人称
目の前に広がっているのは雄大な景色だ。
地平線まで地表を覆い隠す巨大な木々は、様々な色に変化して自己を主張している。
切り立った岩山は何十年もかけて雨水を濾過し、湧水として森の獣たちに命の繋ぎを施す。源流は旅を続けるうちに大きくなり、渓谷に辿り着いたとともに流れ落ち、霧状の滝に変化する。
岩山から飛び立ち、霧状の滝をくぐると、その水の冷たさに思わず目を細くする。
自然の中にいると、街の空気や水は所詮、人工物なのではないかとしか思えない。
街から逃げて、ここに移住してから三年の時が経っていた。
この地がくれたものは、家族と安定した食料だろうか。但し、厳しい自然界だ。街とは違い、外敵や自然の脅威に震えることも多い。
先日は家の中に敵が入ってきて、我が子に襲いかかろうとした。一瞬でも気を抜けば致命傷だ。命を懸けて子を守り、撃退した。
しかし、あの生物は執念深く、一度場所がわかると何度でも入りこもうとする。この場所にいられるのも、あと数週間といったところだろうか。せめて子供たちが一人前になるまでは――。
そう思った次の日から、子供たちに一人前になる訓練をさせようと決めた。食事をわざと渡さずに、外に出てくるよう促すのだ。
お腹が減った子供たちは必死だ。身を乗り出しながら声を出すが、それでも食事は与えない。
優しさは、この環境では毒だ。子供との根気勝負。時には残酷にならなければいけない。
その瞬間、子が入口から落ちて地面に落下した。高さは五メートルほどだろうか。このままだと、無事ではすまない。
「なあ、幼児虐待のテーマで話が流れていくのってどうよ?」
私が書いた小説を途中まで読んだ親友が、批評家のように指摘した。
「幼児虐待? そんな作品書いたっけ? 最後に主人公のメスが子供たちとともに、都心部の電線に並んで語る部分は、かなり自信がある終わりかたなんだけど」
親友が目を丸くして驚く。何かおかしなことを言ったかなと私は感じた。
「メス? これって主人公って何? 私とか名前とか人称がないんだけど」
人称。一人称は俺や私など、主観的な主語を用いる。
三人称は人物の名前や彼など、他者から見た主語を用いる。
親友の言うことは尤もだ。けれど私の中には迷いがあった。だってその作品は――。
「主人公はメスの鳥なんだけど。『人』称を使うのが、おかしいと思って……」
『鳥』称って、どう書いたらいいのが凄く悩む。主語は『ピイ』でいいのだろうかと。




