表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/110

最後のカーテシー


 クロヌロア王立学園、西館二階。学生が集う食堂とは明らかに違う、プライベートコリドーをシルヴァンは彼の従者であるビンチョス、そして美しいストロベリーブロンドを持つ令嬢、マリアベルと歩いていた。靴底を包むモスグリーンの絨毯(じゅうたん)は王城と遜色(そんしょく)なく、滑らかだ。


「では、マリアベルはこちらのサロンを使うのは初めてなのか?東屋で食事をとっていると聞いたが」

「淑女科では食堂を使って、ランチボックスを持ってきておりました」


 大きめにとられた窓からは陽光が降り注ぎ、彼女のブロンドを揺らす。


「とても美しい建物で吃驚しております」

「そうか、残念ながらメニューは、王城から連れてきたシェフが作っているが、味は保証する」

「楽しみですわ」


 王族の使う個室はこの先の奥まった場所にある。もうしばらくは、会話を楽しめそうだと思った時だった。


「久しぶりのサロンなのだから、もっと嬉しそうなお顔をなさったら?スルト騎士爵令嬢」


 ぴたりと、マリアベルの足が止まる。ビンチョスが片眉を上げた。


「もう二度と入れないかもしれませんわね」

「お労しいですわ」


 嫌らしい含み笑い、扇を閉じる音。


「扉が閉まりきっていないのでしょう。閉めてきます」


 そう言ってビンチョスが歩を進めようとした瞬間に、マリアベルが自らの銀青の扇で止めた。


「わたくしが参りますわ」


 角を曲がり覗き見れば、エリザベスの両側に女生徒が二人と、前を歩くベルオーク侯爵令嬢のオルガーニャが見えた。


「お声が大きいのではありませんこと?」

「え、ゴーディ様?」


 慌てたように、オルガーニャ、スルツ伯爵家のエヌラ、が扇で口元を隠した。そして…。

「マギリア…」そっと覗いたビンチョスが、うんざりした顔をする。


「どうしてこちらに?いえ、マリアベル様こそ、今までエリザベスに迷惑を(こうむ)ってらしたのでしょう。よろしければお食事をご一緒しませんこと?」 


 顔を伏せたエリザベスが、びくりと肩を揺らすのを視界の端で捉えると、マリアベルは持っていた扇で口元を隠した。瀟洒(しょうしゃ)衝立(ついたて)に身を置き、俺は様子を覗う。彼女たちの声を聞きつけて、現われた給仕にビンチョスは人払いを言いつけた。


「わたくしがなぜ、そのような()骨頂(こっちょう)の会合に参加しないといけませんの?」


 興味の欠片すらもたない口調で、淡々と言い放つ。


「え、でも…」

「顔を上げなさい、エリザベス・スルト!」


 喝を入れるような、声だった。


「我がゴーディの血脈にこんな無様な者がいるはずがないわ、顔を上げ、その手を振り払いなさい!エリザベス!」

「な…なにをおっしゃ…」


 エリザベスが、両腕を摑まえていたエヌラとマギリアの手を振り払った。


「言いたい事を言ってくれるわね、マリアベル…」


 顔を上げ、睨みつける。


「言うに決まっているでしょう、従姉妹なのだから」


 ふ、マリアベルらしい。オルガーニャが慌てて口を挟む。


「すでにスルト侯爵家は…」

「それが何?私とエリザベスが従姉妹同士なのは変わらないわ。スルツ伯爵家エヌラ、あなたも血筋は遠いとは言え、同胞(はらから)でしょう。恥じなさい」


 エヌラは震えるように持っていた扇を落とした。


「この事はゴーディ家より、追って抗議文をお出ししますわ。お行きなさい」

「は、はい」


 マリアベルの一声で三人は足早に去る。エリザベスを残して。我々の姿を認めた三人は顔を伏せ、ビンチョスの従姉妹だけは、何かを言いたげに去った。


「誰のせいだと…」

「叔父様の…いえ、スルト侯爵家で止めなかった皆様のせいでしょう。あなた方はこれから、一生をかけて領民に尽くさねばなりません。だからと言って下を向き、諦めてしまうなんてらしくありませんわ」

「……っつ」

「わたくしの従姉妹は狡猾(こうかつ)で、貴族子女としての矜持(プライド)を持つ女性ですわ。ああ、後、お兄様が魔獣と舌を巻くほどの身体強化!」


 今、何か聞き捨てならない事を聞いた気がする。


「な…っ」

「エリザベスの頭を押さえつけた時にわかったそうですわ。あれほどの力をなぜ隠すのかと」

「失礼なこと言わないで!」


 顔を赤くして、エリザベスが声を上げた。


「失礼?ゴーディ領では誇るべきこと。剣を取りなさいエリザベス、一匹でも多くスルト領の魔獣を狩りなさい、あなたのへっぽこお兄様を鍛えなさい!」

「…ジル兄さまが…へっぽこ?」

「へっぽこでしょ、顔も腕もアイシュア兄さまの方が上だわ。だから、励みなさいな。あなたが変えるの、ジルニスもスルト領も」


 ビンチョスと顔見合わせた。エリザベス嬢の身体強化もだが、へっぽこ…。口元に手をやり、笑いをこらえる。意味はわからないが、未熟さが余るジルニスには合っている気がする。

 それにしても、気になる女性が別の男を褒めるのは気分が良くない。


狡猾(こうかつ)は言い過ぎだわ…」

「あら…そう?なら狡賢(ずるがしこ)い?」

「同じよ…わたくし…スルト領に戻るの。あなたに言われたからではないわよ。遅かれ早かれ戻ろうと思っていたわ。今日はお別れ会だと言うから来ただけ」

「散々だったわね」

「あんたが言わないでよ、嫌みを言われても、もう一度ここに来たかったの、最後なら尚更」


 ぽつりぽつりと話す二人にさっきまでの険悪さはない。


「…一緒に食べる?」

「ごめんだわ」

「わたくしが、今日乗ってきた馬車でスルトまで帰りなさいな。ミモリに行っておくわ、あれなら荷物も積めるし楽なはずよ…乗合馬車になんか慣れていないでしょ」

「何?(ほどこ)し?」

「ああ、もういい加減にしてエリー、従姉妹だからよ」

「……わかったわ。マリア。お母様のためにも借りるわ」


 エリザベス嬢が振り返ると、衝立(ついたて)の側の壁に凭れる俺を見つける。

 彼女はふっと、笑みを浮かべ、見事なカーテシーを俺に捧げた。


「息災で」


 俺はそれだけを口にした。

 エリザベス嬢は瞼を閉じ、小さく会釈をすると確かな足取りでサロンを後にした。


「リュミエール嬢がお待ちかも知れません。マギリアには後から僕が言っておきます、マリアベル嬢?」

「昔は遊んだ覚えもあります…いつからか…変わって」


 淡い赤色の唇を噛み締めたマリアベルの言葉がと切れる。


「私とビンチョスは先に行こう。マリアベル、君は少し遅れて来たまえ」

「……はい」


 ビンチョスと並んで歩く。気にはなるが、淑女の涙を見るのは(はばか)られた。


「さっきのちょっと格好良かったですよ」


 にんまりとビンチョスが口角を上げる。


「お前に言われてもつまらん」

「ふは、俺もです」



エリザベスside


プライベートコリドーを抜けた場所で、リュミエール様がミモリと歩くのが見える。端に除けなければと思ったときだった。


「エリザベス様」


 低く、柔らかな声が私を止めた。顔を上げるとリュミエール様が驚くほど近くにいる。陰るほどの睫を(まと)う紫の瞳がわたくしを射止める。


「リュミエール様。何か?」


 マリアベルは声が大きい。わたくしも感情に踊らされて声を荒げてしまった。聞こえていたに違いない。きっと何か言われるのだろう。


「これをあなたに」


 差し出されたのは、マリアベルの色を(まと)う扇だった。新緑色の扇に房を飾るは赤い輝石。


「これはリュミエール様とマリアベルが交換をしたものでは?」

「ええ。でもあなたがマリアの言葉を忘れぬよう預けますわ。それに…わたくしには少し重いのです」


 重い?扇が?受け取って持ってみる。あの子、なんで扇の骨にミスリル使ってんのよ…。


「何かあった際には叩いてやるといいですわ!そう言って渡されました」


 くすくすと微笑うリュミエール様の声が耳朶(じだ)を打つ。


「親友があなたの無事を望むなら、わたくしも望みます。お元気で」

「……ありがとうございます」


 サロンを出て踏み出せば、ジリジリと肌を焼く日差しが、わたくしに降り注いでいた。日傘を差しかけるメイドはもういない。不思議と体が軽かった。


 この時期が終わる頃、私は領地でどうしているのかしら?真実(まことし)やかに海の災厄と言う名が聞かれるようになった。それを倒す乙女がいるとも。


「災厄なんかに負けんじゃないわよ、マリア」


 踏みしめた足元からは、緑の匂いが立ち昇っていた。



 

お疲れ様です。

いつも読んで下さって、本当にありがとうございます!


彼女の退場はマリアベルの考えありきで作りました。

そしてカーテシーを受けるのはシルヴァンにしよう

これも決まっておりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
エリザベスは序盤でマリアベルへの嫉妬を拗らせた感じでしたよね。 なんだかんだ地方の領に行くことになったけど、和解? な感じになって良かったです! ヾ(・ω・*)ノ 割りとしたたかそうでしたし、きっと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ