スコールと思い出
帰りが一人なんて初めての事だった。いつもは…と考え思考に蓋をする。
「早く戻りましょう」
誰に聞かせるわけでもないが、そう呟くと馬車止めまで歩いた。高位貴族用の馬車止めは、表学園門に近い屋根付きの、校舎に直結した石畳の専用ロータリー。昼間にはあんなに澄み渡る夏空だったのに、今は白黒の背景に変わっていた。
「リュミエール嬢!」
後ろからかけられた声は、マイク様だった。なぜここに?と思う間に目の前に、少し息を切らしたマイク様が微笑む。
「今日はミモリ嬢がいないでしょう、シルヴァン殿下がお送りするようにと…」
上擦った声、少し早口になっている。
「でも、馬車がもう来ますし…」
「良ければ、うちの馬車で送らせて下さい」
そう、マイク様がおっしゃった途端に、黒に銀の縁取りをした瀟洒な馬車が滑り込んできた。
「あ、」「あ…」
どちらともつかない、吐息のような言葉が漏れる。くすりと目を合わせ笑うと、私は公爵家の御者に告げた。
「エアルのいる神殿によります。ビンチョス伯爵家の馬車に乗り合わさせて頂きますので、先に帰ってくれる?」
我が家に何度も訪れているマイク様の事はご存じのはず、公爵家の制服を着た御者は、何度か空を仰ぐと、諦めたように頷いた。
「承知いたしました。雨足も強くなりそうです。くれぐれもお気をつけて」
「わかったわ」
初めて見たビンチョス伯爵家の馬車は、ゴーディ家の物と遜色ないほど大きかった。わたくしが目を見張ったのがわかったのか、彼は少してれくさそうに笑う。
「うち、家族多いので…どうぞ」
扉を開けて手を貸して頂く、前の席に座ったマイク様が伝声窓に声をかけた。
「ジャック、神殿まで頼むよ。寒くはないですか?」
「はい。ありがとうございます」
ぽつぽつと馬車の屋根に雨が当たる音がする。スコールの気配を察してか、道が混み始めたらしい、王都の道は狭いので、馬車が進んでは止まるを繰り返す。
「少し混んできたようです。あの、リュリュ」
「はい?」
「今日は様子がおかしかったから、気になりました」
「…ごめんなさい。久しぶりにお会いできたので、少し…意識をしてしまったようです」
マイク様の声が少し喜びをはらみました。
「僕を意識して下さったのですか……」
「それは…はい」
「…隣に座っても?」
少し掠れた声で聞いてくるマイク様に、私は制服のスカート部分を少し寄せる。
「どうぞ」
すぐに、マイク様が隣へ沈み込んだ。気配が近くて胸が高鳴ってしまう。落ち着かなくて、馬車の小窓から引かれたカーテンを少し捲れば、帰路を急ぐ人々と石畳を打つ雨粒がはっきり見える。
「あ…」
王都では大きな食料品店、カラフルな屋根の軒下にいた小さな公爵家の紺色のお仕着せ。
「メイヤ?」
わたくしの声を拾ったのか、マイク様が後ろから覗きこんだ。
「急に振り出したから…傘を持っていないのか」
少し離れた道にいた馬車が、再び走り出そうとしたのでマイク様が止める。
「ジャック、あの店にいるレイクツリー家のメイドに傘を届けてあげてくれる?」
伝声窓からマイク様がそう告げると、短い了承の後に御者の方が傘を持ち、メイヤに駆け寄ろうとするのが見えた。少しやり取りをしているらしい。
「…受け取らないのか?」
ジャックさんが、傘を持ち戻ってくる。メイヤがこちらに向けて頭を下げたのがわかった。
「ご迷惑になるからの一点張りで」
「そんな…」
「ああ、全く…!」
雨足は強くなる。マイク様がジャックさんから、傘を受け取ると馬車道を渡り、一直線にメイヤに向け走った。
「あ……マイク様?」
その背中は、メイヤしか見ていない。
「レイクツリー家のご令嬢はどうぞ、扉を閉めて車内でお待ちください。濡れますから」
御者席に戻ったジャックさんが気遣い声をかけてくれる。なぜか居たたまれない気持ちになった。
メイヤに傘を渡し、もどってきたマイク様になんて声をかける?もし、連れて戻ってきたら。
「ごめんなさい。わたくし用事を思い出しました。ここで失礼します」
「え?何言ってるんですか!」
馬車の扉を開けて、私は飛び出してしまったのだ。
御者席から、呼び止めの声がかかるのがわかったが、雨の音が消してくれる。どうしてもあの場にいたくなかった。リュミエールなら?そう考えた時に足が止まる。
「前にもこんな事があったわ」
それはリュミエールとしての記憶ではなかった。今まで思い出したこともない、リュミエールでなかった頃の私。マリアのように、推しを覚えているわけではなくて、自身のことは思いだぜず、ただぼんやりと前世にはこんな物があったわね。くらいの思い出しかなかった。シュシュなどがそうだった。
でも、前にあったわ、こんな風に雨にうたれた事。
前世で少し気になる同僚がいた。彼から夕食に誘われたちょっと良い居酒屋。いつもの同僚ではなく、その瞳にはらんだ熱に期待をして行った。でも、待っていたのは彼と私の後輩の女の子。すぐに理解したの、私はダシに使われたのだと。
盛り上げるだけ盛り上げて、タクシーで後輩と一緒に送ると言われたのを断って、駅まで歩いた。
その頃の私も、彼の顔も覚えていないけど。冷たい雨の感覚だけは覚えている。文句を言いながら歩いて…帰ったら、熱いシャワーを浴びて三悪の続きをしよう。そう思った。もうすぐ推しのエンディングも近いのよ…ふいにその時の私を慰めた画面の彼を思い出す。
あれは…。急に鼻がつんとして、寒さに身を震わせた。
「っ…くしゅん。いけない、風邪ひきそう。ここからなら、神殿も近いわ…急がないと」
王都通りで良かった。中心街に近いここは歩いて行ける距離だったはず。
「マイク様のこと、ちゃんと考えよう」
…その時だった、急に後ろ手を引かれる。
「ひゃっ…いゃ…」
「リュミエール嬢だろう、なぜこんな所にいる?ビンチョスが送ったのではないのか?」
マイク様ではない知らぬ男だった、背の高い。金髪に青い瞳だが、よくわからない。後ろに引かれ、転びそうになるのを、彼の手が支えた。
ビンチョス?マイク様を知っている方、でも怖い。
「離して下さいませ、人を呼びます!」
「ああ、埒があかないな、私だシルヴァンだ」
声はシルヴァン殿下に似ている。でも髪色が違うし、目も…雨のカーテンに遮られてはいるが、青い瞳にはうっすらと金の輪が見えた。
「っ……失礼を致しました」
私は慌てて、頭を下げる。
「いい、とにかくこのままでは風邪を引く。近くに兄上のやっている商会があるから行くぞ」
「いえ、わたくしは…」
「話はあとで聞く。シナモンロールがしけるだろう」
みればシルヴァン殿下は片手にベーカリーの包みと黒い傘を持っていた。
「傘を差すが逃げるなよ。ちゃんと馬車も用意する」
「は…い」
何でかしら、怒っている気がする。
そして私はシルヴァン殿下と思われる人の横に並び、雨の王都を歩いていた。
お疲れ様です。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます!
久しぶりの副音声。↓
……やってしまったね。
なぜか、私を見る女性軍からの瞳が険しい。
こんな展開…ありましたかしら?
ないわね。ありえないわ。
だから、地球産の魂は面白いよね。思いもしないこと
しでかす……やだな。睨まないでよ。
恋愛バラエティで不適切発言したみたいじゃん(焦)




