落し物
深夜の閑静な住宅街。男は酩酊しながら、自宅へと足を向けていた。
酔っているので思考回路は完璧とはいえず、自動販売機にぶつかって、喧嘩をうってきた若者と思って殴りつけたり、落ちていた空き缶を思いきり蹴り飛ばしたりする。
男は気分よく、そして態度は悪酔いするタイプだった。
この悪癖が理由で男は離婚していた。そこで反省すべきなのだろうが、それでも酒は断てなかった。
酒で喧嘩は日常茶飯事。記憶も定かではないので相手が誰であろうと構わない。
近所迷惑も考えずに奇声をあげたり、もよおせば、どこでも構わずに立ち小便をする。
派出所に連行されたことも何度かあり、刑事に「またあんたか」と言われるほどだった。
ふと、男は揺らぐ視界の中に入ってきたひとつの物体を見た。
重い物ではない。静かに吹く風に揺られてひらひらと動いている。
男は落ちている物体に近づくと、何であるか確認した。それは、女性の下着だった。
若い女性の下着。それも勝負下着なのではと疑う。いや、確信すべきものだった。
男は興奮した。誰かいないか慎重に周囲を見回すと、酔っ払いとは思えないほどの俊敏さで懐の中に忍ばせた。
すると、拾った数メートル先に、もうひとつ女性の下着が落ちていた。
今度は人目を気にすることなく、男は下着を鷲掴みにして懐に入れた。誰の目で見ても不審者ととられるほど顔がニヤける。
――これは大収穫だ。喜んだ男はもう一枚、下着が落ちているのに気づいた。
もはや抑制は利かず、全速力で目標を捕捉する。
しかし、辿り着く直前に、男は突然飛び出してきた二人組に両脇をつかまれた。
「なんだ。お前たちは!」
喧嘩をかおうと暴れるが、両脇をつかまれているので徒労に終わる。そして、男が更に動きをとめる言葉を二人組は叫んだ。
「ようやく捕まえたぞ。下着泥棒め」
「通報があったからきてみれば、不審者の顔丸出しにしやがって」
聞いて男は愕然とした。この状態で言い訳などできるのだろうか。
言っても無駄だろう。今日も「またあんたか」と派出所の刑事に言われるに違いない。
そして、通報したのは誰なのか。恨まれているような相手は誰なのか。
思い返すにも、男には心当たりが多すぎたのだった。