第4話 ギルドマスターの誘い
「よう、ミルトンに会いに来たんだけど。いる?」
「おや、レン様ですね。ギルドマスターから、お越しになると伺っております。執務室にいらっしゃいますよ」
冒険者ギルドの依頼受付を担当している男性が、丁寧に頷いた。
「少々お待ちください。お呼びしてまいります」
彼は、俺が会いに来た人物を呼ぶため、奥へ急いでいった。
ギルドマスターのミルトン。
気さくで親切な男だが、よく言えば好奇心旺盛、悪く言えば、何でもかんでも知りたがる厄介な人でもある。
情報を集めることへの執着と、あの奇抜すぎる服装の趣味は、いい勝負だと思う。
……まあ、服の話は今はどうでもいいか。
そういえば、受付の男性が奥へ向かう直前、俺の「服」と呼ぶにはあまりにみすぼらしい布切れを見て、妙な顔をしていた。
身なりや清潔さを気にされるのは、正直、恥ずかしい。
だが、金がない以上、どうしようもなかった。
石鹸一つ買うにも金がかかる。
その金が、俺にはないのだ。
実践魔法学院に通うほかの異世界人たちとは違い、俺にはこの社会で認められるだけの価値がない。
だから、奴らが当たり前のように受け取っている無償の支援も、俺には与えられなかった。
「……ちっ」
もっとも、コラグを倒した報酬が入れば、そんな生活も変わるはずだ。
……少なくとも、そう願っていた。
同じような仕事をあと何件かこなせば、運河で水浴びする代わりに、定期的に浴場へ通えるようになるかもしれない。
いや、もっと欲を言えば……
自分専用の風呂がついた家を買うとか。
……いいよなあ、そういうの。
「おお、レン君! 会えて本当に、本当に嬉しいよ!」
物思いにふけっていた俺へ、妙に張り切った声がかけられた。
絹のようになめらかな声だった。
「……ボス」
俺は軽く頷いた。
「今日はどういったご用件で、私のささやかな城へお越しになったのかな? またお使いの依頼でも必要かい? ちょうど新しい仕事がいくつか入ってきたところなんだ」
ミルトンは人懐っこい笑みを浮かべ、つばの広い紫色の帽子を軽く持ち上げた。
そして、刃物のように尖った耳の後ろへ、金髪を一房かき上げる。
この世界では、彼のような種族をハイエルフと呼ぶらしい。
ほかの亜種族と比べても、ずっと長生きする種族なのだとか。
もっとも、ミルトン本人が何歳なのかは、まったく見当がつかなかった。
レッドルークの冒険者ギルド本部を取り仕切る男は、今日も相変わらず派手だった。
深い紫色に赤と金を組み合わせた、鮮やかな上着とベスト。
白いフリルがあちこちを飾り、首元には深紅の宝石まで輝いている。
……今日も絶好調だな、この人。
「実は、ちょっとした地元の厄介事を片づけてきたんだ。報酬について話したくてさ」
俺は、できるだけ声を落として言った。
「それと、ボスが欲しがってた例のブツも手に入れた」
「おお! それは素晴らしい。では、詳しい話は執務室でしようじゃないか。さあ、こちらへ」
ミルトンは、俺の遠回しな言い方から事情を察したらしい。
満面の笑みで、廊下の奥へついてくるよう手招きした。
「それに、受付の彼がいるからといって、そこまで慎重になる必要はないよ。ジェラルドの口の堅さは、レッド城にも負けないからね」
「知らない奴を信用できないのは、勘弁してくれよ」
俺はぼやきながらミルトンについていき、執務室へ入ると後ろ手に扉を閉めた。
「こういう仕事をしてると、用心するに越したことはねえんだ……」
「はいはい、そうだね。君たちのような傭兵稼業には、秘密もつきものだろうから」
ミルトンはため息をつき、机の向こう側へ腰を下ろした。
「さて。君のその見事なまでに痛めつけられた姿を見る限り、コラグとその手下どもを、きっちり懲らしめてきたと考えてよさそうかな?」
俺はコラグの切り落とした長髪を取り出し、机の上へ置いた。
それを見たミルトンの口元に、苦笑が浮かんだ。
「まあ、そんなところだな。楽勝ってわけじゃなかったけど。あのオークども、パンチだけは大したもんだぜ」
俺は、さっきの喧嘩について説明した。
「もっとも、形勢が逆転してからの戦いぶりまで褒める気はねえけどな。頭目を置き去りにして逃げやがったんだ、あのクズども」
「そう! そこがまさに、私が君を気に入っている理由なんだよ、レン君」
ミルトンは嬉しそうに頷いた。
「どんな危険があろうと、きちんと結果を出してくれる。実に頼もしいことだ。ただ……」
彼は顎に指を当て、少し考え込んだ。
「そろそろ、単発の仕事を請けるだけでなく、正式に冒険者ギルドへ入ってもいい頃じゃないかな? 君は金銭的にも苦しいんだろう? いつまでも一人でやっていけるわけではないのだから……」
「それは……」
俺は腕を組んだ。
「ボスも知ってるだろうけど、ギルドに入るにはスキル鑑定が必須なんだ。それで、どこかで聞いた話だと、異世界人がスキル鑑定を受けられるのは学院だけらしいんだよ」
「うん、その問題はあるね」
ミルトンは頷いた。
「で、前に学院へ行ったときは、特別な能力がないってわかった途端、ほとんど追い出されたんだ」
俺は歯を食いしばった。
「確かに、記憶が少しごちゃごちゃしてるところはあるさ。けど、地球で生きてきた人生を丸ごとでっち上げられるわけねえだろ」
そして、言い切った。
「俺にもいろいろ問題はある。けど、嘘つきじゃねえ」
「まったくもって、そのとおりだよ、レン君」
ミルトンは微笑んだ。
「だからこそ、君がこのまま物乞い横丁で人生をすり減らしていくのは、私としても忍びないんだ」
彼は、続けた。
「能力があろうとなかろうと、君は何度も自分の実力を証明してきた。それだけでも、私が君をギルドの名誉会員に迎えるには、十分すぎる理由だと思うのだよ」
「……えっ、マジで!?」
「もちろん!」
ミルトンは、これ以上ないほど得意げな笑みを浮かべた。
「君は誰と話しているのか、忘れたのかな? ゼン王国で最も影響力があり、最も容姿端麗なギルドマスターだよ! おまけに、この都市国家レッドルークの運営にも深く関わっている人物なのだからね」
……「最も謙虚な」とまで言わなかったのは、せめてもの救いだな。
それを言っていたら、間違いなく嘘になるところだった。
とはいえ、ミルトンが大物なのは確かだ。
ギルドの会員になれれば、この世界での暮らしに、いろいろな道が開けるかもしれない。
何より、安定した収入を得られる可能性があった。
食堂で皿を下げる仕事でも、どこかで力仕事をするだけでもいい。
ギルドの会員証があれば、俺がこの街の一員として認められた、本物の冒険者なのだという証になる。
正直、俺にはそれで十分だった。
英雄になりたいとか、名声を手に入れたいとか、そんな大それた野望はない。
ただ、毎日まともに飯を食って、定期的に身体を洗えるようになれば、それだけでありがたい。
この忌々しい世界へ来てから、何週間……いや、何か月だ?
少なくとも、そのあいだ一度も手に入らなかった生活だ。
「さて、その話と報酬の件に移る前に、一つ確認しておきたいことがある」
ミルトンは脚を組み、重ねた両手の上へ顎を乗せた。
「短剣は持っているね?」
「街の厄介者を片づけるのも立派な仕事だが、あの装備品を手に入れることも、今回の依頼の重要な目的だったからね。実物を見るのを、ずいぶん楽しみにしていたんだ」
「ああ、そうだった。ちゃんとここに……」
……あれ?
「――っ!?」
俺は、短剣を差しておいた腰元へ手を伸ばした。
しかし、そこには何もなかった。
慌てて椅子から飛び上がり、周囲を見回す。
……ない。
どこにも、ない。
短剣が。
俺の飯代になるはずだった短剣が、跡形もなく消えていた。
「どうしたんだい、レン君?」
「あ、あったんだよ、確かに……!」
どこで落としたのか、必死に記憶をたどった。
「下の酒場でカウンターに座ってたときは、間違いなく腰にあった。けど、途中で一度だけ、気を取られたことが……」
そのとき、服に染みついた果物の匂いが鼻をくすぐった。
……思い出した。
俺にぶつかって飲み物をこぼさせた、あの男。




