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第6話 短剣泥棒を追え

 追いかけている男の体力には、正直、驚かされた。


 レッドルークの入り組んだ路地を、まるで自分の庭でも歩いているかのように駆け抜けていく。


 この街の裏道を、俺と同じくらい――いや、ひょっとすると俺以上に熟知しているらしい。


 もちろん、俺だって言い訳ならいくらでもできる。


 普段からまともな飯を食えていないせいだとか、今日一日で体力を使い果たしたとか。


 だが、男の走り方を見れば、そんな言い訳も虚しくなる。


 足運びに無駄がなく、どんな曲がり角でも体勢を崩さない。


 自分でも運動神経には自信があるつもりだったが、素直に感心するほどの身のこなしだった。


 ……ん?


 それにしても、さっきより少し背が低くなってないか、あいつ?


 って、何を考えてんだ、俺は!?


 今は相手の運動能力に感心している場合じゃない。


 必要なのは、あの短剣を取り返すことだけだ!


「おい、ちょっと待てって!」


 前方へ向かって怒鳴った。


 しかし、返ってくるのは人を小馬鹿にしたような笑みばかりだった。


「待てっつってんだろ!」


 息は上がるし、腹は立つし、そろそろ諦めたくなってきた。


 だが、奇妙なことが起きていた。


 男は、俺との距離をある程度広げるたびに、わざと速度を落とすのだ。


 それも、不自然なくらいに。


 決して追いつけないほどの差は、つけようとしない。


 まるで、俺が追いかけてくるように誘っているみたいだった。


 なのに……


「何で……そんなに……速えんだよ……!?」


 俺は息を切らしながら叫んだ。


「捕まえたら、ただじゃおかねえからな! 聞いてんのか!?」


「――っ!」


 その瞬間、初めてフードの奥に驚きが浮かんだ。


 男が路地から出てきた通行人とぶつかり、ほんの少しだけ足を乱したのだ。


 俺は同じ通行人を間一髪でかわし、予想以上に距離を詰めることができた。


 ……今だ!


 俺は残っていた体力をすべて振り絞り、全速力で駆け出した。


 オールド・レッズ・インで飲んだ果汁が、最後のひと踏ん張りを支えてくれている気がした。


「今度こそ捕まえたぞ!」


 数歩で距離が縮まる。


 外套の端へ、指が届く。


 そう思った、まさにそのとき――。


「おい、危な――!」


 目の前で、色とりどりのものが弾け飛んだ。


 果物を積んだ荷車に、真正面から突っ込んでしまったのだ。


 中身が通り一面へ散らばっていく。


 俺自身も、土と小石の上へ顔から突っ伏した。


 衝撃とともに、肩から嫌な音が鳴った。


 今日一日で受けた傷のせいか、擦り傷も打ち身も、普段の何倍も痛く感じる。


 身体を起こすことさえ、ひどく億劫だった。


 クソッ、クソッ!


 あいつ、逃げちまうじゃねえか!


「わしの果物がぁ! これじゃ破産しちまうぞ!」


 一方、俺が迷惑をかけた商人は、半狂乱になっていた。


 あちこちへ転がっていく果物を、一つ残らず拾い集めようと、慌ただしく歩き回っている。


 幸い、本人に怪我はなさそうだった。


 ……商売のほうは、そうもいかなかったが。


「うぐっ……悪い……」


 痛む肩をさすりながら謝り、俺は周囲を見回した。


 気づけば、宮殿地区まで来ていたらしい。


 しかし、こんなところで一人、果物を売っている商人がいるのは妙だった。


 確か、この地区ではそういう商売を禁じる条例があったはずなんだが……。


「さて、あいつはどこに――!」


 追いかけていた人影が、もう一度だけ足を止め、こちらを振り返った。


 その顔に浮かんだのは、単なる薄笑いを超えた、何とも腹立たしい表情だった。


 そして、男は再び姿を消した。


 追跡を続けようと考える暇さえなかった。


 レッド城へ続く大きな跳ね橋の向こうから、雷のような怒鳴り声が響いたのだ。


「いったい、これは何の騒ぎだ!!」

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