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風雲の場所  作者: yunika
第二章
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二十二.忍び寄る翼の影

ヴィヴィアン女史の研究室は

しん、と静まり返っていた。


誰もが耳にした話の着地点を

頭の中で探っているようだった。


そしてビャッコは語り出した。

静かに、昔話の顛末を。


「こうしてアキニスはローズが去ったと

 されるジオリブ国へと向かったそうだ。

 そしてここからは推論だがロゼナで

 菓子店を興した男と出会い結婚した

 ローズ。そこで故郷で見た銀の角の生物

 ラウルスの菓子を作ったのだろう。

 そして子に花の名前を代々与え、やがて

 カズラが生まれた。


 ローズを探しきれなかったアキニスは

 スイレンで武功を上げ、ニレ一族を興した。

 トージャ様の血を託された彼の子孫として

 生まれた私と、ローズの子孫のカズラ。

 その私達のあいだにハクアが生まれ

 ニレの実はひとつに合わさった。ようやく

 ここで彼らの願いが叶えられたのだよ」


ビャッコはハクアの頭をぽん、と撫でた。



「なんや、つまりハクアは桃から生まれた子

 ってことなんですか!? 白桃!?」

「ちゃうわ!」



シュウの言い様にハクアはすかさず突っ込む。



「でも半分ずつ実を分け合った血がひとつに

 なったんでしょ? 合うてますやん」

「お前なあ……!」



そんな二人を横目にリオネルは冷静に

解釈をまとめた。


「つまりは、今現在続いているサルバト家には

 トージャ様の血は入っていないということ

 なのですね。だから銀の角を酒に漬けて

 ごまかしていた」


ビャッコはうむ、と頷く。


「その酒も割と効果はあったのだろうがな。

 それも尽きてしまったからこそ、遺伝子を

 いじくりはじめたのだろう」


そして一呼吸置くと、彼はハクアの肩を

ぽんと叩いた。


「シルクス達がカズラから金属有機体を

 感じるのもローズの純粋な血が脈々と

 受け継がれたから。対して私の直系の

 先祖アキニスはトージャの血を飲んだ、と

 いう時点で金属体の効能は殆ど無いのかと。


 髪が銀色でなく赤毛なままなのもいい証拠。

 大して母さんやハクアは銀色がかった灰だ。

 金属有機体の濃さ、というものが体に現れて

 いたのだろうな」


そして、とひと置きしてビャッコは続ける。



「サルバト卿達の住まう地は酒の力に頼った

 カリスマ性から屈強な武人が集まる事と

 なった。泉は誰の意向かそのままに、

 木があった伝承もそのままに。

 我々はサルバト達の秘密に知らぬふりを

 しながら、今まで従い続けた。

 

 ……だが」


「だが?」



ハクアは首を傾げた。


「此の度の分裂騒動において我々は

 反サルバト派となる。それにおいて

 何も遠慮することはないということだ」


そう言ってビャッコはにやりと笑った。

そしてハクアの肩に両手を置き


「やることは分かっているな?

 お前こそニレの申し子。

 銀の角の生物はお前を慕っている。

 仲間を一族の奴らから守るんだ」


頼んだぞ、とハクアに告げると、

ビャッコはカズラの手を取り、教授に会釈

し、颯爽と立ち去ろうとするのだが。


「あの、奥様の採血がまだです」


とヴィヴィアンに突っ込まれてしまった。



「シュウ君は、もう戻った方が良いかと」

「―――――はい。じゃあな、俺は戻るわ」



シュウは人差し指を口に当て、椅子を伝い

軽々と、再び通気口へと戻って行った。

それを確認したヴィヴィアンは再び

今いるメンバーに口を開く。



「角の珍獣を探すコンパスが出来るまでの

 間、しばらく日数を要します。

 出来上がったらすぐにハクア君に渡し

 ますので、そのつもりで。

 そして先程ビャッコ様が話された伝承を

 鑑みるとおそらく、トカゲと消えた刀と

 いうものの行方が戦闘上、かなり重要に

 なってくると思われます。なぜなら……」

「ああ、先日のあの報告か」



ビャッコも訳知り顔で頷いた。


―――――シュウが姿を消し、閉じられたはずの

通気口の蓋。密かにカタリと音を立てながら

何者かが聞き耳を立てていた。


ヴィヴィアン女史の研究により、現時点での

金属有機体濃度が最高値にあるのはハクアの

母カズラであり、まだ少年のハクアはまだ

成長期である知られた今日この日。

ニレ一族の人間たちからカズラは密かにボス

と呼ばれることになったのである。




―――――そんな日の数日前。


その日この地は朝から雨が降り森林道を

行く兵や馬にとってけして見通しの良い

視界であるとは言えなかった。


その中、兵が足早に泥道を蹴る音が

聞こえてきた。


「レッド様より一報。

 サルバト一味の潜伏先を確定次第

 速やかに報告後指示を待てとのこと」


雨にかき消されそうな声であった。

だが兵たちの士気は高まっていた。


―――――あと少しで、決着がつく。


滝の一族の山城からレッド卿はサルバト派を

追い詰め、激しい戦いとなった。

サルバトは逃げ延びたが、あとは時間の

問題であるかのように思えたのだ。


道行く兵達の中には以前ハクアと対峙した

ことのある元サルバト派、現レッド派の

おしゃべり男、カルオの姿もあった。



「全く……。サルバト達は滝の城を手放して

 どこに潜伏したっていうんだ。

 しかもご丁寧にありったけの金銀財宝、

 銀の角を漬けた瓶は持っていったらしいな。

 

 俺はもう、あの男の言いなりにはならない。

 俺を引き立ててくれたのは、レッド様が

 サルバト公に進言してくれていたからと

 知った今となってはな。

 ……が、こうもあちこち探す羽目になるなら

 ギリギリまで味方の振りをしておけば

 良かったかなー」


「おしゃべりが過ぎるぞ、口軽男。

 この先に進んだとみたが……

 だが、ここから先はもう進めないぞ?」



カルオを諌めた兵の一人は前方を指さした。


そこは急に森が拓けており、野原かと思えば

一歩先は崖であった。その下では雨で増水した

河川が轟々と唸りを上げている。


さらにその川を隔てた先には今カルオ達が

立つ場所よりも遥かに高く、聳え立つように

切り立った崖が彼らを見下ろしていた。


「なんじゃあこりゃあ」


カルオはため息をついた。


「ここを登っていったのか、橋もないのに」


崖の表面は土壁で、雨がしみ込んで脆く

なっているのか所々崩れ落ちたような跡が

見受けられた。兵の一人はごくりと固唾を

飲んでそれを見上げている。


そして一言、ぽつりと呟いた。


「翼でもない限り、ここを越えるのは無理だ」




その崖を越えた、野営地にて。


白衣の科学者らしき男が、公爵の様子を

窺っている。件のサルバト公爵は片手に

グラスを持ち、兵達の様子に見入っていた。


「お前の開発したエキスは、どうやら打った

 本人にも影響を及ぼすらしいな」


科学者のアンスルは当初の目的が外れた

ことに多少言い訳を滲ませながら、


「はあ……、若様のお子に影響を与える見通し

 でしたが。奥方様の遺伝子の相性からか

 今回は金属有機体遺伝子は淘汰されて

 しまった様ですな」


と頭を掻いた。



「だが、その失態からお前は挽回した。

 エキスの効能を促進させる薬を開発。

 それらを我が兵にも打ち、最強の軍団を

 作り上げるのに貢献してくれた」

「お褒めの言葉、うれしゅうございます。

 ところで、この金属有機体の元となった

 角の持ち主は翼を持っていたのでしょうか?

 

 生物分野で様々な研究を行ってきましたが

 こんな研究成果が得られる日が来るとは。


 ……まさか人間から翼が生えるとは

 想像もつきませんでした」



サルバト公の前に、ずらりと並ぶ彼の精鋭達。

彼らの背からは翼竜を彷彿とさせる形状の

翼が生えていたのだ。


「もはやこれで誰にも媚びを売る必要はない。

 むしろ皆が我々に媚びる側。

 ラキニル国の新しい技術とやらも必要ない。

 航空戦力の供給はもはや必要ないのだから。


 お前達! レッド一味を倒して見せようぞ!」


サルバト公は力強く叫ぶと、自信ありげに

にやりと口端を吊り上げた。

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