頼もしい者
ここは工場地帯。危険作業や重労働が多いこの場所では、必ずといっていいほど、ある業界の者が姿を見せる。
その日も代表者と話がしたいと、ひとりの女性が受け付けに声をかけてきた。
内線で報告を受けた若社長は、現場を離れて受け付けに急いだ。
相手が誰なのか見当はついている。半ば強制的に契約を結ばせようとする、ノルマ重視の保険勧誘員だ。
強制的な勧誘となると、社員に必要のないストレスがかかる。
親の跡を継いで社長になった自分。こういう時にこそ、社員に頼もしさを示さなければならない。
ここは丁重に断って、帰ってもらおう。そう考えながら、歩を早める。
「私は○○生命保険の者です。今日は保険の大切さを説明したくてきました」
ところが受け付けに着いた途端、最高級の笑顔を向けられて若社長は硬直してしまった。
いつもくる○○生命保険の勧誘員ではなかった。
女性は丁寧にお辞儀をしてから、パンフレットを広げる。
「皆さん危険で体力を使う作業をされていると思いまして。私も保険に助けられた経験がありますので、説明させていただきたいのです」
今までの勧誘員とは雰囲気が違う。
まっすぐ澄んだ瞳には商売というものを感じさせない。説明も丁寧でわかりやすかった。
最初の笑顔に惹かれてしまったのだろうか。いや、彼女の正直な必死さに惹かれたのだ。
若社長は自分にそう言い聞かせながら女性を招き入れ、社員に保険について説明してもらうことにした。
しかし、この女性。勧誘員としては未熟だった。
営業にはノルマというものがある。保険勧誘員でいうのなら、契約する客の人数だ。
優しすぎるため、無理な勧誘をしない女性だった。そのため、ノルマが達していないようだった。それでも保険を勧めたいという情熱は感じられる。
何故なら昼休憩の時、近くの公園でメモを書いていたのを見たからだ。
仕事に集中しているらしく、近づいても気づかれなかった。それなので、そっと後ろから何を書いているのか確認したのだ。
ページいっぱいに、この人にはこの保険のここが良いはずという思いが書かれていた。
さすがに社長は、いつも必死に保険を説明しにくる女性を可哀そうに感じて話しかけた。
「なあ君、加入したいから、詳しく説明してくれないか。自分には妻もいなければ子もいない。だから、個人契約をしたいのだけど」
そして、社長が契約すると他の社員も続けて契約をして、女性の営業成績は少しずつ上がっていった。もともと優しさや熱意があるのだ。説明を訊いて、信用しない者はいないだろう。
社長は先日まで仲良く話していた女性が、少し離れてしまったようで寂しく感じた。同時に女性の仕事が増えたのはいいことと必死に考えようとした。
そう感じていた矢先に、突然の頭痛に襲われて意識を失った。
自分には妻も子もいない。心配してくれる者など誰ひとりいないと考えていた若社長だったが、目を開けた時に一人の女性が隣にいた。あの保険勧誘員だった。
「社長さんが倒れたと聞いて慌ててきたんです。私の父も同じ、くも膜下出血で倒れたことがあるので……よかった無事で」
女性が保険を情熱的に勧めてきた理由がわかった。くも膜下出血は再発しやすいからだ。しかも女性は自分を父親が倒れた時のように心配してくれている。
若社長が退院してからも女性との付き合いは途切れなかった。それどころか仲は更に深く進展していった。
今では社長は個人契約ではない保険に入っている。心配していた後遺症もない。街に出る時は彼女も必ず一緒だ。
そして、彼女は今は頼もしい事務社員として、どんな保険よりも頼もしい人生のパートナーとして、共に人生を歩んでいる。




