二十一.いつか再び
三人の若者が村長達へ抗議をするもむなしく
結局はトージャの祝言を挙げた後ニレの木は
伐り倒されることとなった。
森の岩に腰掛け、ため息を漏らすトージャに
白き大猫が声を掛ける。
「まあ、気を落とすな。
アゲハの尻に敷かれる生活も、そう悪くは
ないかもしれんぞ」
「それより、ニレが心配だ」
「あれは私達の親玉みたいなものだ。
自分の事は自分で守るだろう、大丈夫」
大猫は手を舐め、最期にトージャの頬を舐めた。
「……くすぐったい」
「それは頬が? それとも照れか?」
大きな白猫は意味ありげににやりと笑うと
コウモリの翼でその場を後にした。
そして、やがてその日はやってきた。
村人が作った道を着飾った花婿と花嫁が歩く。
二人に向け、花びらの雨が注がれる。
アゲハは嬉しそうに、トージャもにこやかに
村人達に手を振っていた。
そんな中、村人達の端で様子をこっそりと
見ていたローズに、アキニスが近寄った。
「もっと堂々と見ろよ。
盗賊に対するお前の活躍は村中の人が
知っている。トージャとは何もないんだし
今更咎める者もいないさ」
「いいよ、私はここで。……ねぇ。
二人の子ども、きっととっても可愛い
だろうね。いいなあ」
「へえ、お前、母性とかあるのか」
意外そうな素振りでアキニスがからかった。
その腹にドン、と重い肘打ちが入る。
「子どもは好きだよ。
だから私もいつか子が欲しい。
私と同じ、花の名前を付けるんだ。
ママは花みたいな女の子になるようにって
私にこの名前を付けたみたいなんだけど
全然そんな感じにならなかったな。
初恋に花を咲かせることも出来なかった。
だけどこんな私でも、いつか花を咲かせる
ことが出来るんじゃないかな、何か希望が
あるんじゃないかなって、ふと名前を
思い出しては考えるんだ。
……不思議でしょ?
だからそんな、希望の花を名前を付けるんだ。
私の子も、その子のその子のその子どもも……。
ずーっと続けてほしいな、花の名前」
「まじか。男でも花の名前にする気か」
「あはは、そこまでは考えてなかったよ」
ローズは豪快に笑い飛ばすと、トージャ達を
にこやかに見つめた。
そしてその夜、ローズは村を出て行った。
とある願いをニレの木に託し、託されて。
それをアキニスは見つめ、出立を見送った。
いよいよ、そのときは来た。
空はいつのまにか闇へと近づいていた。
それが日が暮れようとしている必然か
それとも何か異変が起こっているのか。
区別はつかないがトージャの胸中は
ひどくざわついていた。村人達がニレを
刀で切り倒そうと泉へ向かったとき。
その変わり果てた光景を見て唖然とした。
泉には銀の木の姿は跡形もなく忽然と
消えていたのだ。
「どういうことだ……?」
「トージャ、お前まさか何かしたのか!?」
村長と油屋がとぼとぼと後から付いてきた
トージャを振り返る。が、彼は首を振った。
しかし唯一斬り倒せる刀はずっと油屋が
所持していたし、そもそも、泉の中の
根っこもろとも消えてなくなっている。
大木が自身で移動したというのか。
さっぱりわからぬという顔をする村人達に
どこからともなく現れた大猫が声を掛けた。
「ニレはここにやってきたときと同じ様に
銀色玉となって地中に帰った」
猫の仲間の、銀角のトカゲも現れた。
「もうここにはいられない、そうだ。
残念だったな」
それを聞いてトージャは胸を撫で下ろした。
だがどこに行ったのだろう。
トージャはニレの気配を探ろうとするも
もう既に近くにはいなかった。
「良かったですね、これで一安心だ」
トージャはくるりと向きを変え村に帰った。
―――――数分後。未だ油屋や他の村人は
その場を離れようとしない。
「銀の木の力を調べてやろうと思ったのに」
「せっかく切り出せる刀を手に入れたのに」
口々に話す村人達。村を危険から遠ざける為に
切り倒すのではなかったのだ。最初から
その木の持つ力に眼がくらんでいたのだ。
「だがまだ希望はある。
銀の角を持つ生物が、ここにもいるぞ?」
「角だけでも切り出そう。
何か力があるに違いない」
「トージャはもう次期村長ではない。
今がチャンスだ……!」
村人たちの血走った目が、大猫とトカゲの
額に生える、立派な銀の角を捉えた。
「この私に敵うと思っているのか」
牙を剥きだし威嚇する大猫。
だがトカゲがその前に繰り出し
「お前はラウルスを頼む。
あいつはまだ幼い。
遠くへ連れて行ってくれ」
と大猫に指示する。
大猫は頷くも、トカゲをちらと見やる。
「わかった、だがお主はどうする」
「ここを踏ん張りどころとする」
トカゲは目を眼光を鋭く光らせ、
刀を持つ村人達と対峙した。
その後、騒動を知ったトージャは自分を
責めた。なぜあの場をすぐ去ったのか。
彼らの意図をなぜ見抜けなかったのか。
大事な友人であるトカゲの角を
村人が切り落としたことを知り
彼は嘆き悲しんだ。
そしてその角と引き換えに、手負いの
トカゲは刀を奪い、逃げ去ったという。
また他の友もこの地を去ったことを知り
そしてローズがいなくなった寂しさや
村長の跡取りでなくなったむなしさ。
自分の力のなさをひしと感じ、トージャは
ただ落ち込んでいた。
それでも、時間は進み、日は沈みまた昇る。
トージャとアゲハに、子どもが出来た。
燃えるような赤毛の男の子であった
村の主権はいつしか油屋が持つようになり
村長の座を継ぐはずだったアキニスも
窮地に追い込まれていた。
「とんだ嫁さんをもらっちまったな。
あの女の従者が昨日、俺の馬の鞍に
細工してたの見ちまったよ。
気付かず乗ってたら馬から
振り落される所だったぜ」
「あの赤毛の男か……?
そうか……」
トージャはその男に思い当る節があるのか
気を落としていたが、驚きはしなかった。
アキニスはその様子が気になったが
勤めて明るく、あっけらかんと言った。
「まあ、俺が邪魔なんだろう。
村長の権限は徐々に油屋に移りつつある。
結局、油屋を継ぐお前が村長になるんじゃ
ないかな。というよりそうしてくれ。
近いうちに俺は村を出ていくから」
「お前までいなくなるのか……
俺の周りはどんどん仲間がいなくなるな」
「兄貴は子どもが生まれたばかりだろう?
そう気を落とすなよ」
だがトージャは一層表情を暗くさせ
顔を上げようとしない。
「義父は銀の角を酒に漬けこんでいるという。
それを先日、従者の男に飲ませたそうだ」
「!? なんだそりゃあ」
アキニスは顔をしかめた。
「俺やローズが得たような武力を少しでも
得たいらしい」
「……そんなの偽物の力じゃないか!
兄さんやローズはニレに祝福されて力を
得た。全然違う。ああ、こんなときに
ローズがいてくれればな」
「そうだな……。
最初からローズをよく見ていたら良かった。
何事も、俺には見抜く力が無かったらしい」
「何事も、って他にも何かあるのか?」
トージャはぎり、と歯を食いしばり
消え入りそうな声で告げた。
「生まれた赤子は、俺の子じゃない」
「!?」
アキニスはひたすらに驚いた。
赤毛の子……誰の子だ!?
まさか、従者の赤毛の男か……?
トージャは息を荒くし、肩を上下させる。
込み上げてくる感情を押さえているのだろう。
「俺は、もう希望を持てない。
仲間も、愛もない。
だけど村を出ることも出来ない。
お前が村を出るなら、頼みがあるんだ」
そう言うとトージャは持っていた小刀で
反対の腕を自ら斬りつけた。
赤い鮮血がぽとぽとと地に落ち、染みていく。
血を流す当人はそれを革袋に入れ、
アキニスに差し出した。
「この俺の血を、どうかお前の体に
入れてくれ。そして、いつか。
お前でも、お前の子でもいい。
いつかローズを探し、血縁をつないでくれ。
ニレが去る前に、俺に語りかけてきたんだ。
真実の愛と友情が再びひとつになったとき
生まれた子が希望をもたらしてくれると。
……簡単にお前に頼むことじゃないことは
分かっているが、頼む」
当惑するアキニスと真剣なトージャ。
二人の姿を木の陰から去ったはずの大猫が
首を傾げ眺めていた。
「間抜けな話だな、トージャ」
「すまない、シルクス。
お前の力で、ローズを探せないか?」
大猫はしばし黙った後、静かにこう言った。
「実から与えられる力は、我らの数分の一。
角を持つ仲間ならぴんと来るが、ローズは
どうかな……、やるだけやってみよう。
アキニスは私が送っていく」
アキニスはトージャの血を飲むと
シルクスの背に乗り、村を後にした。




