第8話 北の空に立つ炎
同じ方角から、再び爆発が起きた。
学院のあるあたりには、二本の大きな煙の柱が立ち昇っている。
「何だよ、あれ――!?」
俺は、思わず足元をふらつかせた。
グリムウィックは、なぜか非難するような目で俺を見た。
まるで、俺が頭の中で起爆装置でも押したと疑っているみたいだった。
しかし、すぐに視線を惨状のほうへ戻し、困惑しながら首を振った。
慌てふためく市民たちの叫び声に混じって、暗がりの向こうから、金属製の軍靴が硬い路面を叩く音が聞こえてきた。
一つの人影が、こちらへ近づいてくる。
「隊長! インファーナルです!」
グリムウィックの部下の一人が、脇道から全速力で駆けてきた。
「大変です! 実践魔法学院の学生寮付近に、インファーナルが出現しました!」
「何だと、インファーナル!?」
隊長は取り乱し、片手をこめかみへ当てた。
「ゾンビだけならまだしも、あの忌々しい炎のゴーレムは、放置すれば地区一帯を焼き尽くしてしまうぞ……! いったい、どうしてこんなことに? 学生の誰かが召喚したとでもいうのか!?」
さっきはアンデッドで、今度はゴーレムかよ。
いったい、何が起きてやがるんだ?
「発生源は、まだ特定できておりません、隊長! ですが、その可能性も排除できない状況です!」
学生が召喚したというのなら、それは確かに興味深い話だ。
だが、そんなことをして、いったい何になる?
学院の外にいる俺には、まったく理解できなかった。
「ならば、原因の調査は後だ。現場の状況はどうなっている?」
「学院の生徒と教職員が、独自に反撃を始めています! ですが、夜明けまでに非戦闘員を避難させるには、我々の支援が必要です!」
「……夜が明けたら、どうなるんだ?」
ほとんど独り言のつもりで、俺は尋ねた。
「念のためだが、あの魔物どもは、太陽から力を得るのだ。もっとも、夜だからといって、十分に厄介な相手なのだがな」
グリムウィックは、何かを思い出したかのように顔をしかめた。
「私はこれで失礼する。だが、先ほど言ったことを忘れるなよ、ドブネズミ」
「……」
俺は、無言で頷いた。
「――速度上昇」
守備隊員たちが、自分自身へ強化魔法を唱えた。
すると、隊長も含めて全員が、目にも留まらぬ速さで学院へ向かって駆け出した。
自分では使えないとはいえ、こうして間近で魔法を見るのは、やっぱり面白い。
夕飯を食い損ねたうえ、食べ物を買うための金まで全部手放してしまった。
俺は、地面に落ちたままになっていた傷物の果物を一つ拾い、泥を払った。
ため息をつき、大きくかじりつく。
……しばらく、そうしていた。
何て一日だよ。
小石を蹴飛ばしながら、俺は物乞い横丁へ向かって、とぼとぼと歩き始めた。
今日は二歩進んで、三歩下がった気分だった。
まずは、せっかく手に入れた獲物をかっさらったクソ野郎。
そして、果物の荷車の一件だ。
住宅地区で起きた騒ぎは、ミルトンとギルドの連中が片づけてくれたらしい。
学院のある北の方角からも、もう騒ぎは聞こえてこなかった。
……みんな、すげえよな。
それに比べて、俺は何なんだ?
戦って、戦って、また戦って。
それでも結局、振り出しへ戻ってしまう。
この世界からも、自分自身からも、切り離されているような気がした。
まるで、自分の人生を描いた物語を、ただ傍らから眺めているだけの観客になったみたいだった。
何より最悪なのは、俺がどうやってここへ来たのかさえ、まともに思い出せないことだ。
この世界へ来たとき、もし学院に受け入れてもらえていたら。
何か、変わっていたのだろうか。
信用できる友達ができていたかもしれない。
腹いっぱい飯を食えていたかもしれない。
ひょっとしたら、恋人だって……
そんなのが、俺にとって理想の異世界生活だったのかもしれない。
だが……
……いくら何でも、夢を見すぎだよな。
結局のところ、俺は俺だ。
不良。
期待外れ。
口の悪い、厄介者。
どんな世界へ行ったって、きっと変わりゃしない。
そう思えてならなかった。
「……最悪だ」
母さんは、いつも言っていた。
誰かに恵んでもらうことを期待するのではなく、自分から動いて、いいことが起こる機会を作らなきゃいけない、と。
だが、生き延びることだけを考えて過ごす毎日には、もう耐えられそうになかった。
……疲れた。
いったい、いつになったら俺にも運が向いてくるんだよ。
「……レン君」
耳元で、かすかな声が囁いた。
俺は周囲を見回した。
しかし、レッドルークの通りには、いつものように俺一人しかいなかった。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったらしい。
……まったく、勘弁してくれよ。
俺は、そのことを無視して歩き続けた。
「……やっぱ、寝不足か」
自分自身へ鼻で笑った。
「路地裏の古い寝床、誰にも取られてなきゃいいけどな……」
……
……
……
「……レン君……」
……
……
……
「……ほかに、方法がなかったんです……」




