十一.花の名の乙女
ハクアはラウルスとシルクスに祖母が焼いた
角が二本生えた熊に見えるムササビ、という
偶然にしてはラウルスに似すぎている形の
菓子を見せた。
「ラウルス。君がキスした恋の相手は、
なんとお菓子でした」
シルクスは哀れむとも何とも言えない表情で
ラウルスを横目で見ている。
当のラウルスはハクアから聞いた自身の恋の
真相にただ唖然とするばかりであった。
だがハクアの手にあるものは片手に
乗せられるほどの大きさの焼き菓子。
ラウルスはそれを見ながら反論した。
「確かにそっくりだけど、そんな小さく
なかったよ! 僕ぐらいの大きさで
ちょこんとベンチに座ってたんだ!」
「その子、動いたり喋ったりした?」
ハクアは優しく諭すように問いかける。
ラウルスはしどろもどろに目を泳がせた。
「……う、それは……、覚えてない」
「店の史料に載ってたよ。
何百年もの前、この店を作った初代店主の
奥さんが考案して、型を組み合わせて
特大の角熊のお菓子を作って店の前に
飾っていたんだって。
ちなみに最期に飾ったのは20年前。
ほら、ベンチにラウルスそっくりの
お菓子が座っている絵があるだろう?
このことだったんだよ」
ハクアは古い一枚の紙切れに描かれた
絵を差し出した。
「確かに……、このベンチだった。
僕たちが座ったのは」
ラウルスは目を細めてその絵を眺めた。
シルクスは腹を捩らせ、大笑いしたいのを
必死にこらえていた。
「何百年もの間、店に飾られている菓子に
惚れていたのか」
「だけど突然いなくなったんだよう……。
20年前くらいに」
「「時期がぴったり合うじゃないか」」
シルクスとハクアのツッコむ声が重なった。
ラウルスは追い打ちを掛けられたかのように
しょぼんとし、涙を落とし始めた。
「だけどなんで僕そっくりなお菓子が……?
この国に僕のこと知ってる人なんて
いなかったはずだよ」
「ぼうっと飛んでいる所を
誰かに見られでもしたんだろう」
シルクスは冷たげに言い放ったが、
その目は何かを考え込むようにハクアの手に
ある菓子を眺め、そして呟いた。
「だが、意外だったな」
「ん? 何が? ラウルスの恋人が
スポンジケーキだったこと?」
「そんな情緒もないことを……!」
ハクアの言い様にラウルスはいよいよ
突っ伏して泣き始めた。
「違う。カズラ殿がこの地の出身だった
ことが、だ。てっきり一族の中同士で
結婚したのかと思っていたからな」
「へえ。なんでそう思ったの?」
ハクアは単に、カズラの普段の気迫からは
菓子店の娘というより武家の娘、な感じが
漂っているとか、そういった世間話なのかと
思いきやシルクスの答えは彼の想像を遥かに
超えるものであった。
「カズラ殿にもビャッコ殿やお前のような、
ニレ一族の匂いがしたからだ。
人間でありながらも我々に近い独特のな。
おまけにビャッコ殿よりも濃い。
その上おぬしはもっと濃い」
「!?」
「ああ、それ僕も思っていたよ」
ラウルスが顔をあげてハクアに頷いた。
「それって、くさい?」
ハクアは自分の腕の匂いを嗅いだ。
「そんなことはない。
むしろ我々は芳しい香り」
「母さんの祖先はラウルスを知っている……。
その上、ニレの一族と同じ血が通う?
どういうことなんだろんだろう」
ラウルスは何か言いかけたが、ふと考え込み
再び地面に突っ伏した。
「花の名を持つ乙女を守れという話は
あながち間違いではないのかもしれないな」
シルクスは遠い昔を思い出すようにそう呟き、
長い睫毛でそのエメラルドの瞳に影を落とした。
夕方。
ロゼナの海辺で小さな子どもが波打ち際の
貝殻を拾っては、打ち寄せる波に歓声を上げ
はしゃいでいた。
「もうそろそろ行きますよ」
「はーい、ママ」
母に呼ばれたその子は海風に赤毛を靡かせ、
ふと海の向こうを眺めた。
「あっちに何かいそうだね。こわーい、何か」
母親ははっと幼子の顔を見下ろした。
その方角は、彼女らにとって禁忌の場所が
ある方角。滝の一族の地だ。
母親はその地からこの国に匿われた。
ミモザという花の名を、ミミという名に変え
髪型も変え、一族の嫡男カールの子を密かに
産んだ。ミミは、父親であるカール子爵に
そっくりな幼子の赤毛を撫で、優しく言った。
「あなたはこの国で、穏やかに暮らして
いくのですよ。わかったわね、フォルカ」
「ここは好きよ。優しい場所。
でもフォルカはフォルカがこわーい。うふふ」
母親にじゃれつきながらご機嫌なフォルカは
子どもらしいあどけなさで笑っていた。
だが母親は表情に暗い影を落としていた。




