扉
ある会社の廊下に、革靴の音が響き渡っていた。
音の根源である人物の目にはサングラス。髪は紫に染めてあり、服装も上下金色という派手ぶりだ。唇は濃い赤のシャネルで色づけ、ピアスはハートをかたどったシルバーアクセサリーにピンクのダイヤモンド入り。
「さあ、今日も張り切っていくわよ」
掛け声とともに男(?) は、腰を左右に動かしながらの器用な前進運動を続けた。
彼女とすれ違う者は誰もが道を譲る。なぜなら世界に名が知れた、ファッションリーダーだからだ。
今日、彼女は日本一の光沢と柔らかさを併せ持つという、最高品質の布地を引き取りにきた。
その布地さえあれば、今度の品評会も優勝間違いなしという自信があったのだ。
事前に布地を取りにいく約束をしていたので、あとは目的地に向かうだけだ。
しかし、彼女は目的地に到着する手前の扉で足をとめた。
半年前にきた時にはなかった、『立ち入り禁止』という張り紙があったのだ。
彼女は半年前を考えた。あの頃、この繊維製品会社は飛び抜けた技術などなく、基本だけを守り、ただどこにでもある布地を生産する小さな会社だった。
それが突然、最高品質の布地を生産するようになり、一気に繊維製品業界一位にのぼり詰めたのだ。
彼女の脳内である結論が浮かんだ。この扉の向こうに謎が解ける世界が広がっている違いない。そうなると残るのは抑制ではなく、好奇心だけだ。
自分はファッションリーダー。知る権利もあるに決まってる!
自信からくる勘違いが、彼女に大きな間違いをさせた。豪快に観音開きの扉を両手で開ける。
途端に、目の前を何かが舞っていった。それが、鳥の羽根であると気づくのに時間は要さなかった。開いた扉の中には機織り機があり、そこに「有名な」製造員がいたからだ。
製造員は彼女を見ながら体を震わせていた。彼女も目を見開いたまま、雷が落ちたかのように硬直してしまった。
立ち入り禁止の室内にいた製造員。それが一羽の鶴だったからだ。
「姿を見られたからには、もうここにはいられません」
鶴は誰もが聞いたことがある昔話の記憶通りの言葉を告げる。
そして、翼を広げた鶴は窓から身を乗り出した。
彼女は空へ舞いあがって飛び去っていくのを見つめることしかできなかった。
「……って、誰に恩返しっ? というか、見られたくないのなら内鍵くらい掛けなさいよ!」
そう、今は現代。開けられたくなかったら、内鍵を掛けるという方法がある。
それをしなかった理由は――。
騒ぎを聞いて駆けつけた社長が、頭を抱えながら唸り声をあげる。そして言った。
「ああ……だから張り紙をしていたのに。彼女、正体を見られるか見られないかのスリルが忘れられなかったようで。だから、いつも見ないでと言っておきながら、鍵を開けていたんです」




