能力
休日の朝、男はいつもより早い時間に目が覚めた。いや、というよりも起こされた。
独り者の男には同棲している最高の相棒がいる。それが三歳のオス――愛犬だった。
会社に行く一時間前の時刻になると、愛犬は必ず散歩をせがむ。せがまれると行くしかないので外に出る。三年間、それが日課になっていた。
しかし、今日は休日だ。男は寝坊すると決めたのだ。
ところが、タヌキ寝入りを決めこんだ男の耳元にきた愛犬が、
「おい、散歩行こうぜ。この時間に出ないと彼女に会えないだろ!」
突然、流暢な人間語で話しはじめた。寝惚けていた男の眠気も一気に吹っ飛んだ。
空耳だろうと思った男は、日を入れるために窓を開ける。
すると、目の前の電線にいた雀が、
「おい、米粒あったか?」「いや、もう刈り取られてねーよ」
と、これまた人間語で流暢な雑談をしていた。
男はそこでようやく気づいた。俺は動物の言葉を読み取れる能力に目覚めたんだ。これを利用しない手はない。
煩く騒ぐ愛犬の散歩を適当に終わらせた男は、財布とカードを手に外に出た。銀行口座から預金をおろせるだけおろして手にすると、足早に目的地へと向かう。
数刻後には競馬場のパドックに到着し、馬たちの様子を見ていた。
「今日はちょっと自信ないなー」
「興奮してきたぜ。はやく走らせろ」
「こんな雑魚たちに俺が負ける訳ないぜ」
これから周回する馬たちの言葉が、男には手に取るようにわかる。
いつもは悩みに悩む勝ち馬予想だが、迷うことなく馬券を手に入れて出走を待った。
ところが、レースの結果は散々で、全てゴミ屑となってしまった。
「なぜだ。俺の能力は間違っていないはずだ。なぜ……」
最後まで言いかけた男は、そこでようやく気づいた。
所詮、わかるのは言葉だ。彼らの本心ではない。テスト前の優等生が「勉強してない」というのと同じではないか。
後悔しても既に遅い。帰りの電車賃もない素寒貧状態だ。
男は肩を落として歩き出す。せっかくの能力もこれでは無駄ではないか。
そして、頭上で「アホー」と鳴く、カラスの鳴き声の翻訳は必要なかった。




