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風雲の場所  作者: yunika
第二章
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59/79

十.ロゼナの街

ジオリブ国の南沿岸に位置するロゼナには

ハクアの母、カズラの実家があった。

カズラの実家は知る人ぞ知る老舗の菓子店で

あり、ハクアもこの店で祖母が作る菓子が

大好物であった。


本来ならばバターの焼ける匂いで人々を誘う

この店の前には今、地獄の門番の如き風貌で

シルクスが背中の毛を逆立て座していた。


「なんだ、お主が来たのか」


ラウルスとともに店の前に現れたハクアを

一目見るなりシルクスは不満そうに、だが

ふっと表情を緩め、ため息をついた。


「父さんが足も口も動かさなかったんだ。

 シルクス、母さんは?」

「花の名の乙女ならば、中にいる」


シルクスはのそりとその場を退き

ハクアに道を空けた。




店の裏側からつながった祖父母宅の居室で

カズラはハクアに背を向け正座し、ツンと

澄ましていた。その態度にまるで自分まで

怒られている気分になったハクアはただ

申し訳なさそうに


「何があったの?」


と恐る恐る尋ねてみる。

するとカズラは


「あの人は?」


と尋ね返してきただけであった。

あの人、というのは言わずもがなハクアの

父であり、自身の亭主であるビャッコの

ことを言っているのだろう。

ハクアは母の気を逆撫でしないように

言葉を思案したが、そうすればする程に

火に油を注ぐことになりそうだったので


「固まってたよ」


と事実だけ言っておくことにした。


「そう」


カズラはそう言い、深いため息をつくと

ハクアに向き直り語り始めた。


「私達はね、親同士が決めた結婚

 だったのよ」


「そうなの……」


ハクアはそのことは初耳であったが、

それ自体は大して珍しいことではない。

それにハクアが知る両親は仲睦まじく

父も母を大事にしているように思えた。


「でも、お互いに尊敬し合ってるよね」


ハクアの言葉にカズラがぴくりと反応した。


「尊敬し合ってる、じゃないわ。

 尊敬し合ってた、よ!

 昨日あの人があんな事を言うまではね!」


「あんなこと?」


カズラは相当鬱憤が溜まっていたらしい。

結い上げた髪は今にも蒸気で爆発しそうだ。

ハクアは、怒髪天とはこういう事態だなと

思ったが当然口にしてよい状況ではない。

次の刹那、カズラは一気に噴火した。


「あの人ったら、私のことを最初っから

 名前しか興味なかったとか言ったのよ!

 花の名を持つ女が好きだからって!

 これどうよ!?」


どうよ、とは自分に感想を求めているの

だろうか。だがハクアは本気で怒る母を前に

滅多なことを言える筈もなかった。


だが、思い当たる節はないこともない。

ハクアは幼い頃から今までに、ニレの親戚の

者達に度々言われてきた言葉があった。


――――ご当主みたいにハクアも花の名前の

  嫁さんを貰いなさい。


ニレという名前が樹木の名だから、

妻が花の名だと字面が良いのだろう、

くらいにハクアは思っていた。


だから親戚のキキョウも花の名前なのかな

とか感想を抱いたりもしたのだが、今改めて

思い出すと不思議な気持ちがハクアの胸中に

湧いてきた。


シルクスも言っていた。


――――花の名を持つ乙女。


どくん、と胸が高鳴る心地をハクアは覚えた。


何か一族の由来に関係あるのだろうか。


「母さん、花の名を持つ乙女って一体……?」


重い空気が二人を覆う。


カズラはゆっくりと口を開いた。


「知るかあっ!!」




カズラがとにかく一人になりたいと喚くので

ハクアはいたたまれず店側に回ることにした。


「おばあちゃん、母さんたちの結婚って

 母さんの名前だけで決められたの?」


カズラの母で菓子店のオーナーのリンドウが

ハクアの頭を優しく撫でた。


「そんなわけないわ。

 きっかけはそうだったけど結局は本人任せ。

 結果、カズラがビャッコさんに夢中だったの」


「そうなんだ。

 夢中になるなら、てっきり逆かと思ってた」


ハクアは、自分の母親が若い頃いかに美人で

いかに人気があったとか、ロゼナの有力者に

言い寄られたとかなどの武勇伝を周りから

または本人から聞かされていた。

それに父が母の尻に敷かれている様からも

父が母を必死に口説いて結婚したのだろうと

子どもながらに想像していた。


だが、実際は全くの逆であったようだ。


不思議なもんだ、とハクアは首を傾げた。


そんな様子にリンドウは、ハクアの背を撫で

すぐ収まるから大丈夫よ、と微笑んだ。

そして何やらうきうきしながらオーブンに

向かい、焼き立ての菓子を一つ取り出した。


「そうそう、これ。

 店の伝統菓子なんだけど何十年か振りに

 作ってみたの。今度フラウェルで大きな

 お祭りがあるから記念に出そうと思って」


まだ型にはめられたままのその焼き菓子を

ハクアはちらと見、そして瞬きをした。


そしてもう一度瞬きし、次に見たときには

すっかりその菓子を凝視していた。


「ん? ……んー!?」


皿にちょこんと乗せられたのはカカオの香り

漂うスポンジの焼き菓子。初めて見る菓子

であったが、だがそれはハクアには随分と

慣れ親しんだ、ある獣に似た形をしていた。


ハクアは思わず呟いた。


「このお菓子、ラウルスにそっくりだ」

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