う。


「うち、家族多いので…どうぞ」


 扉を開けて手を貸して頂く、前の席に座ったマイク様が伝声窓に声をかけた。


「ジャック、神殿まで頼むよ。寒くはないですか?」

「はい。ありがとうございます」


 ぽつぽつと馬車の屋根に雨が当たる音がする。スコールの気配を察してか、道が混み始めたらしい、王都の道は狭いので、馬車が進んでは止まるを繰り返す。


「少し混んできたようです。あの、リュリュ」

「はい?」

「今日は様子がおかしかったから、気になりました」

「…ごめんなさい。久しぶりにお会いできたので、少し…意識をしてしまったようです」


 マイク様の声が少し喜びをはらみました。


「僕を意識して下さったのですか……」

「それは…はい」 

「…隣に座っても?」


 少し掠れた声で聞いてくるマイク様に、私は制服のスカート部分を少し寄せる。


「どうぞ」


 すぐに、マイク様が隣へ沈み込んだ。気配が近くて胸が高鳴ってしまう。落ち着かなくて、馬車の小窓から引かれたカーテンを少し捲れば、帰路を急ぐ人々と石畳を打つ雨粒がはっきり見える。


「あ…」


 王都では大きな食料品店、カラフルな屋根の軒下にいた小さな公爵家の紺色のお仕着せ。


「メイヤ?」


 わたくしの声を拾ったのか、マイク様が後ろから覗きこんだ。


「急に振り出したから…傘を持っていないのか」


 少し離れた道にいた馬車が、再び走り出そうとしたのでマイク様が止める。


「ジャック、あの店にいるレイクツリー家のメイドに傘を届けてあげてくれる?」


 伝声窓からマイク様がそう告げると、短い了承の後に御者の方が傘を持ち、メイヤに駆け寄ろうとするのが見えた。少しやり取りをしているらしい。


「…受け取らないのか?」


 ジャックさんが、傘を持ち戻ってくる。メイヤがこちらに向けて頭を下げたのがわかった。


「ご迷惑になるからの一点張りで」

「そんな…」 

「ああ、全く…!」


 雨足は強くなる。マイク様がジャックさんから、傘を受け取ると馬車道を渡り、一直線にメイヤに向け走った。 


「あ……マイク様?」


 その背中は、メイヤしか見ていない。    


「レイクツリー家のご令嬢はどうぞ、扉を閉めて車内でお待ちください。濡れますから」


 御者席に戻ったジャックさんが気遣い声をかけてくれる。なぜか居たたまれない気持ちになった。

 メイヤに傘を渡し、もどってきたマイク様になんて声をかける?もし、連れて戻ってきたら。


「ごめんなさい。わたくし用事を思い出しました。ここで失礼します」

「え?何言ってるんですか!」


 馬車の扉を開けて、私は飛び出してしまったのだ。

 御者席から、呼び止めの声がかかるのがわかったが、雨の音が消してくれる。どうしてもあの場にいたくなかった。リュミエールなら?そう考えた時に足が止まる。


「前にもこんな事があったわ」


 それはリュミエールとしての記憶ではなかった。今まで思い出したこともない、リュミエールでなかった頃の私。マリアのように、推しを覚えているわけではなくて、自身のことは思いだぜず、ただぼんやりと前世にはこんな物があったわね。くらいの思い出しかなかった。シュシュなどがそうだった。


 でも、前にあったわ、こんな風に雨にうたれた事。

 前世で少し気になる同僚がいた。彼から夕食に誘われたちょっと良い居酒屋。いつもの同僚ではなく、その瞳にはらんだ熱に期待をして行った。でも、待っていたのは彼と私の後輩の女の子。すぐに理解したの、私はダシに使われたのだと。

 盛り上げるだけ盛り上げて、タクシーで後輩と一緒に送ると言われたのを断って、駅まで歩いた。

 その頃の私も、彼の顔も覚えていないけど。冷たい雨の感覚だけは覚えている。文句を言いながら歩いて…帰ったら、熱いシャワーを浴びて三悪の続きをしよう。そう思った。もうすぐ推しのエンディングも近いのよ…ふいにその時の私を慰めた画面の彼を思い出す。


 あれは…。急に鼻がつんとして、寒さに身を震わせた。


「っ…くしゅん。いけない、風邪ひきそう。ここからなら、神殿も近いわ…急がないと」


 王都通りで良かった。中心街に近いここは歩いて行ける距離だったはず。


「マイク様のこと、ちゃんと考えよう」


 …その時だった、急に後ろ手を引かれる。


「ひゃっ…いゃ…」

「リュミエール嬢だろう、なぜこんな所にいる?ビンチョスが送ったのではないのか?」


 マイク様ではない知らぬ男だった、背の高い。金髪に青い瞳だが、よくわからない。後ろに引かれ、転びそうになるのを、彼の手が支えた。

 ビンチョス?マイク様を知っている方、でも怖い。


「離して下さいませ、人を呼びます!」

「ああ、(らち)があかないな、私だシルヴァンだ」


 声はシルヴァン殿下に似ている。でも髪色が違うし、目も…雨のカーテンに遮られてはいるが、青い瞳にはうっすらと金の輪が見えた。


「っ……失礼を致しました」


 私は慌てて、頭を下げる。


「いい、とにかくこのままでは風邪を引く。近くに兄上のやっている商会があるから行くぞ」

「いえ、わたくしは…」

「話はあとで聞く。シナモンロールがしけるだろう」


 みればシルヴァン殿下は片手にベーカリーの包みと黒い傘を持っていた。


「傘を差すが逃げるなよ。ちゃんと馬車も用意する」

「は…い」


 何でかしら、怒っている気がする。

 そして私はシルヴァン殿下と思われる人の横に並び、雨の王都を歩いていた。


 


お疲れ様です。

いつも読んで下さって本当にありがとうございます!

久しぶりの副音声。↓


……やってしまったね。

なぜか、私を見る女性軍からの瞳が険しい。


こんな展開…ありましたかしら?

ないわね。ありえないわ。


だから、地球産の魂は面白いよね。思いもしないこと

しでかす……やだな。睨まないでよ。

恋愛バラエティで不適切発言したみたいじゃん(焦)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
微笑ましい馬車デートかと思いきや、前世のトラウマを刺激する状況だったのですか……。 (;∀;) リュミエールの複数の記憶も混濁しているのかも。 これは転生組でも個人差が大きそうですね。 (・∀・) …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ