心配【二人称作品】
二十話ということで、今回は趣向を変えて二人称とさせていただきました。
そう、この物語の主人公は「あなた」です。
もし、あなたが数週間前から、激しい右耳の痒みに襲われていたらどうするだろう。
誰かに相談するだろうか? たかが右耳の痒みと笑われるのが嫌で黙っているだろうか?
痒みというのは目に見える外傷とは違うから、他人にこの苦しみは伝わらないだろう。あなたは黙っているに違いない。
こんな些細な症状で悩むのはやめよう。時間が解決してくれるはず。
そう考えるはずだ。しかし、思いを裏切るように症状が変化していったのなら?
痒みの症状は日を重ねていくうちに、耳たぶから耳殻、鼓膜内へと進行していった。
そして、最終的に聴覚にまで、異常が発生したのだ。
慌てたあなたは貴重な時間を割いて、友人から聞いた耳鼻科に向かった。
患者数が少なく、大した待ち時間もなしに診療してもらえる病院だったのだ。そこなら、人の目を気にしなくてもいい。
それに、院長は老年で、公務員だったらとうに定年といった年なのだが、些細な症状でも親身に診てくれると近所では評判だった。
待合室で待つこと十分にして診察室の扉が開き、ようやく看護師があなたの名前を呼んだ。
診察室に足を踏み入れると、そこにはまだ患者のカルテを纏めている院長の姿があった。
回転椅子を動かし、あなたに目を向けた白髪の院長は鉛筆片手に言う。
「椅子に座ってください。今日はどうされました?」
おっとりとした語り口調、慈愛に満ちた院長の言葉。
あなたは安堵しながら、伏せていた顔をあげて院長に目を向け、症状を事細かに説明した。
「耳の聞こえが悪いですか。あと痒みと……さっきの患者さんと同じ症状ですな。ここ数週間、その症状の方が、なぜか多くてね」
院長の答えに、あなたは驚いたはずだ。自分と同じ症状の人間が、他にもいるというのだから当然だろう。取り敢えずは、馬鹿にされないだろうと、胸を撫でおろす。
「耳が痒くなるのは、金持ちになる前触れだなんて、喜ぶ患者さんもいましたがね」
院長は言って、あなたの診察をはじめた。
その後、あなたは触診と聴覚検査を受けたものの、深刻な症状ではないとの診断結果を得た。ストレスの可能性もあると言われた。
最近、頑張りすぎていたあなた――体は正直だ。時に体は小さなサインを出すことがある。
ちょっとした楽しいことがあれば、ストレス解消になるかもしれない。
あなたは安心して病院を出た。痒みを和らげる薬だけが手元にある。
すると、あなたの視界に、宝くじを販売する店が入ってきた。小さな看板が見え、そこに『一粒万倍日』と書いてある。
一粒の籾が万倍の稲穂になるという意味を持つ日で、利益を得ようとするには吉日といわれる。そう宝くじの店に説明書きがあった。
あなたの手元には診察でのお釣りがあった。
フッとあなたの脳裏に、
「金持ちになる前触れだなんて、喜ぶ患者さんもいましたがね……」と、語った、院長が浮かぶ。
買える宝くじは数枚だが、あなたの足は自然と売り場に向かう。
こういう時の偶然と閃きが、大いなる運命を繋いでくれると信じて――。
さて、あなたの物語はここまで。
しかし、この判断が世界を救う鍵になったと気づいただろうか?
あなたの右耳から飛び出した小さな影は、空高く舞いあがると、他から集まってきたたくさんの影たちと会議をはじめていた。
そして、あなたの右耳から飛び出した影は、他の影たちに話した。
「地球人の生活と感情を研究して数週間、地球人はどうやら善良らしい。悩みを自らの力で振り払う能力も兼ね備えているようだ。凶悪な種族なら全滅させてしまうつもりだったが、どうやら話し合う余地のある生物のようだな」
地球人の観察を終えたリーダーの言葉に安心して、彼らは地球を去っていく。そう、あなたの行動のお陰で地球の平和は守られたのだ。
――しかし、宇宙人が寄生していたあの時に、あなたが黒い感情を持っていたらどうなっていたのだろうか。
ただひとつ言えるのは、あなただけではなく、全ての人類が幸せを感じる世界なら、きっと地球はいつまでも平和だということだけだ。




