↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集 ~一息~  作者: つるめぐみ
PR
14/114

転倒

 遠くで女性の声が聞こえる。聞き覚えがある、忘れかけた愛すべき者の声だ。

 どこにいるのかもわからなかった意識が、徐々に現実へと引き戻されていく。

 遠くで聞こえていた女性の声が、脳髄に響くような大きな声だったと気づくと、意識だけでなく体も反応した。

 目を開けると、天井が視界に入ってきた。

 倒れたのだろうか。体中が痛くて顔を顰める。それでも必死に体を起こすと、女性が背中を支えてくれた。

「あなた、大丈夫? 呼んでも目を開けてくれないから、死んじゃったかと思ったわ」

 男の目の前にいたのは妻だった。

 結婚生活五年目。子供はできていないが、それなりに幸せな生活をしていた。目の前にいる妻は、大粒の涙を流しながら、

「大丈夫? 大丈夫?」と繰り返している。

 何故、倒れたのだろうか。倒れる直前までの記憶がない男は妻に訊いた。

「俺、どうしたんだ? 倒れたのか? なんか凄く後頭部が痛いけど、頭を打ったかな」

 男が訊くと、妻は目を丸くしてじっと見つめ返した。

「えっ、何も覚えていないの? 帰ってきて、夕食をしながら……」

「ああ、食事をしていたのか。いつも君の料理はうまそうだな。倒れた俺を心配してくれたんだね。ごめん、心配かけて。感謝しているよ。倒れたのは多分、仕事が忙しかったからだろう。念のため、明日は会社を休んで病院に行ってみるよ」

 まだ心配そうに見つめる妻を気遣って、男は食事を口に入れた。

 頭の痛みは徐々に治まってきているようだ。倒れた時にぶつけただけなのだろう。

 食事をする男をしばらく見ていた妻は、何かに気づいたように席を立った。

「ぶつけた頭を冷やすためのタオルを濡らしてくるわね」

 奥に入っていく妻の背中を見ながら、男は「ありがとう」と言って感謝した。


 タオルを取りに奥の部屋に入った妻は、夫の視線が離れたのを確認すると「ほっ」と軽い息を吐いた。

 警戒するようにキッチンの様子をうかがうと、夫のカバンから携帯電話を取り出す。

 そして、許可もなくメールを開くと、妻はつぶやいた。

「驚いたわ。まさか全部忘れているなんて……しかも私に感謝しているとまで言ってくれて。まるで新婚生活時代に戻ったみたい。こうなるのだったら、もっとはやく殴っておくんだったわ。浮気相手のメールを見つけて殴ったのが切っ掛けになるなんて。さてと、今のうちに、あの女とのメール記録を全て消してしまいましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。